第46話 闘技大会前日

 王都へ来てから5日目。ここでは5日が1週間なので明日が競技大会の日である。今日は宿でゆっくりし、マリーは念のためメンテナンスチェックをすることにする。

 昨日買った天然物の紅茶とティーセットで、朝食後の時間を部屋で過ごす。味はもちろんだが、香りが良い。最高品質の嗅覚センサーを選択したユキに心の中で感謝する。


「しかし、今更ながらですがよかったのですか?」


 ユキが紅茶を飲みながら聞いてくる。


「ん? というと」


「今夏の大会はこの国の国王が観戦されるとの事。またその事により、この国の有力者の観戦も予想されます。優勝が目的な以上、かなり目立つことになると思いますが」


 ユキがコウの疑問に答える。


「本当に今更だよ。自分たちはもう十分目立ってる。ここの国王が無能ならともかく、そうではない。自分たちの情報はもう国王の耳には入っているはずだよ。むしろ、観戦を決め、賞金を増やしたのは、自分たちを釣るためだった可能性もあるね」


「では罠だと」


 ユキが少し警戒感を表す。ユキはAIであり人間と比べると遥かに高度な計算能力、未来予測能力を持つが、あくまで軍艦であり、政治レベルの思考となると少々疎いところがある。


「罠という程のものではないだろうさ。まあ、最近変な奴が居る。金で釣れるかどうか試してみようってぐらいだろうね。まさかワインの方に釣られるとは多分予想外だろうがね」


 コウが愉快そうに言う。


「それに、ここで目立てば、裏から変なことはできなくなるはずさ。自分が今まで築き上げた評判を落としたくはないだろうからね」


「へえー。コウは色々考えてるんだな。あたいはそんな事、考えもしなかったぜ」


 サラがコウの言葉に感心して言う。ちなみにサラも今は紅茶を飲んでる。せっかくのこの香りにコーヒーの香りが混ざるのをコウが嫌がったからだ。別にコウはコーヒーが嫌いなわけではないが、せっかくならよりよい環境を求めたい。ちょっと前までは気にもしなかったことだが。


「てっきり、その場の勢いで参加を許可したものとばかり思ってました」


 ユキも続いて感心したように言う。ふっ、君たち最近私に対する尊敬の念がないよ。もっと褒めてくれたまえ、とか思ってしまうのは、自分がやはり小市民だからだろうか。


「まあ、正直言うとそういう面もあった。ワインにもやはり興味は惹かれるものがある。まあ、そのうち飲めただろうがね」


「と、言いますと?」


 今度はコウの言葉にユキが疑問をぶつける。


「自分たちが、冒険をして活躍していけば、そのうち王家から声がかかっただろう、ということさ」


「おお! すげ―自信だな。やっぱりあたい達ってそれぐらいすげーのかな?」


 サラが驚いたように言う。もしかしてサラは自覚なかったのか……。いや、別にいいけどね、こんな事をAIと一緒にやるなんて、死んだ艦長も想定してなかっただろうし……。だが自分から見てもピーキーなAIの性格設定したもんだと思う。まあ、多分ユキもそう思われてるだろうが。


「もしかして、またマイルールを破って、ナノマシンに調査させた結果ですか?」


 ユキが少し咎めるように言う。君たち少し私の事を侮ってないか? 年齢のため退いたが、これでも軍人では最高位に当たる連邦宇宙軍総司令官まで上り詰めた男だぞ。


「この程度のことで、そんなことはしない。単純な推論だ。我々の戦力はこの世界の人間と比べて隔絶している。であるならば、味方にするか、排除するかどちらかしかない。放っておくという選択肢はありえない。

 そしてよほどの馬鹿でない限り、最初は味方にしようとするはずだ。この国の国王は馬鹿ではない、ならば味方にしようと画策しているか、情報を収集している途中かのどちらかだろうね。冒険者ギルドも表向きは国に対して独立した機関で、情報も渡さないということだが、何事にも例外はある。オーロラが国に情報を渡している可能性は高い。“嵐の中の輝き”も情報を仕入れようとしてたしね」


「なぜ、放っておくという選択肢がないのですか?」


 ユキが不思議そうに尋ねる。


「恐怖だ。人は自分の持っているものが奪われる。それが命ではなく、地位や財産の場合もあるが。ともかく、奪われる恐怖に長期間は耐えられない。そして、一番安心するのは恐怖の対象が褒美で釣れることだ。金で釣れるのが一番安心する」


「忠誠心ではなくてですか?」


「忠誠心は金で買える。むしろ金で買えるものと思っておかねばならない。少なくともトップに立つものはね」


「かなり個人的な感情が入ってる気がしますが……」


 ユキはなおも納得しがたいようだ。まあ、AIである彼女らにとって主人に対する忠誠心は絶対的なものだ。そう作られているのだから当たり前なのだが、むしろAIに裏切りとか考えられたら怖い。


「それは当然さ、人間は感情の生き物なのだからね。だから他人の感情も推測できるってものだよ」


「しっかし、“嵐の中の輝き”が情報収集してたってのも、本当なのか? かなり気が良い連中と思ったんだけどなあ」


 今度はサラが疑問をぶつける。


「人が良すぎたんだよ。補助パーティがついてくる目的を考えたら、サイクロプスの生存領域に入ることをさせるなんて考えられない。それがたまたま、サイクロプスがあの領域まで進出してきていて、まだ情報が伝わっていなかったのならわかる。だが、そうではないことはザッツが正直に言っている。なんらかの理由があったと推論するのが当たり前だ」


 ユキとサラは二人とも黙ってしまう。


「あら、何か皆さん難しい顔をされてどうかしましたの?」


 メンテナンスチェックが終わった、マリーが部屋から出てくる。


「いや、あたいは改めて、コウって凄いなと思っただけさ。ユキは慣れているかもしれないけど」


「いえ、コウには驚かされることばかりです。例えば……」


 そう言って、ユキは自分が驚いたことを話していく。コウとしては、まあ、褒められて悪い気はしない、どうせそのうちなにかの不運がおきてへし折られるのだ、その時までせいぜい鼻を伸ばしておこう、などと考え、雑談をしながらゆっくりとした時間を楽しんだ。


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