第170話 ノイラ王国女王

 真っ暗な洞の中に入ったとたん、風景が変わる。周りが明るくなり、地面に花畑が広がっている。洞の内壁と思われる部分は蔦で覆われた壁になっており、それが天井まで続いている。中心には普通の家よりは少し大きいかな、という程度の木造の家が建っている。他に建物がない所から考えても、あそこが国王の住んでいる所だろう。

 入り口の扉をノックすると、入りなされ、と老人のようなしゃべり方をする、若い女性の声が聞こえてくる。

 言葉の通り中に入ると、そこはちょっとしたリビングのようになっており、蔦が絡み合ってできたような椅子に、エルフの若い女性が座っていた。恐らく植物の繊維で作った、余り飾り気のない服を着ているが、貧相な感じはしない。

 部屋の調度品は殆ど木製だが、それぞれ細かい彫刻が施してあり、派手さはないものの、全体として上品な感じを受ける。


「人間がわらわのところまでくるのは、久し振りじゃのう。門番より念話で報告は受けておる。わらわが、この国の女王デウセア・リア・カトゥース・シュワンドゥエルじゃ。ベシセア王国の紹介状を持っておるとか。先ずは紹介状を見せてもらってもよろしいかのう」


 目の前の女性はそう言って手を差し出す。この国の元首は女王のようだった。コウは女王に紹介状を手渡す。女王は封を切り、手紙を読み始めた。


「ふむ。そなたらが、この国に対するルカーナ王国の横暴を、知らせてくれた冒険者だったのじゃな。わらわからも礼を言う。帰ってきた者の話を聞く限りは一方的な戦いじゃったようじゃが、それは結果論にすぎぬ。ルカーナ王国がこちらに来ぬと決めつけて、森に火を付けられておったら、今頃大変な事になってたじゃろう。

 この森を救ってくれたとも言えるそなたらには、わらわとしても何か褒美を渡したいところじゃが、見ての通りエルフ族は余り物欲は強くない。わらわが持っている貴重品というものもない。マジックアイテムはあるが、基本的に必要なもの以上は持っておらぬのじゃ。

 そなたらは何か望むものはあるかえ」


「いえ、自分たちはこちらに冒険に来ましたので、特に陛下から褒美をもらう気はありません」


 コウとしては、初めから褒美をもらうつもりで来た訳ではないので、そう答える。


「この森にはAランクの冒険者が必要な程強力な魔物も、ダンジョンもないぞえ。何を目的にこの国に来たのじゃ?」


「フルーツとそれを使ったフルーツワイン、キノコとそれを使ったキノコ鍋を手に入れるためです」


 淀みなくコウは答える。


「ふむ。紹介状にもそなたらはその土地の物を欲しがると書いてあったが、その通りのようじゃな。じゃが、残念ながらベシセア王国のように水10万樽とかいうのは正直困る。この森もそれなりに水は豊かではあるが、一度にそれだけの量を汲まれたら、森の調和が乱れてしまう。フルーツやキノコも手あたり次第というのは許可できぬのじゃ。あくまで我らは森の恵みを分けてもらう身にすぎぬ。森に負担はかけられぬのじゃ……」


「それでは、何か基準を教えていただけませんか。もしくは案内人を用意していただければと思います。勿論その方の報酬はこちらで払いますので」


 一応この国には60万の人口があるのである。大量は無理かもしれないが、人口の0.1%、つまり600人分ぐらいなら問題ないはずだ。


「承知した。森に詳しいものを一人つけよう。報酬は必要ないぞえ。元々あまり金を使う事が無い故に、貰っても持て余すだけじゃ」


 そう言って女王は、目をつぶる。暫くすると自分たちと同じくらいの年に見える、若いエルフの男性がやってくる。念話というもので通信したのだろう。


「カシェリュットよ。この者たちはわらわの客人である。森の恵みを、この者達にも教えてたもれ」


 女王の言葉にカシェリュットと呼ばれた男は恭しく頭を下げる。


「して、どれぐらいの期間採取を行うつもりかのう。余り長期間は許可できぬが」


「2週間ほどでいかがでしょう?」


 本来ならもっと早く採取できるのだろうが、雰囲気から察するに、一カ所で大量に採るのは無理なような感じがしたのでそう答える。


「ふむ、それならば問題無かろう。フルーツワインは各々の部族で作っている物故、余剰というほどは無いが、数樽ぐらいは何とかなろう。それで許してたもれ」


 リンド王国のように売っているのなら、買い占めることも考えたが、流石に、人の飲む分を根こそぎ奪うような真似はできないので、女王の厚意の分だけ貰うことにする。キノコ鍋に関しては道中カシェリュットに教わることにしよう。知らなかったら、ここに戻った時に誰かに教えてもらえば良い。どうやら家庭料理のたぐいのようなので、自分達でもなんとかなるだろう。


 話は終わり、女王陛下の前を後にする。宿のようなものは無かったので、空き家を貸してもらった。どこの田舎の農村だと思わなくもなかったが、エルフの感覚では大都会らしい。王都は人口2万人だそうだ。確かに他の所よりは人口が密集してるな、とは感じたが、そもそも森の中なので見通しが悪い上、家自体が森に溶け込むように作られているため、視覚だけではそんなに人口があるとは思えない。


「うーん。今まで金で解決してきたせいか、金が使えないというのはある意味新鮮だな。ルカーナ王国の端は、田舎なので仕方ないとして、王都でこれだからな」


 空き家に入って直ぐにコウはぼやく。


「これでは、外交もままならないでしょうし、エルフが衰退していくのも仕方がない、と思いますね。変えようという気概があるものは外に出ていってるみたいですし……」


「それは我々が気にすることではないがな。それよりも、王都には宿屋か酒場が数軒はあるだろと思っていたが、まさか一軒も無いとは思わなかった」


「だよなぁ。キノコ鍋結構期待してたのに……残念だぜ」


「フルーツワインもこれでは特産品と言うより、自家製ワインに近いですわ……」


 まさか王都に来て、亜空間ボックスの中に入れてある料理を、食べることになるとは思わなかった。コウ達は仕方がないと思いつつも、どうしても愚痴を言いたくなるのであった。

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