第65話 船旅2

 実際に見たセタコート運河は広かった。いくら魔法があるとはいえ、大型船すらすれ違うことが出来るというのは素直に驚く。もっとも、すれ違う時は大型の船、若しくは下流に向かう船が接岸するという決まりはあるようだが。その為か、接岸する設備が1㎞間隔ごとに用意されている。また、夜間に岸にぶつからないよう、灯台も1㎞間隔で設置されていた。

 日が落ちた後、セタコート運河の両脇に灯台が光る景色は、元の世界の空港施設を思い出す風景だった。


 セタコート運河を出るといよいよ海である。宇宙の海とはよく言われるが、人が泳げるような本当の海を旅するのは、コウを含め全員初めての経験だった。潮の香という、嗅いだことのない香りを思いっきり吸い込む。4人が同じように深呼吸をしているのを怪訝そうに見ているものがいるが、気にしない。

 

 そして、船でやることと言えば、釣りである。これも初めての体験だ。残念ながら魚がいる所を選んで進んでいるわけではないので、なかなか釣れないが、それでも1日2、3匹は釣る事が出来た。船員で料理のできる者が、さばいてくれる。基本的に船上では生で食べるらしい。血も水分補給として飲まれるそうだが、そちらは遠慮したので、船員が持っていった。航海中は水が思いっきり飲めないので、大歓迎だそうだ。どうやら魔法で海水濾過は出来ないのか、又は出来る人が少ないのかどちらかだろう。


「なかなか優雅にお過ごしのようで、うらやましいですね」


 休憩時間なのかモキドスがコウ達に話しかけてきた。


「まあ、部屋の中は狭いもので、こうして外の空気を吸って釣りをしてると気がまぎれますからね」


「船酔いで部屋で苦しんでる方もいますけどね」


 そう言って、モキドスは苦笑いをする。


「私も早く、船旅を仕事ではなく、客として出来るようになりたいものです」


 一見皮肉に聞こえるが、モキドスの言葉にその雰囲気はない。純粋にそう思っているようだった。


「モキドスさんなら、そう長くはかからないんじゃないですか?」


 闘技大会での実力を見る限り、かなりの実力者だ。何度か話してて分かったが、博識で頭も切れる。冒険者をやめてもギルドの幹部なり、王宮勤めなり出来るだろう。そう考えれば一般の冒険者のようにお金を貯めておく必要もない。


「いやー、流石に一部屋2金貨、終点のロレイン王国まで3金貨、往復だと6金貨っていうのは、ほいほいと出せる金額じゃないですよ」


 言われてみればそうだった。この世界に来てだいぶ金銭感覚が狂っているが、6金貨といえば600万クレジットである。元の世界でもそんな金額で船旅ができるものなど、ごく一部の成功者だけだった。


「まあ、自分たちの場合、運がよかったですからね」


「いえ、あの闘技大会は運じゃないでしょう。マリーさんの強さは圧倒的でしたしね。それに賭け金の倍率もすごかった。いくらお賭けになったかは知りませんがね。まさか、マリーさんの実力を知っていて、賭けなかったって事は無いでしょう?」


 コウの言葉に、少しおどけた様子でモキドスは返す。不思議と嫌味っぽく聞こえない。

 しかし、コウはちょっと焦る。そう言えばモキドスは大会の決勝戦でマリーが圧勝した人物だった。それに、賭けは殆ど総取りに近い。知らないと言っているが、恐らくバレているだろう。派手に王都では使ったし……。


「まあ、それなりに儲けさせてはもらいましたよ。ところで、ロレイン王国との交易はどういうものをやってるんですかね」


 我ながら少々強引だとは思うが話題を変えてみる。


「そうですね、基本的にはリューミナ王国からは食料品や酒類などの嗜好品。ロレイン王国からは陶磁器、武器、防具なんかでしょうか。ご存じの通りロレイン王国はドワーフの国ですからそういった物が多いですね。特にロレイン王国の陶磁器は最近人気らしいですよ。尤も、自分たちが手にできるような値段じゃないですけどね。まあ、こうやって交易が増えたのもセタコート運河が出来てからですが」


 変えた話題にも快くモキドスは答えてくれるが、賭けに買ったお金で、ロレイン王国産と思われるティーセットを衝動買いしてしまった、自分にとってはそれも胸に刺さる言葉だった。


「では、そろそろ休憩時間も終わりますので。楽しい時間ありがとうございました。出来ればコウさん達がイコルに降りる前にもう一度食事をしたいですね。勿論料金はお支払いしますよ」


「ええ、かまいませんよ。食事代はいりませんよ。色々貴重な情報を教えていただいているので、情報料と思っていただければ」


「それはありがたいですね。それでは」


 そう言って、モキドスはコウ達から離れていった。


「だいぶ自滅されていましたね」


 ユキがそう呟くも、返す言葉もなかった。


 モキドス達“炎の絆”との食事はイコルに着く、前の日の夜に取ることにする。“炎の絆”は基本的に魔法使いが多いせいか、勇ましい名前に反してモキドスのように、あまり騒がしくないというか、落ち着いた感じのするパーティーだった。


「それにしても、“幸運の羽”の皆さんのおかげで、存外に楽しい任務になりましたよ。これといって何も起きませんでしたし。明日でお別れというのが、名残惜しいですね」


 そうモキドスが夕食の終わりにそう言って締めくくろうとする。


「フラグが立ったな」


「立ちましたね」


「立っちまったなあ」


「立ちましたわね」


 コウ達の言葉に“炎の絆”のメンバーが怪訝そうな顔をする。


「えーっと、どういう意味でしょう?」


 モキドスがコウに聞く。


「いや、なんでもないことですよ。多分イコルに着くまでには分かると思います。分からなければ忘れてください。この船に乗ってる人の中に幸運な人がいたという事ですから。その場合イコルから先の航海もきっと安全ですよ」


 コウの返事にモキドスは納得できないようだったが、それ以上聞かれることはなかった。なかなかできた人物である。少なくともあの人物が死ぬような事が無いと良いな、と思いながら、コウは眠りについた。

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