第179話 通常業務
命令を一通り終えると、腹が減ったので食事をとることにする。後は小惑星の破壊という単調な作業なので、ブリッジにいる意味もない。ただ、それなりに広範囲に散らばっているので、3時間ほどはかかるようだ。
いつものように、自動調理器で調理されたものをリビングルームへと運び込み、スクリーンに大自然を映し、食べ始める。一言で言うと不味い……。食事はプレートにより適温が保たれているが、生温かいだけの感じがする。肉はもっとジューっ、と音を立てていた方が美味しいのではなかろうか。実際は火傷しないために、口の中に入れるときは冷ますのだが、初めから適温なのと、冷まして口に入れるのでは違う気がする。素早く食べられはするのだが……。
肉汁が滴ることもない。肉汁に限らずスープもだが、口の中に入るまではゼリー状だ。なのできれいに食べることができる。口に入らない以上、必要以上の肉汁は不要なのだろうが、そういう問題ではない気がする。懐かしさも感じない。こんなに不味かったっけ?と自動調理器の故障を疑うレベルである。
それになんとなく寂しい。ユキカゼの船内のアンドロイドには食事ができるような機能はついてない。なので、食事は一人だ。以前は特になんとも思わなかった。たまに他の同僚とホログラムを使って飲み会をする程度だった。
別に不味くはないが、美味しくもない普通の水で、流し込むように食事をする。食後はサプリメントのカプセルを、これまた水で飲みこむ。栄養バランス的には完璧なのだが。なんだろう。かえって不健康な食生活のような気がする。
食事をした後、時間つぶしにホロ映画を見る。内容はよくあるファンタジー冒険ものだった。それなりに楽しめたが、あくまでもそれなりだった。
手持無沙汰になって、艦橋へと戻る。そこには直立不動のユキカゼが立っていた。
「どうされましたか? まだもう少し小惑星の破壊には時間が掛かりますが」
「いや、特に用があるわけではない。少し君の声が聴きたくなっただけだよ」
自分の言葉の意味を図りかねたのか、ほんの少しユキカゼは首をかしげる。だがすぐにこちらの意図を読み取り、シーンとしていた艦橋からオペレータの声が聞こえ始める。ユキカゼがオペレータを音声入出力方式に変更したようだ。
「第67目標、消滅確認」
「次点目標に対し、レーザー砲発射準備」
「亜空間フィールド、目標前方に展開開始」
イワモリは特に何をするまでもなく、指揮官席に座っている。するとしばらくして、香りの高い紅茶の香りがしてくる。
「流石に艦橋でお酒を飲むのはお勧めできませんが、これは大丈夫でしょう。あの惑星の天然物の紅茶ですよ。水もベシセア王国で汲んだものです」
「ああ、悪いね」
イワモリは紅茶の香りを楽しむ。感度がそんなに高くない生身の嗅覚でも違いが分かる。しかも、冷まして飲まなけらばならないほどの高温である。イワモリはフーっと息を吹きかけ、少しずつ紅茶を飲む。ちなみにカップは王都で買った一級品だ。ただの白いカップとは違う。たとえ中身が一緒でも、容器が違うだけで味が変わるのではないだろうか。何も根拠は無いが……。少なくとも気分は違う。
「提督、あたいの持ち分は完了したぜ。きっちり消滅させたから破片が落ちる心配もしなくていいぜ」
「そもそも、破片が落ちるような仕事をする方が、おかしいんではないですの? 提督、わたくしの方も完了いたしましたわ」
パネルに二人の姿が映し出される。くだらない言い合いだが、それが耳に心地よく聞こえるのが不思議だ。
「こちらの方も完了しましたので、いつでもクムギグゼ星系第3惑星への再降下は可能です。一応探査ユニットの情報もありますが、ここでお聞きになりますか?と言っても追加情報は僅かなものですが」
「ああ、頼む。他の2人も聞いておいてくれ」
本来ならブリーフィングルームを使うべきだろうが、追加情報が少ないと言われたこともあり、そのまま艦橋で聞くことにする。
「あの穴にマイクロブラックホールがあったのは先日ご説明した通りです。そこを中心としていわゆるマナが濃密に集中していました。通信障害はそれによるものと思われます。シュバルツシルト面付近の生命体は計5体。これもそれぞれが濃密なマナを持っています。その密度は私達が作成した武器を上回ります。その5体の生命体のマナの総量は、その部分を除いたクムギグゼ星系第3惑星のマナの総量に匹敵します。特にその中の1体が飛びぬけて多いようです」
「仮に敵対したとして勝てるか?」
イワモリは少し心配になったので聞いてみる。勝てないようだったら、その生物に興味はあるが、ブラックホールを蒸発させるのは止めて、そのままにしておこうと思う。
「アバターで対応するのでしたら、惑星に合わせた武器ではなく、現行の武器を使用しない限り、少し厳しいかと思われます。具体的には5体すべてが襲ってきた場合、勝率は80%以下です。現行の武器を使用すれば、勝率は99.999%まで上がります。私達本体の武器使用を認めていただけるのなら、敗北する可能性は計算範囲外まで下がります」
「ならば問題無いか。予定通りその生物を解放するとしよう。念のためにそれぞれの亜空間ボックスには現行の携帯武器も入れておくように」
最悪の場合でも逃げることはできそうだ。その場合あの惑星がどうなるかは分からないが、少なくともこの生物がいなければとっくの昔に滅びていた惑星である。さらに、自分たちがいなかったらもうすぐ滅びていただろう。それを考えるとちょっとぐらい惑星の住人を危険にさらしてもいいような気がする。
「アバターのメンテナンス、及び洗浄も完了しています。今から降りられますか」
「そうだな。今日は大自然の中でバーベキューが食べたい気分なんだ」
「おっ、いいねえ! なんか、エネルギーカプセルの交換じゃ物足りないと思ってたんだ」
「わたくしも実は……」
サラトガとマリーローズも賛成のようだ。ユキカゼ? 特に頼んでもいないのに、短時間でアバターのメンテナンスを終えていることから推して知るべしである。通常ならもっと時間が掛かるはずだ。
「では、再度降下をする。現地集合だ」
「「「はっ!」」」
小気味の良い返事と共にパネルが消える。イワモリは再びカプセルの中へと入り、アバターを起動し惑星に降下した。
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