第66話 イコル沖海戦?

 もうすぐ明け方になろうという時間だった。ユキがコウを静かに起こす。コウの脳に活性剤が注入され、即座に意識が明瞭となる。


「来たか」


何が、とは聞かない。


「はい、この船の見張りが気付くにはあと1時間ほどかかると思いますが、南方より15隻、北方より18隻、西方より22隻の船が近づいています。この船速ではイコルまではおろか、陸まで逃げることもできません」


 夜の間は、間違って陸に近づきすぎ座礁するのを防ぐため、かなり沖合を進む。それが仇となった状況だった。


「しかしまあ、どこから湧いて出てきたんだ。海賊団なんて、一番多くて5隻、普通は1、2隻と聞いていたんだがなぁ」


「それは不明ですが、調査しますか?」


「いや、必要ない。どうせそのうち分かるだろう。サラ、出番が来そうだ。用意と言う程の事もないだろうが、見張りが気が付いたら甲板に出ていくから、その心構えだけしておいてくれ」


「了解」


 コウは、少し真面目な顔をしてパーティーメンバーに指示を出し、その時を待った。



 時は少しさかのぼる。約1か月前の事、獲物の取り分をめぐって、カイヤ海でも有数の海賊団であるペート海賊団とジェコバム海賊団がもめて、喧嘩になり、その時団長のジェコバムの弟が頭の打ちどころが悪くて死んでしまった。

 それだけならともかく、その数日後にペート海賊団の船が沈められてしまった。しかも生き残り無しである。実はシーサーペントによるものだったが、ペートは報復と受け取った。

 そうなれば後はもう、面子をかけた全面戦争である。更に間が悪いことにそれぞれの同盟関係にある複数の海賊たちも、丁度その時もめている最中で、ペートやジェコバムに報復を依頼しようとしていたのである。

 そして、カイヤ海の主立った海賊がここに集結し、雌雄を決することになったのであった。


「お頭、前方に商船らしき船が見えましたぜ!」


 ペート海賊団の見張りがコウ達の乗った船を見つけて報告する。


「ふん、丁度決戦地に偶然商船が紛れ込むわけがねぇ。罠だろうな。気を付けておけ。それと同盟してる海賊団に合流まで相手に手を出すなと、もう一度厳命しろ。あちこちで勝手に戦われたんじゃ収拾がつかねえし、下手したら各個撃破の良い餌食だ。数ではこっちが上なんだ。きちんと戦えば負けはしねえ」


 ペートはまだ見えないが、南からくるであろうジェコバム海賊団の方をにらみながらそう答えた。


 一方ジェコバム海賊団の方もコウ達の乗った商船を見つける。


「団長、前方に商船らしき船がいますぜ!」


「ペートの奴め、見え見えの罠を。どうせ、商船を襲おうとしたら隙をついて襲ってくるにちげえねえ。無視しろ。それよりも、同盟してる海賊の集合を急がせろ。数ではこちらが不利だ、相手が合流する前に、こちらが合流して叩き潰す」


 ジェコバムはそう言って、ペート海賊団が現れるだろう北の海を睨んだ。




「海賊だ! 海賊が攻めてきた! それも1隻や2隻じゃない。大艦隊だ!」


 コウ達の船の見張りが、あらん限りの声を上げる。にわかに船内が慌ただしくなる。船長がマストに登り望遠鏡を見る。合計50隻を超える海賊の大艦隊が自分たちを取り囲んでいるように見える。


「船長どうしますか?」


 見張りの船員が少し震えながら聞く。


「こんなものどうしようもない。大人しく降伏するしかない。だが、その前に一応全員を集めて説明する。泳いで逃げる者がいても止めないし、ボートもあるだけ出す」


 船長は肩を落として、船員にそう伝える。


 直ぐに、船の中にいる全員が甲板に集められた。中には眠そうに目をこすってる者もいる。

 船長が、皆の前に立って言う。


「皆さんに残念なお知らせがあります。今この船は50隻を超える海賊の大艦隊に囲まれています。逃げ場は陸の方にしかありませんが、この船の速度では逃げ切れません。これから先は私にはどうしようもありません。泳いで逃げるか、ボートを使うか。皆さん冷静に判断し、行動してください」


 こんなことを聞かされて、冷静で居られるものなどほとんどいない。特に船客の女性などは悲鳴をあげて気絶する者もいる。泳ぐといっても岸まで30㎞以上はある。途中には人を襲うモンスターもいるだろう。皆ボートの方に群がっていく。

 そうしているうちに海賊船が甲板にいる人たちにも見え始めた。甲板は恐慌状態になり、ボートもまともに下せない状態になってしまった。


 その中でボートに群がらない4人の集団がいた。“幸運の羽”である。


「どこから攻撃すればいいんだ?」


 サラがコウに気負った様子もなく聞いてくる。


「そうだな。やはり万が一逃げられると困るから、一番遠い南から攻撃しよう、その後西、最後に北の順かな」


 聞かれたコウも、軽く答える。


「じゃあ、いくぜ!」


 そう言った瞬間、サラの右手に直径1mの鉄の球が現れる。そしてサラは、それを海賊船に向かって投げつけた。

 圧縮していないただの鉄の球と言っても、直径1m重さ約4トンの鉄の塊である。それが音速の10倍の速度をもって、衝撃波を伴い海賊船へ飛んでいく。多少速度は衰えるが、空気抵抗を無視した形状は、広い衝撃波の範囲を伴い、かえって破壊力を増大させる。その上、桁外れの速度は、鉄球前面の空気を圧縮し、その圧縮熱でもって空気を超高温の凶器に変えている。多少は強化されていたかもしれないが、基本的に木でできた船が耐えられるはずもなく、着弾部分は吹き飛ぶ。いや。爆散という言葉がふさわしいだろう。勿論ちゃんと鉄球は浸水する位置に着弾するよう計算済みである。尤も、計算など必要のないくらい船は破壊されているのだが……。


「なにが、起きた!」


 そう海賊たちが叫ぶが、他の船も同じように、突然船体が爆散し、沈んでいく。よく見ると、リューミナ王国の所属旗を掲げている商船から、何かが高速で船に向かって飛んできているのが見える。海賊たちは自分たちの持てる力のすべてを持って防御に努めたが、何の意味もなさない。

 高速とは言っても所詮はマッハ10程度、サラが投げてから、海賊船に着弾するまで4秒から5秒の間がある。だが、たかが帆船にとってはそれは無いにも等しい時間だった。ペートもジェコバムも他の海賊たちも、自分たちがあらがう事が出来ないと知った時、死を運んでくる物体を呆然として眺めていることしかできなかった。

 

 サラは淡々と鉄球を投げていき、その度に、海賊船が爆散し、沈んでいく。いつの間にかボートに群がっていた人々が呆然とその様子を見ている。

 10分もしないうちに、すべての海賊船は破壊された。後は沈んでいくだけである。木造船なので、運が良い者は生き残れるだろう。モンスターの餌にならなければだが……。

 すべての船を破壊したサラは、唖然として自分を見ている人々に対して、ちょっと得意げに立っていた。それもそのはず、サラの本体は戦艦サラトガ。各種ミサイル、荷電粒子砲、レーザー砲、その船体にハリネズミのように武装を施し、味方に先んじ、圧倒的火力でもって敵を粉砕する。それこそが戦艦たるサラトガの役目なのだから。


 この日、カイヤ海の海賊の実に半分以上の船が沈んだ。海賊達にとって、リューミナ王国の所属旗を揚げた商船は恐怖の象徴となった。

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