第180話 金持ちになったら

 悪魔の穴と呼ばれている、例のマイクロブラックホールのある穴から少し離れたところで、コウ達はバーベキューをしていた。

 串に刺された肉から肉汁が垂れて、ジューっという音と共に、肉特有の香りが広がる。焼けたと思われる串をとり、かぶりつく。嚙み切った跡から、肉汁が地面に滴り落ちる。肉は火傷するように熱い。実際は火傷はもちろんしないが、今は脳に影響が出るような強烈な感触以外は、信号をカットしないようにしているので、ハフハフと言いながら噛んでいる。だがそれが良い。


「うん。やっぱりこれの方が美味いな。というか久し振りに食ったが、艦の飯が不味すぎる。前から不味いとは思っていたが……。念のため聞くが自動調理器の故障じゃないよな?」


「はい。故障ではありません。完璧に調理されています」


 ユキがすぐに返答する。うん、確かに完璧だ。肉汁を滴らせるなんて材料の無駄だし、必要以上に加熱するのもエネルギーの無駄だ。栄養はこれ以上ないという程、完璧にコントロールされている。だが、そういう問題じゃない、と思う。


「なんとなくだけど、コウの言いたいことは分かるぜ。実は、現地人に擬態するためとはいえ、味覚なんかに意味があるのかと、最初思ってたんだ。今はユキと同じ仕様にしてくれたコウに感謝してるけどさ」


「わたくしもそれには感謝してますわ。舌が成分分析をするためだけの、ただのセンサーだけだったら、こんな楽しみがあるとは知らないままでしたわ」


 サラとマリーが感謝の言葉を言ってくる。然し初めての割には、妙になじんていたような気がする。


「一応言っておきますと、食事に関してはコウと外に出た時の記録を渡しただけですよ。後の好みは私の関与するところではありません。それぞれの艦長が好きだったものが、反映されているだけです。人間は基本的に同調する者が居ると気分が良くなるものですから」


 ユキが自分が疑問に思ったのが分かったのか、説明をする。然しそれならばユキはどうなのだろうか? 魚は確かに美味しかったが、自分は取り立てて魚が好きだったわけではない。寧ろドラゴンの肉の方が食べたかった。


「さらに追加すると、私は例外です。そもそも、コウはレストランに行って、同じものを注文するのは嫌がるではありませんか」


 言われてみればそんな気もする。そもそもユキ自体が例外の塊だった。


「飯時に小難しい話は無しにしようぜ。こう見えて、ユキも色んなことを体験させてくれているコウには感謝してるんだからさ」


 サラが自分と同じように肉をほおばりながら言う。


「それは否定しませんよ。連邦の中でも1、2を争うのではなく、ずば抜けてユニークなAIになれたのはコウのおかげだと思っています」


 少し棘のある言い方だが、喜んでいるのなら良しとしよう。


「ふむ。それはなにより。自分は人が喜ぶことが好きなんだ」


「その割には、嫌がらせをいつも考えているような気もしますけど……」


 マリーが自分の言葉に疑問を持ったのか、尋ねてくる。


「それはね。人の嫌がることはもっと好きだからなんだ」


 サラとマリーが呆れた顔をする。一方ユキの方は自分の答えが分かっていたみたいで、すました顔で食事をしている。


「そんなことよりも。元の世界に帰れたら、軍相手に商売ができないものかと考えているんだがどう思うかね。軍の食事は不味すぎる。ここの惑星の料理を合成できるような自動調理器を作れば儲かりそうな気がするんだがね。元手はこの惑星で暫く天然物を集め続ければできるだろう。そうだ、クイサニア星系のものも集めれば結構な金額になるんじゃないかな」


「かなり厳しいかと、連邦がどのような状況になっているかによりますが、軍の食事は最適化されています。コウは使用しませんが、ヴァーチャルで天然物を食べてる気分にすることができます。そのため需要は少ないと思われます。そもそも今までの経緯から、コウが金銭管理ができるとは思えません」


 ユキに一刀両断に意見を切り捨てられてしまう。確かにそんな金があったら軍は1隻でも戦闘艦を作る方を選ぶだろう。ヴァーチャルでの天然物を食べることもやったことがある。だがあれは食べてる時は良いのだが、その後の満足度が違うのだ。現実に戻るとおなかの具合や舌に違和感を覚える。それがどうも好きになれなかった。


「確かに直ぐには無理かもしれないな。だが、帝国に対して優位に立っていればそれくらいの余裕はあるのではないかな。それに、自分は金銭感覚は優れているとは言えないかも知れないが、その辺りの管理はAIがするものだろう」


「ただ単に金銭管理をするAIですむのでしたら大丈夫ですが、私並みの性能を求められるのでしたら、相当な量の天然物をオークションにかけることが必要ですよ。流石にそれだけの金額のものは、休暇中の副業と称しても認められません。

 なお、軍の調達部門には高性能の戦略級AIが使用されていますので、私並の高性能AIが無ければ、会社が潰れない程度の儲けしか出すことができません。コウに私の知らない商才があるのでしたら話は別ですが」


 夢も希望も無いとはこのことだ。こんな事なら最高司令官だった時に、食事の改善でもしておくべきだった。とは言っても、自分が就任したときは、まだ連邦の方が劣勢だったので、もし昔に戻れたとしてもやらないだろうが……。


「仕方がない、諦めるか。元の世界に戻る方法が見つかったわけでもないし。大体亜空間ならともかく並行世界、若しくは異世界か、それの間を航行できるような技術があるわけでもなし、もう一度この世界に飛ばされた時の再現をする気もないしな」


「それがよろしいかと。それに、仮に商売で大儲けしたとして、どうされるのですか?」


 今度はユキが尋ねてくる。


「そんなの決まってる。自然惑星に住んで、好きな時に起きて、気ままに旅をして、天然物の食材で作った料理を飲み食いして、好きな時に寝るんだ」


「それ今やってることと同じじゃね?」


 サラがぼそりと呟く。よく考えてみればそうかもしれない。


「いや、ほら、この惑星にはアバターで来てるのであって、生身で飲み食いしてるわけじゃないからな」


「時々艦に戻って、生身で食べれば良いのではありませんの?」


 今度はマリーが言う。それはそうかもしれないが……。


「要するにコウは羨ましがる人が欲しいだけですよ。人が嫌がることが大好きなのですから」


 ユキが駄目押しとばかりに言う。実際そういう部分もあるので言い返せない……。


「良いじゃないか……。人が喜ぶことも好きなんだから……」


 言い返したコウの声は、いつもより張りの無いものだった。

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