第269話 ウィーレの進軍

 ハンデルナ大陸からフラメイア大陸へ向かう艦隊があった。ウィーレ率いる魔族の陽動部隊である。200隻を超えるこの世界では大艦隊と呼べる規模だ。フラメイア大陸からハンデルナ大陸に行くには、海流と慢性的に悪天候の続く海域にがあるため、かなり厳しい。だが逆にハンデルナ大陸からフラメイア大陸に向かうには、海流が有利に働き、更に悪天候もウィーレの使用する魔法により穏やかな天候になっている。波は多少荒くはあるが、艦隊の航行には問題ないレベルまでになっている。


 その船団の中央に周りの船より一回り以上大きい船があった。この船団の旗艦であり、ウィーレの乗る船だ。他の船と違い、この船にはウィーレのため、狭いながら豪華な部屋が用意されている。そこにウィーレともう一人の魔族がいた。


「姫様。このまま順調に進めば、3日後にはシパニア連合に着くと思われます。それにしても流石でございますな。天候操作の魔法をここまで広範囲で尚且つ長時間使える者は我々魔族の中でも10人とおりますまい」


 ウィーレの前に居る魔族がそう褒める。魔王の側近であるマジヒードと同じく小柄で年を取ってるが、マジヒードと違い凡庸な魔力しか持っていない。ヒーレンとは比べ物にならないが、それなりに長く生きていけるだけの知恵があったし、経験も蓄えていた。今のウィーレに与えられた兵たちの中では、数少ない参謀役を務めることができる者の一人だ。

 ウィーレは自分の境遇を嘆きたくなるが、少なくともまだ王女という地位にいれるだけ良いと考え直す。父である魔王の気分次第で自分など簡単に殺されかねないのだから。


「世辞など言わずともよい。それよりも上陸の準備は整っているのじゃろうな。私の魔力は回復するのに、この地では当分時間が掛かる。私の助力は期待せぬ方が良いぞ」


 本来ならそこまで魔力を使ってしまえば、裏切り者が出た時に危険なのだが、この船団に乗っている兵はその弱ったウィーレですら、簡単にねじ伏せられる程度のものしかいない。


「勿論でございます。姫様から頂いた資料を読み、十分な兵力を用意しております。シパニア連合ごときに負けるものだはありません」


「ならば良い」


 ウィーレはそう言って、老人を下がらせる。比べても仕方が無いとは思いつつも、どうしてもヒーレンと比べてしまう。ヒーレンなら一々自分が指示を出さずとも、任せられていられた。それに、魔族は強さを重視するため、時々自分が表立って指揮をしないと、あの老人だけでは言うことを聞かないこともある。

 返す返す、相手の力を見誤りヒーレンを死なせてしまったことが悔やまれる。どうせ撤退するのならヒーレンも同行させるべきだった。

 もっともそれは今だから言えるのであって、あの時点ではそんなことをしたら父に殺される危険の方が大きかったのではあるが……自分がお咎めなしになった以上、ヒーレンもそうなった可能性は高い。


「それにしても十分な兵力か……シパニア連合の征服が目的ではないのだがな。あの老人はどこまでこの作戦の意味を理解しているのじゃろうかのう」


 ため息とともに、思わず本音が声に出てしまう。この作戦はあくまで陽動である。シパニア連合が相手なのではなく、リューミナ王国を引きずり出さなければならないのだ。勿論のこと、本気でリューミナ王国が動いたら、幾ら相手が人間だとて今の兵では持ちこたえることはできないだろう。いわば自分達は捨て駒に近い、と言うか捨て駒そのものだ。

 だが、その任を果たさなければ、今度こそ父に殺されかねない。幸いなことは今回は勝利を期待されている訳ではないということだろう。仮に今いる兵が全滅しても、リューミナ王国さえ引きずり出せれば、作戦は成功である。少なくとも自分の役目は果たせたと考えられる。たとえ一人で帰ったとしても、褒められこそすれ、咎められることは無いだろう。ただ、その時あの老人を自分の腹心として連れて帰るという気はさらさらなかった。


