第64話 船旅1

 次の日の朝、コウ達の乗った船は王都の港を出港する。出発するのはこの船だけだ。遠洋航海する場合や、もっと小さな船の場合は船団を組むらしいが、このクラスになると単独で航行するようだ。

 そして、そこには護衛として雇われたモキドスも乗っていた。これは全くの偶然である。先にモキドスが所属している“炎の絆”というパーティーが護衛として雇われた船に、コウ達が客として乗ってきたのだ。

 偶然とはいえ、この幸運にモキドスは神に感謝する。“幸運の羽”の情報収集は優先度の高いものであるが、世間を騒がせている割には中々集まらなかったのだ。

 それは勿論王都から帰った後、“幸運の羽”がずっとダンジョンに潜っていたからである。外に出てこない者の情報は集めようがなかった。


「お久しぶりですね。私の事を覚えていますか?」


 そう言って、モキドスはコウ達に近づいていく。


「あら、闘技大会の決勝戦でわたくしと戦った方ではありませんか。勿論覚えていますわ。どうしたんですの?」


 マリーが真っ先に返事を返す。


「見ての通り、といっても分からないかもしれませんが、この船の護衛ですよ。とりあえず船員や客の顔を覚えておこうと、見渡していましたらマリーさんを見つけましてね。声を掛けさせてもらったわけです。良ければ他の方の紹介をしていただいても?」


 マリーがコウの方を向くと、コウは軽くうなずく。せっかくマリーに好意を持っているようだし、そのままマリーに説明させた方が良いだろうとの判断である。


「こちらはコウ、わたくし達“幸運の羽”のパーティーリーダーですわ。そしてこちらはユキ、基本的に槍を使う中衛職ですわ。そしてこちらがサラ、わたくしと同じ前衛職ですわ。ただ、攻撃特化型ですけど。モキドスさんはおひとりで?」


 一通り紹介し終わった後、マリーが尋ねる。


「いえ、私は“炎の絆”というパーティーに属してましてね。他のパーティーメンバーは私と同じように、顔を覚えに行ってますよ。夕食時でよければご紹介できますよ」


 マリーがコウの方を見る。ここからは自分が話を引き継いだ方がよさそうだ。


「そうですね。部屋では狭いですから、甲板の上での夕食でよければ」


 船の部屋は客室といえども狭い。これがホテルの部屋だったら、部屋で食事をしても問題なかったのだが。


「ええ、こちらとしては、構わないと思います。一応リーダーに聞きはしますけどね。まあ、嫌とは言わないでしょうね」


 そう言ってモキドスは笑う。


「ちなみに、船員や乗客の顔を全員覚えるんですか?」


 今度はコウがモキドスに聞く、冒険者同士とは言え、外見上は10以上も年が違って見えるため丁寧語だ。


「まあ、正直全員の顔を覚えるのは厳しいですけどね。それでもなんとなく会った事の有る無しぐらいは覚えますよ。商船の護衛は、密航者の取り締まりや、喧嘩の仲裁、後、海賊のスパイが味方に対して船の位置情報を送ることを防ぐ事がメインですからね。顔はできるだけ見ておくに越したことはありませんね」


 そうモキドスは答える。


「海のモンスター退治はしないのですか?」


「襲われたらもちろんしますが、この経路で、この大きさの船が襲われたという話は聞いたことがありませんね。もっと遠洋を航海する時は、巨大なモンスターに襲われたという話は聞きますが。

 それよりも問題は海賊船の方ですね。尤も、こちらは接舷されたら基本終わりなんですが、相手の方が荷物が無い分どうしても足が速いですからね。まあ、一生懸命魔法を撃ったり、火矢を撃ったりはしますが、残念ながら効果がある場合は少ないです。

 接舷されてしまったら数が違いますんで、基本降伏ですよ。大人しくしておけば、大抵命までは取られませんし。ただまあ、お客さんは身代金目当てに連れていかれることもありますね。

 後、気分を悪くされるかもしれませんが“幸運の羽”の皆さんは、恐らく奴隷として売り払われるために連れていかれるかと……」


 モキドスはコウに対して、丁寧に説明をしてくれたが最後の方は申し訳なさそうだった。海賊に乗り込まれたら助けません、といってるのと同じなので気持ちは分かる。


「ご丁寧にありがとうございました。これ以上引き留めるのは仕事の邪魔になるでしょうから、話の続きは夕食時にでも」


 そうコウが言うと、モキドスは頭を下げて去っていった。


 パズールア湖は広い。東西方向約500㎞、南北方向約300㎞のほぼ長方形の形をしている。その北東の角にあるのがリューミナ王国の王都エシャンハシルで、セタコート運河は北西の角にある。つまり、500㎞あるわけである。

 風が快調に吹いているというおかげもあるのだろうが、鐘一つ分の時間でもう王都が見えなくなってしまった。だが運河まではまだまだ先である。ただ、陸路と違い夜も進むので、2日ほどでセタコート運河まで着く。セタコート運河はあまりスピードが出せないので、距離の割には丸1日かかるが、そこから先は何事も無ければ3日ほどでイコルまで着く予定だった。


 夕暮れ時は辺り一面水で夕日が綺麗に見える。王都で見た景色と似たようなものではあったが、良いものは何度見てもいいものだ。客の中には見入っている者も少なくはない。船員も穏やかな雰囲気をしている。もっともこのパズールア湖は、完全にリューミナ王国の支配下にあり、海賊すらいないというのもあるのだろうが。


 いくら海賊がいないといっても、念のため護衛の夕食は交代制だ。“炎の絆”の番になった時にモキドスが声を掛けてくる。自分たちは見晴らしの良い所で、夕日を見た後満天の星を見ていた。


 “炎の絆”はモキドスを含めて30代前半から後半の中堅ともいえるパーティ―だった。Cランクはモキドスとリーダーのタグだけで、後はDランク、特徴といえば魔法使いが僧侶も入れて3人、前衛2人もある程度弓が使えるということだった。そのため、商船の護衛には結構引っ張りだこらしい。


 夕食はコウ達の亜空間ボックスの中に入っている料理をふるまう。基本的に船旅では保存食しか食べる事が出来ないので非常に喜ばれた。全員収納魔法持ちというのには驚かれたが、特に過去を詮索されることはなく。夕食は穏やかな雰囲気で終わった。


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