第188話 助けた女性

「あの女性はいかがしましょうか? 精神的な要因で、脳内化学物質の生成が乱れているだけですので治療は簡単ですが。治療方法に関してはエリクサーを使用したことにすれば説明できます」


「便利だな、エリクサー。ごまかしに使えるとは予想外だが、持ってて良かった、というところか。念の為聞くが、解析は完了してるんだよな?」


「はい。流石にあれだけのサンプルがありましたので」


 ユキが言うサンプルとは海賊達のことだ。人体構造の解析が終わっているのなら問題はない。直ぐに女性が休んでいる部屋に行って治療を行うことにする。船員が寝る部屋の一室に女性が寝ていたが、治療のためと言って、ユキだけ入れてもらう。結構お偉いさんのお嬢さんなのかわざわざ船員が見張りに立っている。


「ドレッド・モンアバルという方はどういう方なんですか?」


 黙っているのもなんなので、コウは世間話のように見張りの船員に話しかける。


「この船が向かっている、バニリス共和国の有力者です。元老院の1人で執政官候補ですよ。この船の積み荷を卸す商会の会頭さんでもあります。確か選挙が今年中に行われるはずです。中のお嬢さんが本当にドレッドさんのお嬢様なら、選挙がらみの何かの陰謀が起きているのかもしれませんね」


 船員が丁寧に、自分が知っていることを話してくれる。話している間に治療が終わったようだ。ユキが部屋から出てくる。


「治療が完了しました。念の為今日は寝てもらっています。明日には元気になるでしょう」


「それは重畳。では自分達も部屋に戻ろう」


 コウ達はそう言って、自分たちに割り当てられた部屋へと戻っていく。


「で、今回はどうするんだ? まさか、届けて終わりなんてことはしないよな」


 部屋にもどったとたん、サラが目を輝かせてコウに詰め寄ってくる。お前はどうしてやっかいごとに目を輝かせるんだ?とコウは思うが、そもそも刺激を求めて惑星に降り立った、コウが言えることではない。


「それは場合によるだろう。単なる偶然だったらそれこそ渡して終わりだ。さらった犯人はもう殺した以上、どうしようもない。選挙がらみの陰謀だったら、場合によるかな。お嬢さんはともかく、父親がマフィアのボスみたいな悪人かも知れないし。

 ユキ、ダウンロードした海賊の記憶から何か分からないか?」


 コウはユキに尋ねてみる。


「そうですね。あの女性が捕まったのは偶然ではなく、頼まれて乗っていた船を襲ったことは確実です。海賊団の団長の記憶に、覆面の男から頼まれたものがありました。残念ながら記憶が鮮明ではなく、またその地点にいたナノマシンからの情報もノイズが酷く、それ以上のことは分かりませんが……」


「おっ、これは明確に犯罪だよな。コウだってこの犯人を捜すこと自体に文句はないだろう?」


 だからどうしてそう厄介事に目を輝かせるんだ、とコウは思うが、重ねて言うようだが、そもそもコウは言えた義理ではない。ただ単にサラが率先して首を突っ込みたがっているため、偶々抑え役になっているだけである。


「そうだな。犯人をどうするかは現地政府によるだろうが、犯人を捜すこと自体は違法じゃないし、海賊に襲わせる、なんてことは犯罪だろうな。今回は全権を持ってる国王が悪さをしたわけじゃなさそうだし」


 全権を持っている国王が悪い場合、ルカーナ王国の様に面倒だが、そうでない場合は単純だ。多分父親から犯人捜しを依頼されるだろうし、そうでなくても善意から犯人捜しをしたとして、違法になることは無いはずだ。流石に犯人が見つかったからといって、自分達で勝手に罰を与える気は無いが。


「犯罪の黒幕探しですか。なんだかワクワクしますわ」


 マリーも乗り気である。確かに単なるモンスター退治よりも面白いかもしれない。



 次の日、甲板で潮風にあたってくつろいでいると、助けた女性が甲板に上がってくる。しっかりとした足取りで、やつれていた顔も元通りになっているようだ。元々服はきちんとしたものが着せられていたので、別人のような印象を受ける。自分達を見つけると、こちらに近づいてきた。


「ごきげんよう。わたくしを治療してくださったのは皆様方とか。この度はなんとお礼を申しあげてよいか。今すぐにはお礼はできませんが、父にお願いして精一杯の謝礼はするつもりです」


 そう言って、女性は頭を下げる。


「いえ、気持ちだけで十分ですよ。今回は依頼されたというわけでもありませんし。お礼は助けることを決断された、この船の船長に言うべきでしょう。それよりもお名前を教えていただけませんか」


「わたくしとしたことが、失礼をいたしました。わたくしはドレッド・モンアバルの娘、シェトリナ・モンアバルと申します。海賊たちの慰み者になり、死んでいくものとばかり諦めておりました。こうして、無事に帰ることができようとは。神と助けていただいた皆様には感謝するばかりでございます」


 海賊に捕まっていた時の記憶は一部消去している。完全にというわけではないので、思い出そうとすれば思い出せないこともないだろうが、本人も周りの人間も無理に思い出させはしないだろう。


「あなたに一つ報告しておくことがあります。あなたが海賊に襲われたのは偶然ではありません。あなたを襲わせるよう依頼した人物がいる可能性があります。証拠などは無いので、勝手に犯人を捜そうと思いますが、構いませんか?」


 コウがそう提案すると、シェトリナは驚いた顔をする。


「そんな、では。私の巻き添えで多くの人が……」


「先ほども言ったように何も証拠はありませんよ。それに可能性というだけです。単なる偶然かもしれません。それにあなたを襲わせた犯人がいたとしても、悪いのはその犯人ですよ。気に病む必要はありません」


 そうコウは慰めるが、そう割り切れる性格ではないようだ。顔に暗い表情が見て取れる。


「そうそう、私の仲間が、あなたの国のことを聞きたがってましてね。私は用があるのでちょっと席を外しますが、良かったら話し相手になってください」


 自分ではこのような場合、上手く相手を元気にさせられないことは学習済みだ。コウは他の3人に丸投げする。できないことを無理にできるようにしようとは思わない。できる奴が居るのならそいつがやればいいことである。

 コウは本人の自覚は薄いが、有能な怠け者であった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る