 そして3日後、ウィーレたちの艦隊はシパニア連合のシメルナへと攻め込む。都市の人口より多い兵に、碌に防御施設もないシメルナは僅かな時間で簡単に陥落した。そして、そこを拠点とし、次々にシパニア連合の都市を落としていった。ここまでは計画通りで順調のように思われた。



 リューミナ王国の王城の奥の部屋でレファレスト国王、バナトス宰相、フェロー王子、そしてモキドスが、豪華ではあるが小さなテーブルを囲んで座っていた。


「ふむ。予想通りシパニア連合に攻め入ったか」


 レファレスト王は魔族のタリゴ大陸への侵攻の知らせを受け、このフラメイア大陸でもなんらかの行動を起こすだろうと考えていた。


「あそこは北方諸国の中でも国力が低い国ですからな。各国の緩衝地帯として生き残ってはいますが、侵略に抵抗できるような国ではないでしょう」


 そう言って宰相も頷く。


「して、フェローよ。今回は我が国としてどう動くべきだと思うか?」


 レファレスト王はフェロー王子にまるでテストでもするように尋ねる。


「そうですね。敵の規模や強さは脅威ですが、ユーゼ艦長から聞いた魔王の居る本隊と比較すれば、かなり弱い者を集めているようです。恐らく陽動でしょう。我が軍の海軍の能力をもってすれば、タリゴ大陸へ増援を送るのは、容易いとは言いませんが、可能ですからね。そうである以上、ノベルニア伯爵に援軍を送るべきではないでしょうか」


「ナリーフ帝国を刺激することになるが?」


「斜陽の帝国を気にする必要は無いでしょう。父上も脅威とはみなしていないのでは?」


「ふむ。確かに脅威とはみなしておらぬな。だが、油断できる相手でもない。それに、我が国はまだ大規模な軍事行動を起こせるほどの余裕はない。故に援軍は送りかねる。どの道彼の者達が協力しているのであろう。ならば、我が国が参戦しようとしまいと、結果は変わるまい」


「恩は売ることができますよ」


「恩は彼の者達を送ったこと、武器を供給したことで十分売っている。これ以上は押し売りだな」


 レファレスト王はフェロー王子と愉快そうに問答をする。


「降参です。どうすればよろしいのですか?」


「どうすればよいという答えはない、というのが答えだな。色々指摘したが、そなたの案が正しいかもしれぬ。まずは多くの者の意見を聞くことだ。だが決断は己がせねばならぬ。これは王族に生まれた者の宿命と心得よ」


「はい。肝に銘じます。では、言い方を変えます。父上のお考えをおきかせ願えませんか?」


 次期国王としての自覚を持ってきたのか、それともエスサミネ王国との戦争で自信をつけたのか、最近言い返してくる王子に国王は喜びを覚える。


「そうだな。実を言うとすでに準備を進めている。結論から言えば兵糧攻めだな」


「? 北方諸国に魔族を兵糧攻めにするような国力のある国は無かったよう思えますが……」


 兵糧攻めは通常圧倒的な国力差があるときに行われるものである。北方諸国にそれだけの国力は無いようにフェローには思えた。


「なに、国力の無さを逆に利用させてもらっただけだ。あの地の食料を大量に買い占めた。普段であれば交易路にあるため、金さえあれば行商人から買えばよかろう。だが、戦争になった以上交易は止まる。そして、金は幾ら奪っても食えぬ。それに、金さえあれば住人も逃げ出しやすかろう」


 占領した土地は北方の痩せた土地の上、備蓄の食糧もない。そして、近隣諸国には防衛に徹するよう情報を流しているし、買った食料に加えて追加の食糧も渡している。避難民を受け入れるように伝えてもいる。北方諸国への追加の食糧など、10万の兵士を半年軍事行動させることに比べたら微々たるものだ。

 だがそれだけでは、まだ足りない。


「モキドスよ。そなたに遊撃戦を命じる。そなたの手腕を期待する」


「はっ」


 モキドスは短く返事をする。食料の不足と少数精鋭による奇襲攻撃。できればもう一押し欲しいところだが、これ以上は魔族の能力が不明なため、藪蛇になる可能性もある。要はタリゴ大陸で決着が出るまで北方諸国からださなければ良いのだ。そして、レファレスト王はタリゴ大陸で魔族が負けることを確信していた。


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