第221話 プロテクションリング

 コウ達はシパニア連合を後にし、西のロレイン王国へと進む。最初の船旅で乗った船の目的地だったドワーフの国だ。北方諸国の中でもリューミナ王国との結びつきが強い国らしい。ロレイン王国は4つの国と国境を接しているが、シパニア連合を除く他の3カ国はリューミナ王国と国境を接している。国防の点から言ってもリューミナ王国と親交を深めることは重要だ。リューミナ王国にとっても、北方諸国に楔のように打ち込まれた友好国というのは大事なものだった。なので、色々な援助が行われているらしい。

 そのおかげもありロレイン王国は北方諸国の中でもっとも豊かな国だ。更にセタコート運河ができてからは、リューミナ王国との海上貿易でさらに豊かになっていた。ちなみにロレイン王国の特産品は、ロレイン王国で作られたものではなく、南のポミリワント山脈を中心地に持つ別のドワーフの国で産出された、鉱石、宝石類、それの加工品、それと陶磁器だった。

 

 王都シアリーは港町から発展した都市で、蟹が鋏を掲げたような形の入り江になっており、その鋏にあたる岬の両方に城があった。どちらかが王城なのだろうが、どちらとも同じように作られており、パッと見どちらが王城かは分からない。もしかしかしたらその時々で変えているのかもしれない。

 街は北方諸国で最も豊かと言われているだけあり、活気にあふれていた。港にはリューミナ王国の旗を掲げた幾つもの船が浮いている。桟橋は船の荷物の積み下ろしをする、筋骨隆々としたドワーフの労働者達が、忙しそうに駆けずり回っている。

 桟橋の周りにはその労働者用の食べ物を売る露店や、酒を売る店、土産物を売る露店など様々な露店が並んでいた。


「流石に北方諸国一豊かな国と言われるだけあって、活気があるな」


 コウは街並みを眺めて素直にそう感想を述べる。


「そうですね。人口はともかくとして、活気という面で言えば、大陸でも有数の街なのではないでしょうか。良い具合にドワーフと人間がまじりあっているのも、活気のある要因の一つと思われます」


 ユキもそう言って少し感心したように街を眺めている。見た限りドワーフと人間の割合は半々ぐらいだ。人間はリューミナ王国からの商人が大勢いるだろうから、実際はもっとドワーフの割合が多いだろう。それでも、人間相手の商売が成り立つぐらいには人間もいるらしい。明らかにドワーフのものとは違うサイズの服や装飾品、はては武具まで露店で売られている。

 他の物はともかく武具を売る露店は他の街では見たことがない。興味がわいたので店の方に行ってみる。店の商品を眺めながら、ふとドワーフの店主を見るとあんぐりと口を開けている。


「どうかしましたかね?」


「どうしたも何も、なんじゃ、あんた達の装備は。人間たちの中でそんな装備が流行ってるとは聞いたこともないぞ」


 久しぶりに見た反応だった。何せ今やこの装備は自分達のトレードマークのようなものである。真似しようにも武器の重量や、普段の使い勝手の悪さから誰も真似をする者が居ない。そして、幾ら情報伝達速度が遅いと言っても、2年もうろついていると、ある程度は広まるもので、最近では余りこんな反応は見なかった。懐かしいと思うと共に新鮮さも感じる。


「流行ってるわけではないですよ。自分たち固有の装備に近いですね。結構有名になっているので、店主のような反応は最近ではあまり見なかったぐらいですよ」


「そうなのか、儂は、いつもはポミリワント山脈の近くで武具を作っていてな。山を降りたのは2年ぶりになるかな。儂が住んでいるのは小さな村で、そんな情報は入ってこんかったんだよ」


 有名になったと言っても流石に大陸の隅々まで、というほどのものではないらしい。


「そうなんですか。それはそれとして、商品を拝見しても構わないですかね」


「そりゃあ、構わんが……正直言うとあんた達の求めるような品は無いと思うぞ。儂は鍛冶の腕にはちょっとばかり自信があるが、あんた達のような武具は作れん。というか誰も作れんだろう。もし形ばかりまねて作ることができる、なんて抜かすような奴が居たら、そいつは素人だな」


「ほう……」


 どうやら目の前の店主は、自分達の武具の外見だけではなく、材料の特殊性も見抜いているらしい。もしかしたら何か掘り出し物が有るかと思い真剣に品物を見つめていく。ふと細かい細工の施された指輪が目に入る。指にはめる大きさだというのに、まるでタペストリーのように沢山の神々と思われるレリーフが施されている。


「これを買いたいと思うんですが、幾らですかね。できれば4つ頂きたいのですが」


「一個5金貨だよ」


 思ったより安い。使われている材料はミスリルで、何の装飾もされてないとしても、1金貨ぐらいはしそうだ。何か訳ありなのだろうか。自分が黙っているのを高いと考えてると勘違いしたのか、店主が追加で話してくる。


「これは一応マジックアイテムなんだよ。低レベルのプロテクションリングだがな。せっかく作るならと思って、気合を入れて細工を彫ったんだがね。だが、低レベルのプロテクションリングを付けるような奴は、そもそもリングに5金貨なんて払えない。精巧な細工の指輪が欲しい奴は5金貨払えばもっと良いのが買える。って感じで売れなかったんだ。大失敗だったよ。とは言っても元手はかかっているからな。それ以上安くは売れん。ただの商人なら売れ残るよりは赤字でも売った方が、と考えるかもしれんが、失敗したのは儂の商人の部分だ。職人としてはこれ以下では売るなら、手元に置いておいた方がましなんだよ」


 そう言って、店主は少し胸を張るが、どことなく力が入ってないように見える。恐らく幾ら強がったとしても、売れ残っているのは事実なので、少しは傷ついているのだろう。


「分かりました。その心意気に敬意を表して、5金貨で買いましょう」


 コウがそう言うと、店主は驚いた顔をする。買うとは思っていなかったのだろう。


「良いのかね。マジックアイテムと言っても、知り合いのエルフに魔力を込めてもらった物だ。同じ効果のものが半値以下で売っているが……」


 商売っ気が無い店主だ。恐らく職人としての気質の方が勝っているのだろう。確かに5金貨出せばもっと豪華な指輪か、強力なマジックアイテムの指輪が手に入るかもしれないが、店主の言うことを信じるなら、低レベルのマジックアイテムでこのような精巧なレリーフが施された物はないということである。その希少性を考えると安いと思われる値段だった。


「問題ありませんよ。何なら4つと言わず、在庫があるのならそれも買いますよ」


「ありがとうよ。在庫と言っても大量生産してるわけじゃないからな。ここにある5つだけだ。さっきは値切らないといったが、残り一つは儂の作品を認めてくれた、お前さん方にプレゼントしたい。受け取ってくれ」


 つくづく商売っ気がない。おそらくそれ故に、こんなところで露店を開く羽目になっているのだろう。卸価格とかで他の商人と揉めたに違いない。


「ところで、店主さん。先ほどエルフの友人と言いましたが、エルフとドワーフは仲が悪いのではないのですか?」


 ふと疑問に思ったことを尋ねてみる。大体どのファンタジーものでもそういう設定だったはずだ。


「いや? そんな話は聞かんな。まあ、儂らは鉱業を生業とする者が多いからな。木を切りすぎたり、水を汚したりで、諍いになった部族があるのかもしれんが、そもそも接する機会が殆どないからな」


 店主が怪訝そうにそう答える。言われてみればその通りだ。人口が少ない上に生息域が両種族とも偏っている。理解はしたものの、何となく納得できないと思いつつ、コウ達は店を後にした。

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