第182話 フルーツサンド

 ヨレンド侯爵領を出て7日目の昼過ぎにリゾーリに着く。港町だけあってイコルと全体的な雰囲気は似ている。ただ、船は大型船が少ないようだ。王都との直接の航路は無いらしいので、そのせいかもしれない。

 それと街の外、というか、街の一部から伸びている岬の先端に堅牢な砦が立っている。元は独立した国の王都だったので、あそこに領主が住んでいるのだろう。砦の一番高いところは明かりが灯せるようになっており、灯台の役目もしているようだ。

 商人が言ったように大量のモモスが運び込まれているせいか、潮の香りの中にほのかに甘い香りが混じっている。


「なんだか、あちこちから良い匂いが漂ってきますわ」


 マリーが鼻をクンクンさせながら呟く。


「そうだな。せっかくだから昼食はフルーツサンドイッチにするか。冒険者ギルドで聞けばお勧めの店があるかもしれない」


 フルーツ自体がぜいたく品なので、あまり一般的ではないが、この街の規模なら2、3軒ぐらいはあるだろう。フルーツの集積地点と考えるともっとあるかもしれない。

 冒険者ギルドは他の街と同じように門の近くにあった。4階建ての石造りの結構立派な建物である。中に入ると他のギルドと同じように受付、交換所、酒場があるが、ここは交換所の割合が大きい。逆に酒場はほんのちょっとだけしかない。このパターンは初めてではなかろうか。


 期待はしていないが、とりあえず最初に依頼ボードを見る。昼過ぎということもあり、あまり貼ってある紙は多くない。その中に一つだけ常時依頼でAランクのものがあった。マンモスビーという蜂のモンスターの蜂蜜の採取の依頼だ。報酬は1㎏1銀貨。一度にどれぐらい採れるのか分からないが、蜂蜜の買取値段としては飛びぬけて高い。


「マンモスビーの蜂蜜採取を受けたいんですが。情報を教えてもらえませんか?」


 コウは受付に行って、冒険者カードを見せ、尋ねる。それにしてもこれをやるのは実に久し振りだ。


「“幸運の羽”の皆さんですか。お噂はかねがね聞いています。マンモスビーの蜂蜜の採取ですね。マンモスビーは名前の通り巨大な蜂です。体長3mになるものもいます。さらに巨大で強靭な顎を持ち、下手したらプレートメイルごと、人間を真っ二つにできるほどです。

 ただ基本的には大人しいモンスターで、肉食性ではなく花の蜜を集めます。特徴的なのは植物系のモンスターの花の蜜を集めることですね。植物系のモンスターはご存じかと思いますが、非常に甘味な香りや味でもって他の生物を集めて、自分の食糧とします。なのでこの蜂の蜜は大変美味しいのです。そのため高値で取引されます。

 モンスター自体はDランクのモンスターなのですが、採取がなぜAランクなのかというと、先ず蜂蜜がある巣の中には大量のマンモスビーがいること、そして、マンモスビーは希少なため、基本的に殺してはいけないことが難易度を高くしています。勿論女王蜂を殺すことは厳禁です。成虫を殺すことは禁止ですが、採ってくる巣の中にいる幼虫は殺してもかまいません。どの道、蜂蜜を食べられない以上死んでしまいますから。それに、幼虫も珍味として人気があります。

 また蜂の巣を全て壊すことも禁止です。最低でも半分以上は無傷の状態で採取しなければなりません。そうしないと、マンモスビーは別の場所に移ってしまいますから。

 尤も、半分といってもそれだけ巨大な蜂の巣なので、普通は半分も運べないんですが、稀に攻撃魔法で破壊される方がいらっしゃいますので、注意事項みたいなものですね。

 それから、巣の近くにある植物系のモンスターも無暗に倒してはいけません。蜜が集まらなくなりますから。

 後、いくら大人しいと言っても、巣を壊したら集団で攻撃してきます。その強さは、時にサイクロプスですらも殺すほどです。なので、蜂蜜を持ち帰るには、大量のマンモスビーに囲まれて、防御に徹することができる技量、もしくは強力なマジックアイテムが求められるのです。

