第262話 船体データ

 モンスターを倒した後、ユーゼに話しかけるが、どことなくよそよそしい。自分が生身でこの惑星に降り立つことを想像すれば、気持ちは分かる。


(ジクスやリンド王国ではこんな感情は持たれなかったのになんでだろう?)


 サラが不思議そうに尋ねてくる。


(そりゃあ、ジクスや他の場所は所詮は人伝えに活躍を聴いた者が殆どだし、見せたモンスターは死体だからね。倒してるところを実際に見たら、同じように変わると思うよ。特に船という閉鎖空間の中で過ごすのならね。リンド王国の者は酔っ払って、そのあたりの感覚が鈍っているだけではないかな)


 寧ろユーゼの反応が当たり前と思うべきだろう。今までそれなりに受け入れられたことが、この世界の最強ランクの人間の非常識さを物語っているように感じる。


 それから先はいたずらに船員達を刺激しないように大人しくして過ごした……なんてことはなく、手当たり次第に近付くモンスターを狩っていった。

 幸いなことに、最初の衝撃が余りにも大きかったためか、それとも訓練が行き届いているためか、自分達に対して、それ以上の態度の変化はなかった。


 そして無事に目的地であるタリゴ大陸のヨーネルという街に着く。この街はリューミナ王国との貿易で栄えた街だ。昔は単なるナリーフ帝国の一港町だったが、リューミナ王国との貿易で力をつけていった。ここを治めるノベルニア伯爵は未だ表面上は帝国の伯爵だが、実際には周辺諸侯を従え、ほぼ独立状態だ。現在はタリゴ大陸北端のサホーヤ伯爵と小競り合いをしている状態だった。

 両方陣営とも、帝国に反逆する逆賊を討つという名目で軍拡している。帝国は様子見をしているようだ。手を出す余裕が無いのかもしれないが、ちょっと調べた限りでは両陣営が疲弊して、再び完全に帝国の支配下にはいるのを目論んでいる節がある。だが早々上手くはいかないだろう。なにせ初期情報の頃と比較して両陣営とも2倍近く兵力が増えている。短期間の増員ならともかく、これだけの年月増えているということは、それだけの国力を蓄えているということだ。寧ろ本気で争っているのか疑うレベルだ。案外裏では繋がっているのかもしれない。

 ユキからデータを貰い、そう考えながら街を散策する。ちなみに今は、あのいつもの目立つ装備ではなく、ごく一般的な服に、ローブを目深にかぶっている。建物自体はそうリューミナ王国と造りは変らないが、服装が男女ともローブの着用が基本というのが、この地方の特徴だろう。ナリーフ帝国が昔、乾燥地帯を支配域としていた時の名残らしい。もっとも夏ならともかく今は冬なので、リューミナ王国とてローブを着ている者はそれなりにいるのではあったが。

 そんな訳で一応今のところ目立ってはいない。隠密行動を取っているわけではないが、人の注目を浴びないというのも久し振りな気がする。

 隣国と戦争をしているというのに、人々の顔には活気があり、全体的に明るい雰囲気だ。少なくともこの街で戦火の被害を受けたものは多くはないようだ。


 とりあえず日が暮れる前に、宿を決める。冒険者カードはここでも有効で、高級宿に泊まることができる。

 リビングで一息つきながら今後の方針を話し合う。


「さて、とりあえず現状をおさらいするか。ユキ、説明を頼む」


「はい。ですがその前に船体データの解析結果を説明してもよろしいでしょうか?」


 過度な期待は禁物と思いながらも、ユキがわざわざ先に説明したいと言うのだ。どうしても重要情報を期待する自分がいる。


「無論だとも。些細なことでも今後の指針に影響があるかもしれないからな」


 コウはそう言って説明を促す。


「まずこの船体データの船ですが、デウカリオンという大型の移民船です。星暦203年、無慣性航行で地球からプロキシマ・ケンタウリ星系へと出発し、約2年後、ちょうど中間地点付近で忽然と姿を消した船です。そして、船体データを調査した結果、203年から208年の間消耗品の交換の記録しかありませんでした。データが削除された跡もありません。なお、最後の修理記録が星暦1301年で終了しているため、修理できる技術を失ったと推測されます。正確に言えば、この時代の宇宙船には自己修復能力は無いため、ロボットが主となり修理を行なっていました。なので、そのロボットを稼働させる技術が衰退したと推測されます」


「ふむ。さしたる重要情報は無しか……」


 少し残念そうにコウが呟く。


「いつも思うのですが、コウは戦闘以外はポンコ……失礼しました、戦闘や興味のあること以外には余り頭が働きませんね」


 途中で言い直したが、それでも失礼な言い方だ……本当のことだけに言い返せないが。


「かいつまんで話しますと、この船は我々の様に高エネルギーによって転移したわけではありません。我々が転移したときはコウが意識不明の重体、艦長2名が死亡、本艦も修復可能な範囲だったとはいえ、ダメージを負いました。

 もしわれわれと同じような経緯で転移した場合、この時代の船は、たとえ分解されなかったとしても、深刻なダメージを負っていたはずです。ですが、全く以てそのダメージの記録や修復記録がありません」


「つまりは殆ど通常移動に近い状態で転移してきたということかね」


「はい。その通りです。超重力による時空の歪みでもありません。本当に無慣性航行中、突然この星系に転移したのです」


 これは確かに重要情報だ。もう一度ガンマ線バーストの中で不完全なワープを行おうとは思わないが、ダメージが無いのなら、方法さえ解明すればやってみる価値はある。もっとも元の世界ではなく、また別の異世界に飛ばされる危険はあるが……少なくとも今まで何も情報が無かったころと比べると、格段に違う。偶然か、それとも再現可能なのか色々検証する必要があるだろうが。


「ふむ。だったら今度は航海データを入手する必要があるな。やはり魔の大陸に行くのが優先か。航海データはそうそう持ち出せない所にあるだろうからな」


 太古の昔から、航海記録は航空機や船の一番頑丈な部分に、頑丈な材料で、決められた手順でなくては取り出せないようになっている。船体がたとえ朽ちていたとしても、その部分は残っているはずだった。


「問題はナノマシン程度の探査能力では見つけられないことだな」


 流石に、趣味に没頭したいとは言え、最低限のことはやっている。改めてナノマシンで魔の大陸を探したが、データキューブは見つからなかった。


「やはり、さっさと人間族に魔の大陸に進出してもらうか」


 しれっと酷いことを言うコウであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る