第228話 指名依頼と酒蔵開き

 次の日早速依頼を受けに冒険者ギルドへと赴く。中に入ると受付嬢が自分達を見つけ、一旦作業を中断してこちらに向かってくる。恐らく指名依頼の件だろう。


「“幸運の羽”の皆さんに指名依頼が入ってます。詳しくは後ほど説明しますので応接室にてお待ちください。待合室はあちらの階段を上がってすぐです」


 そう言って一礼すると、また受付へと戻り、仕事を再開する。此処のギルドはジクスほど大きくはなく、受付嬢も一人なのでなかなか大変そうだった。純粋に冒険者1人あたりだと、ジクスの方が多いかもしれないが、交代要員がいるのといないのでは大違いである。

 

 受付嬢の前に並んでいる冒険者たちを横目に、コウ達は階段を上っていき、応接室に入る。入ってしばらくすると、事務をしていた年配の女性がお茶を持ってくる。自分たちが各地で買っている茶葉には及ばないが、薫り高く良い茶葉を使っているのが分かる。


「思えば贅沢になったものだ。このお茶を飲んでも、なかなか良い茶葉を使っているな、ぐらいしか思わなくなった」


 ギルドの酒場で天然物の肉で大騒ぎをしていたのが遥か昔のように思えてくる。実際にはまだ2年ほどしかたってないのにもかかわらずだ。


「もうそんなことを言っていて、元の世界に戻ったらどうするつもりなんですか?」


「さて、それはその時考えるさ。手持ちのものがいくらで売れるかによって大きく変わるからな」


「それもそうですね……」


 そう答えたユキの言葉は少し寂しそうに聞こえた。ユキは軍用艦の人格AIである。自分が軍を離れたら、良くて流用、通常は初期化される。軍を離れて共に歩む道は無い。場合によっては自分が軍を離れる可能性を考えているのだろうか。だが、いずれにせよユキには悪いが、戦死するまで軍に居続けるつもりはない。


そんなことを考えていると、仕事が一段落したらしく、受付嬢が入ってくる。


「お待たせしました。Aランクのパーティーの方の指名依頼の説明なんて、初めてですので少しドキドキしますね。依頼内容は地下都市での探索中の護衛です。依頼主はボヌート・タワーシード様です。依頼料は1日5金貨。期間は2日。出発日に関しましては皆様に一任とのことです。事前にある程度説明はしているとお聞きしていますが、間違いございませんか?」


 昨日聞いた内容と同じだったので、コウは軽く頷く。


「出発は明後日の朝、鐘3回の時刻からと伝えてください。待ち合わせ場所は自分達が泊まっている宿の前が良いですが、それ以外が良いのでしたら、後で知らせてもらえるようにしてください。それ以外は特にない。聞いた通りですし、依頼をお受けしますよ」


「承知いたしました。ところで、私が聞くのもなんですが、地下都市の調査は進んでいるんでしょうか。勿論皆様の善意で調査頂いていることは十分承知しているのですが、その……時々いきなり地面が陥没したら、とか思うと怖くなってしまう時があるのです……」

 受付嬢がおずおずといった感じで質問してくる。スペースコロニーにいつ穴が開くか分からないといった感じだろうか。そう思うと不安に思うのも分からなくもない。上層部が危機感が無いのが不思議だが、ない袖は振れぬという奴だろうか。


「今まで調査したところ、崩れそうな箇所はありませんでしたよ。心配しなくても大丈夫じゃないでしょうかね」


 そうコウが話すと。受付所は心なしかほっとした表情になる。調査は既に終えており、崩れそうな所は街の外にある土砂に埋まってしまった、元の入り口だけだ。後幾つか上に建てている建物の重量が増えれば崩れそうなところはあるが、直ぐには崩れないだろう。


「それでは、これにサインをしていただければ、手続きは終了ですね」


 そう言って受付嬢は契約書を差し出す。コウはサインをすると、受付嬢と一緒に部屋を出て、そのまま冒険者ギルドを後にする。目指すは酒蔵だ。料理の収納スケジュールの変更もしなくてはいけないが、それは食べ歩きのついでで良いだろう。


 街をまわり始めるとどことなく浮ついた雰囲気があるのが分かる。いわゆる祭りの雰囲気という奴だ。少し歩くと人だかりが生じている区画があり、威勢よく酒を売っている人間がいる。近づいてみてみると、中で働いてる者もすべて人間だ。ただ客はドワーフも人間もいて、まだ午前中だというのに、そこかしこで買った酒を飲んでいる人々を見かける。


「此処の酒蔵は人間しかいないようですが、何か訳ありですかね」


 付近にいた適当な人間に聞く。もしかしたら試飲と称してドワーフがこっそりと飲む酒が多いので、雇うのを止めてしまったとか。コウがそんな予想をしていると


「訳? 訳なんてないよ。ただ単に働く奴が人間しかいないだけさ」


「?」


 コウ達4人がそろって怪訝そうな顔をすると、質問された男は説明不足なのが分かったのか、追加で説明をしてくれる。


「今日は酒蔵開きの日なんだ。全部とは言わないが、この街の半分以上の酒蔵がこの日に新酒を売り出すんだ。この日にしか飲めない酒もあってね。で、酒に目が無いドワーフはこの日は休んであちこちの酒蔵に顔を出すのさ。結果的にこの日に働くのが人間だけになるってだけだよ。もしかしたら休みが取れないか、酒にそこまで執着心が無いかで働いてるドワーフもいるかもしれないが、俺は知らないね」


 なるほどの理由だった。思い出してみると今日冒険者ギルドに来ていた冒険者も、働いてた者もすべて人間だった。納得すると早速酒を買って飲んでみる。主に売っているのはアクアビットが多いが、ワインやエールのたぐいも少数だが売っている。販売方法は瓶ごと買っていくか、量り売りだ。量り売りでは客が持ってきた杯に樽から店員が酒を注いで売っている。中にはアクアビットをビールジョッキで飲む強者もいる。売り子が少ないせいか、残念ながら食べ物を売っている出店が極端に少ない。浮ついた雰囲気を感じつつも祭だと思えなかったのはそのせいだろう。

 コウは混雑する中、割れないように小さめの銀製の酒器に酒を注いでもらう。新酒なのでアクアビットと言ってもそんなに度数は高くない。蒸留酒なので正確に言えば度数を高くするほど、味に深みが無いといった方が正しいだろうか。これはこれで悪くはないが、やはり長期熟成物には劣る。

 次に手を出したのは、低温発酵したエールだ。これは逆に普通のエールより度数が高く、飲みごたえのある味わいになっている。時々ベシセア王国で汲んだ水で、口直しをしつつ次々に違う種類の酒を飲んでいく。

 ふと気が付くと、何か騒ぎが起きている。騒ぎの中心に向かっていくとそこには、椅子に座って足を組み勝ち誇った顔をしているマリーと、丸テーブルをはさんで反対側で突っ伏しているドワーフがいた。


「何者だあのお嬢ちゃん。ジルが飲み負けるなんて」


「そういや、うわさに聞いたことがあるぞ。ソクスの町を救ったパーティーの中に、街の酒豪が誰もかなわなかった豪の者が居たらしい」


 何やってんだ君は……そう思いつつも、放っておくことにし、マリー以外は次の酒蔵へと向かったのだった。


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