第32話 新人冒険者の通過儀礼2

 何が起きたんだ。男は訳が分からず、壊れた大剣を見ている。それは男だけでなく、男の仲間、そして周りの観衆もそうだった。事実を言えば、マリーが掴んだ指で剣を振動させ、金属の原子結合を壊したのであるが、そんなことはコウ達以外には分からない。

 ゴクリ、と誰かがつばを飲み込む音が、やけに大きく聞こえる。


「この方はもう良いようですけど、他の方はどうなさいますの。なんでしたら他の方全員を一度にお相手しても、わたくしは構いませんわよ」


 そう言って、マリーが金髪男の仲間を見渡すと、仲間たちは恐怖を顔に浮かべ動けずにいる。


「こういった場合はどうするんだ」


 そうコウがレアナに言うと、固まっていたレアナが、まるで出来の悪いアンドロイドが再起動したように動き出す。


「み、皆さん。公開訓練はこれで終わりです。もうこれ以上は、もう何もありませんから!」


 心なしかレアナが必死になって、観客を追い払っている。その間数カ所から、一緒にしないでくれ、といった内容の言葉が聞こえてくる。


「すみませんが、今日は宿にお帰り願えませんでしょうか」


 申し訳なさそうにレアナがコウ達に言う。まあ、仕方がないだろう。今日は服屋による時間もありそうにない。コウ達は“夜空の月亭”へと帰っていった。


 コウ達が去った後、冒険者ギルドの酒場はごった返していた。中には立ち飲みをしているものもいる。話題の中心はコウ達、“幸運の羽”の事だ。


「何もんなんだ。あいつら」


 コウ達は気づかなかったが、ギルドマスターであるオーロラ、副ギルドマスターであるワヒウ、その他ギルドの幹部、そしてこの街でも一目置かれている“嵐の中の輝き”が揃って、絶対に手を出すな。伝えられる限りの知り合いにそう伝えろ、と言われていたこともあって、“幸運の羽”は今この街では結構注目のパーティだった。

 もちろん、それに反発する者もいたが、表立って事を構える気はなかったため、今まで様子見をしていたのだった。


 そこに現れたのが、先程のパーティーである。ああいった行動は普通だったら誰か止めるのだが、みんなラッキーとしか思ってなかった。“嵐の中の輝き”は同情していたが……。

 皆こぞって“幸運の羽”の情報を知りたがる。この世界で冒険者の過去の詮索は最もやってはいけないことの一つである。明言されてはいないが、掟と言い換えてもいい。変に過去を詮索した者は殺されても文句は言えない。それが常識だった。

 しかし、その鉄則とも言える掟をもってしても、“幸運の羽”への詮索は抑えきれないものだった。そして当然ながら“幸運の羽”のランクアップ、正確にはランク決め、の補助パーティーだった“嵐の中の輝き”に質問が集中する。


「悪いが、俺達もさっきの模擬戦はビックリしてるんだ、それにあくまで補助パーティーってだけで、詳しいことは聞かされなかったし、聞きもしなかった。何も分からねえ、と言うところが正直な気持ちだ。

 不満ならギルドマスターに言ってくれないか。ただまあ、くれぐれも、本当にくれぐれもあいつらには、ちょっかいは出すな。少なくとも悪い奴等じゃない。だから仮になんか怪しいと思ってもちょっかいは出すな。死にたくなければな。俺から言えるのはそれぐらいだ」


 ザッツがパーティーメンバーを代表して言う。個別に若いピイドやハザを誘って聞き出そうとした者もいたが、結果は同じだった。

 流石に余り露骨に聞くのは不味いと思ったのか、“嵐の中の輝き”からも人が段々と離れていく。

 

 周りに人が居なくなり、酒場全体でも人がまばらになって、ピイドが小さな声でささやく。


「追加報酬で金貨1枚は安すぎましたよ。これならもっと多く貰えたんじゃないですか?」

 

 ザッツはエールを呑みながら言う。


「お前は俺が引退した後も冒険者を続けるんだろうな。多分その時はリーダーかサブとして。だがなあ、欲をかくとろくなことにはならねえ。相手が追加でくれた金は、ありがたく思っておくんだ。契約金以上の金を出さない奴が殆どだ。もし少なかったとしても相手に対する、貸しになることもある。分不相応の金を貰おうとすれば、足をすくわれる。それを肝に銘じておけ」


