第176話 ヨレンド侯爵領
コウ達はノイラ王国を北上し、ヨレンド侯爵領へと入った。元々は東方諸国の一国で今の侯爵になってリューミナ王国に降った国である。領都は元王都だけあって、立派な城のある都市だった。ベシセア王国もノイラ王国も田舎だったため、よけいそう思えるのかもしれない。
随分と久し振りにまともな?冒険者ギルドがあったので、立ち寄ってみる。丁度昼時なので食事をしている冒険者もいるが、飲んだくれているわけでもなく、普通に食事をしているだけだ。
「ジクスで当たり前の風景が、新鮮に思えるようになるとは思わなかったな」
しみじみとコウが呟く。
「そうですね。それに考えてみれば私達は冒険者ギルドに所属はしているものの、普通に依頼ボードから受注したのは余りありませんね」
思い出してみる。ドワーフの忘れられた酒は、依頼ボードに貼ってあったとはいえ特殊だったし、ブラックドラゴンも実際はどうあれ、ネーリーが主体となって受注したものだ。グリフォン討伐も依頼ボードに貼ってあったものではない。正式に冒険者になってから、依頼ボードのものをこなしたのは、オーガの討伐ぐらいじゃなかろうか。
「じゃあ、せっかくだし、ここでは依頼ボードのものをこなすことにするか。適当なのがあったらだが」
反対の声は上がらなかったので、依頼ボードの方に向かう。もう昼間のせいか依頼ボードに貼ってある数は少ない。殆どが薬草や鉱物の採取などの常時依頼だ。フモウルみたいにAランクの依頼がいつもあるわけではないらしい。
「今日のところは何も無いようだな。急ぐわけでもなし、1週間ぐらいはここにいるか。店もそれなりにあるようだし」
これも反対の声は上がらなかったので、さっそく宿を探しに行く。最初の頃は、次の日何をしようか迷っていたのだが、随分とこの世界になじんだものだと思う。
宿はこの都市で最も高級な所を選ぶ。普通は貴族や大商人しか泊まれないところだそうだが、Aランクの冒険者カードを見せたらすんなりと泊まれた。Aランクの冒険者というのはそれほど信用があるらしい。なんとなく成り行きでなってしまったので、今一実感がわかないのではあるが……。
夕方になり食事をしに出掛けようと思っていた頃、来客がある。ここの領主、ヨレンド侯爵からの使者だった。何でも、晩餐に招待したいとのこと。ちょっと面倒くさいとは思ったが、それだけで断るのも気が引けたので、招待を受ける。使者の人が後で叱責されたらとか考えると、飯がまずくなるという理由もある。
普段着ではなくちょっと高級な服に着替え、宿の前で待っていた馬車に乗る。宿は城のすぐそばにあり、歩いても3分もかからないだろうと思うのだが、この世界では招いた客人を歩かせるなど、大変失礼なことに当たるそうだ。
城門をくぐり、馬車を下りて、建物の中に入ると、いつものごとく、晩餐会の会場へと案内される。多分こんなに何回も貴族の晩餐に呼ばれる冒険者も珍しいのじゃなかろうか。それともAランクの冒険者となれば普通なのか、少し悩むところである。
晩餐会の部屋は王都エシャンハシルの城ほど豪華ではなかったが、ベシセア王国の城よりは大分豪華だった。そこに侯爵とその家族がいて、自分達が来ると立ち上がり挨拶をしてくる。
「急な招きに応じていただき感謝いたします。こうしてきちんと話すのは初めてですな。私はホプワン・ラス・ヨレンドと申します。ささやかながら会食の席をもうけさせていただきました。美食家の皆さんのお口に合うと良いのですが、今宵は思う存分食べて、飲んでいただきたい」
そう言って、家族を紹介し、食事を取り始める。いつもながらベシセア王国の時も思ったが、ここまで下手に出られると面映ゆい。
「ところで、今回自分達を招待して頂いたのには何か訳があるのでしょうか?」
当たり障りのない話題で、晩餐会が終わりそうだったので、聞いてみる。思い出してみても、招待されるようなことをした覚えはない、であるならば、ここは何か用件があるのではなかろうか、と思ったためだ。
「訳などありませんよ。寧ろ、なぜ呼ばれないと思ったのですか?あなた方は先の戦いの功労者ではありませんか。どのような手段で知ったかは知りませんが、あなた方がもたらした情報が大きな成果を上げたことは間違いありません。おかげで死者も出さずにすみました。その働きに対して、このような晩餐などでは、とても釣り合いますまい」
そう言えば、ここもあの戦いに参加してたんだったな、と思いだした。余りにもどうでも良い戦いだったので、記憶の片隅に追いやるどころか、棚にしまい込んでいた。
「そう言われると、面映ゆいですね。あれは依頼をこなしたにすぎませんよ。そして、きちんと依頼料もベシセア王国国王陛下から頂いています」
「水10万樽でしたかな。失礼ながら、変わった報酬をお望みと思ったものです」
侯爵はそう言って笑う。
「あそこの水は美味しいですからね。この侯爵領にそういったものはありませんか? 珍しい食材でも良いですが」
「珍しい食材ですか……。あいにくと、ここは普通の土地でして、特産品と言われるようなものは無いのです。Aランクの方に退治していただくようなモンスターも、数年に1回、有るか無いかでして……。そうですなあ。他に珍しいものとなると」
侯爵はそう言って食べるのをやめ、腕を組んで考え始める。気の毒になってきたので、もう良いです、と言いそうになった時に、侯爵は何かを思い出したようで、パッと明るい顔をする。
「珍しい食材でも、モンスターでもないのですが、この地には悪魔の穴、と呼ばれる穴がありましてな。直径は20mほどの穴なのですが、深さがどれぐらいあるか分からないぐらい深い穴なのです。穴の中は空気が悪く、誰も底にたどり着いたものはいません。穴の周囲は土砂が流れ込んですり鉢状になっていますが、それだけ大量の土砂が流れ込んでも、穴が埋まる様子はありません。魔法で見える範囲でも底が見えません。地獄に通じているという話もありますな。
もし、我が領で変わったものがあるとしたらそこでしょうな」
そんな珍しい地形があるのなら、確かに珍しいものもあるかも知れない。依頼ボードには普通の依頼しか出ない、普通の土地らしいので、そこに行くことに決める。
結局は今回も、依頼ボードをこなすことは後回しになったのであった。
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