 巣の場所はこちらに記載されています。先ほどの注意事項を守る限りどこに行かれてもかまいません。

 ただ一つ追加で注意点が。これは“幸運の羽”の皆さんのようなパーティーが今までに居なかったために、特に明記されているのではないのですが、手あたり次第全部の巣を回られるのは、ご遠慮願います。たまにAランクの方が小遣い稼ぎに受けられる時もありますので。よろしいでしょうか?」


 地図を見ると巣のある場所は20カ所以上もある。お金を求めているわけじゃないので、自分たち用に2つ、ギルドに卸す用に2つも集めれば十分だろう。


「分かりました。後、この街でフルーツサンドの美味しい店とかはありますかね? デザートの美味しい所でも構いませんが」


「フルーツサンドですか? 皆様のお口に合うかどうか分かりませんが、“七色の雲”というお店は有名ですよ。ギルドの前の大通りに面したお店です。そのまま町の中心部に100mほど行けばあります。結構大きなお店なので直ぐに分かると思います。

 ただ、大変失礼だとは思うのですが、皆様の装備ですと、一度宿屋に行って着替えてからでないと厳しいかもしれません……。その、他のお客様が驚かれると思いますので……」


 ドレスコードがあるわけではないようだが、この装備では無理なようだ。持ち帰りとかもやっていないのだろう。ちょっと昼飯が遅くなるが仕方がない。お勧めの宿も聞き、ギルドを後にする。


 お勧めの宿は最高級ではないが、“夜空の月亭”並には設備も部屋も整ったところだった。後、ギルドから余り離れてないのも良い。高ランクの冒険者がよく泊まるせいか、それとも従業員の教育が行き届いているのか、自分達の装備を見ても驚いた様子は見せない。

 直ぐに着替えて、教えてもらった店に行く。店は全部埋まれば100人以上は入れるぐらいの結構大きな店だ。流行っているらしく、もうお昼もだいぶ過ぎたというのに空いている席の方が少ない。

 この世界ではティータイムなどは貴族を除いては一般的でないため、純粋に昼食をずらしてまで食べに来てると思われる。

 メニュー板をみると、フルーツサンドの名前がたくさん並んでいる。中には名前を聞いたことの無いものもあるし、肉類とフルーツを一緒に挟んだと思われる名前のものもある。肉とフルーツが合うものだろうか?

 とりあえず、いつものごとくメニュー板に書いてあるものを全部頼む。といっても全部でサンドが10種類、タルトが2種類、ジュースが7種類だけだ。サンドイッチはそんなに大きくないため、半分にすれば、10個ぐらいは食べることができるので、2個ずつ頼んだ。

 最初にどんなものか分からない肉とフルーツのサンドを食べる。不味かったら美味いとわかっているもので口直しができるからだ。

 食べるとフルーツは甘くなく、寧ろ肉の方が甘かった。甘辛く煮ている肉を、酸味の強いフルーツでさっぱりとした後味にしているのだ。


「どんなものかと思って、最初に食べてみたのだがこの組み合わせはありだな」


「こちらもなかなかですよ」


 ユキが食べているのは、肉ではなく白身の魚とフルーツを挟んだものだ。食べてみるとこちらは魚をピリッと辛く味付けしていて、それをフルーツの甘さがマイルドにしていた。これはこれで美味しい。

 流石に人気店だけあってどれも美味しかったが、一番美味しかったのはミックスフルーツジュースだった。甘いフルーツ、酸味の利いたフルーツ、色々な物が絶妙のバランスで混ざり合ったものは、飲んでいる時は程よい甘さで、飲み終わった後は酸味と共に口の中がすっきりするという優れものだ。

 

 食事には満足したのだが、テイクアウトは一切やっていないというのが難点だった。仕方がないのであきらめることにする。


「驚きました。まだ自重が残ってたんですね」


 店を出る時にユキがぼそりと呟いた。

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