 そう言ったザッツは、自分達の知るリーダーより一回り小さく見えた。


 その頃、“幸運の羽“の面々は“夜空の月亭”の自室で、テスト合格のお祝いをしていた。ここはルームサービスもやってくれる。本来なら別の所でするつもりだったのだが、宿に帰るよう言われたので仕方がない。それにここなら酔ってもすぐに、ベッドに横になる事が出来る。今日の出来事を見た者が絡んでくる心配もない。


 コウがグラスを掲げて言う。


「無事にテストが合格だった事を祝して、乾杯!」


「「「乾杯」」」


 グラスが軽く合わせられ、上品にカチンと音が鳴る。気分的に木製の樽ジョッキでエール酒がこぼれるような乾杯をやりたい気分だったが、宿に無いものは仕方がない。わざわざ合成してまでするのは違う気がする。それにそういう雰囲気の宿ではない。


「ここに来た時には、いきなり門番に連れていかれて、どうなるかとも思いましたが、なんとかなってよかったです」


 ユキがホーンラビットのステーキを食べながら言う。高級店らしくドーンとデカい肉の塊ではなく、付け合わせの野菜と共に上品に皿に盛られている。


「正直、あの装備があんなに目立つものだとは思わなかった」


 コウは鴨肉のローストをつつきながら、しみじみと言う。


「弁明すると、昔やったことがあるゲームでは、普通に冒険者が使う装備だったんだよ」


 コウは付け加える。本当に普通の装備だったのだ。カスタムして、あれよりド派手な装備をしたプレーヤーは幾らでも居た。


「けど、なんでそんな昔のゲームの装備データなんかあったんだ? 個人データなんだろう」


 サラが不思議そうに聞く。


「それは私の特殊な事情によります。私は元々駆逐艦の人格AIでした。ご存じの通り駆逐艦は損耗率が高く、環境も大型艦に比べ劣悪なため、艦のAIを使用したバーチャル環境での休暇が認められていました。そして、別の艦へとデータを移行する際は、すべてのデータの移行が認められていました。

 ですので、使えなくなったデータも移行していたのです。通常は途中で、その艦にふさわしいAIに乗り換えられるのですが、ありがたいことにコウは、いまだに私を使ってくださいます。駆逐艦から大型戦闘空母までアップデートを繰り返したAIは、私の他はないため、規則の見直しも行われませんでした。

 そして、今回の場合装備データの使用がすべて解除と申しますか、原始時代の装備のデータが、コウの昔のゲーム内セーブデータ内にしかなかったのと、突然冒険者になると言い出してから、アバターや装備の選択まで時間がなかったこと、コウの趣味を優先した結果こうなった次第です」


 ユキが丁寧に説明をする。


「結果的に予定より早く、それなりの信用がある身分証がもらえたのだから、良かったじゃないか」


 そうコウは言い訳をする。


「そうですね。私の予想ですと、この冒険者カードを手に入れるには2年±2ヶ月はかかる見通しでした。また、目立つ装備のおかげで、多少無理のある私たちの設定も受け入れられました。外見に関しても、装備を見た後の人と、通常の服だけの姿を見た人では、心拍数に12%の違いが見られます。カモフラージュとしても有益だったと判断します」


 ユキが分析結果を述べる。なかなか良い数字じゃないか、とコウは思う。


「人格AIの予測を、それも推測幅をはずして大きく上まわるなんて……。流石はわたくしの元主が無条件の信頼をおいていた方ですわ」


 マリーがうっとりとしてコウのことをほめる。だが、コウはその主を死なせてしまった事に、少し罪悪感を覚える。戦場の習いではあるが、仕方がない犠牲であっても全く心が痛まないということはないのだ。だがいつまでもそれにこだわっているようでは、司令官など務まらないのも事実である。コウは素早く気持ちを切り替える。


「まあ、なんにせよ、結果良ければすべてよしだ。明日こそ服を買いに行こう」


 そう言ってコウはワインを口に運ぶ。

 時間を気にすることなく、ゆっくりと食事をし、ふらふらになるほどお酒を飲み、いい気分でコウは眠りについた。


 まったくの余談ではあるが、コウ達に絡んだ金髪男のパーティーは解散し、皆が人が変わったようにまじめに仕事をし、結婚して平凡な幸せを手に入れることになる。恐らくあのままではそのうち、取り返しのつかないことになっていたであろう。5人の若者をコウ達は結果的に救ったのであった。

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