第189話 モンアバル家

 次の日バニリス共和国の港町ニルナに着く。バニリス共和国はフラメイア大陸の北東の端にある国だ。北方諸国と言われている国の一つである。北方諸国と一纏めに言われているものの、東方諸国のように同盟関係にあるわけではない。

 また、ポミリワント山脈以北は、気候ががらりと変わり、寒暖の差が激しくなる。北方諸国では平地に雪が積もることも珍しくはないそうだ。

 ニルナは北方諸国の海の玄関口であり、バニリス共和国で最大の街であった。ちなみに首都ではない。

 どんよりとした雲行きのせいか、なんとなく陰気とまでは言わないが、今までの街より少し物寂しい気がする。防寒のためか、建物の窓が小さいということもあるかもしれない。

 お礼をしたいということで、船長と一緒にシェトリナの屋敷へと向かう。シェトリナの父、ドレッド・モンアバルはここニルナを拠点とするバニリスでも、1、2を争う商会の会頭だった。

 街の中心部から少し離れた所にある屋敷は、城壁こそ無いものの、広い庭を持った立派な屋敷だった。

 先に伝令を走らせていたため、エントランスの前には使用人たちが馬車を迎えに出ている。シェトリナが馬車を降りると、使用人の中には涙を流し始める者までいる。


「お嬢様、よくぞ御無事で……」


 そのうちの一人、執事と思われる男性は、目元を何度もハンカチで拭きながら言う。


「この方達に助けてもらったの。今日は精一杯歓待してね」


「いえいえ、私のしたことは、単なる船に乗っていたお嬢様を運んだだけにすぎません。それもこちらにいるAランクの冒険者のパーティー“幸運の羽”の皆さんがいなければ、助けに行ったかどうか。それに怪我をしていたお嬢様を治したのもこの方々ですから」


 そう言って船長は自分達の方を見る。


「こちらこそ。手持ちのポーションを使ったにすぎませんよ。歓待されるなんてかえって恐縮してしまいます」


 シェトリナは使用人一人一人に声を掛けていく。随分と慕われているようだ。そうこうしているうちに扉が開き、シェトリナによく似た女性が飛び出してきて、シェトリナに抱き着く。


「お姉さま!」


「フレア。心配をかけたわね。泣かないで、私は大丈夫よ」


 そう言って、シェトリナは頭をなでる。恐らく妹なのだろう。


「シェトリナ。良く無事に帰ってきてくれた。お前が行方不明になってから、今までお前のことを考えぬ日は無かった。本当によくぞ無事で……。さあ皆様方。急なことだった故、心ばかりのものになりますが、どうぞ夕食をお召し上がりください」


 そう言ってきたのは40前ぐらいのダンディーと呼ぶにふさわしい男性だ。商会の会頭というより、俳優のような感じだった。シェトリナの父ドレッドだろう。

 夕食まではまだしばらく時間があるので、応接室に通され、そこで夕食までの間時間をつぶすことになる。テーブルが一つとゆったりとしたソファーが4つあり、自分達と船長が3つに分かれて座り、残り一つにドレッドが座る。ちょっとしたお菓子が運ばれてくる。使用人たちが下がると、ドレッドは自分たちに深々と頭を下げる。


「この度はなんとお礼を申してよいか。シェトリナはこれから辛い人生を歩まないといけないかもしれませんが、私としては生きていただけで嬉しい」


「? なぜお嬢さんが辛い人生を歩むことになるのでしょうか?」


 コウはドレッドの言葉に疑問を覚えたので聞いてみる。辛い人生を歩むんだったら助けた意味がない。


「冒険者の方々には余りなじみが無いことかもしれませんが、海賊に捕まっていたということで、どうしても色眼鏡で見られてしまいます。たとえ何もなかったとしても……。実際シェトリナに来ていた縁談は、白紙になってしまいました。婿養子を迎え、シェトリナに商会を継いでもらいたいと思っていたのですが……」

 

 ドッレドは沈痛な面持ちになる。


「ですが、お嬢さんはどうやら、狙われてさらわれたようですよ。犯人が分かれば世間の目も違ってくるのではありませんか?」


「シェトリナが狙われたのは知っています。私のせいなのです。執政官の選挙に出ないよう脅迫文が届きましたから。恐らく私と争っているレブアンか、その支持者が海賊に依頼したのでしょう。こんなことになるのなら選挙に出馬しようとせねば良かった……。

 たとえ犯人が見つかったとしても、シェトリナが海賊に攫われたという事実は消えません。私にできるのは、これからシェトリナが世間の好奇の目にさらされぬよう、どこか世間から隔離された場所で、静かに暮らしていけるような環境を整えることだけです。

 いや、申し訳ない。つまらない話をしてしまいましたな。皆様に感謝しているのは本当のことです。シェトリナも傷一つなく、元気で安心しました。何でもポーションを使っていただいたとか。さぞ高価なポーションだったのでしょう。お代はお支払いいたします。どのポーションを使われたのですか」


 ドレッドはコウ達にそう聞いてくる。


「エリクサーを使いました。ただ、遺跡からの拾いものですから。お代は結構ですよ」


 実際には、何も使用していないので貰うわけにもいかない。医療技術の対価という意味なら貰うべきかもしれないが、そもそも自分達は医者ではないし、こういう時に要救助者を助けるのは当然のことである。


「そんな高価なものを……。軽々しくお代をお支払いするなど言って申し訳ありませんでした。道理で娘が元気なはずです。なんとお礼を申し上げればいいか。お礼は私が一生をかけても致します」


「いえ、ですから単なる拾い物ですよ。偶々持っていただけです。お礼はお気持ちだけで十分です。もし何かしたいというのであれば、エリクサーを使ったことは黙っていてください。そう幾つもあるものではありませんから」


 自分が思っていたよりエリクサーというのは高価なものだったようだ。道理で街のマジックアイテム店で見かけないはずである。

 然し困った、犯人を見つけて事件解決、めでたしめでたし、となるはずが、そういう問題でもないらしい。これだから、原始社会は、と思うが、仕方がない。

 助けた女性が、辛い人生を歩むことになるのは後味が悪い。どうにかならないものかと、面白半分ではなく、コウは真剣に考え始めた。


後書き

 リアル世界で転職しました。お盆までは毎日更新は続けますが、お盆明けから更新速度がしばらくは遅くなると思います。楽しみに読んで頂いている皆様には申し訳なく思いますが、ご了承のほどよろしくお願いします。仕事を覚えてルーチンワークの様になったらまた更新を元に戻す予定です。

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