第239話 エスサミネ王国攻防戦3

 エスサミネ王国軍は旧ヴィレッツア王国の国境沿いに広がる草原に展開した。ここをリューミナ王国軍に突破されたら、最早クレシナの得意とする騎馬を使った戦いができないためだ。

 クレシナは中央全面に歩兵を配置し、左右に騎士団以外の騎兵、そして中央後方に騎士団を控えさせる。騎兵を突撃させるには向かない奇妙な隊形だった。その陣形を保ったまま、リューミナ王国軍の中央へと進軍する。

 一方リューミナ王国軍はまずは弓兵を前に出し、その次に槍を持った部隊が続く。そして両側に騎兵が控えるという基本的な陣形だった。但しその数が圧倒的であった。弓兵部隊のみでエスサミネ王国軍の全軍を上回る数である。そして左右に分かれた軍団も包囲戦に向けて進軍を始める。

 

 戦闘の始まりは基本通り弓矢の応酬だった。リューミナ王国軍としては接敵するまでもなく勝てる、と思えるような兵員差である。そこに慢心が無かったといえば嘘になるだろう。だがエスサミネ王国軍は弓を撃った後、直ぐに盾を構え中央の歩兵が左右に分かれる。そこから飛び出してきたのはクレシナ子飼いの騎士団だった。

 リューミナ王国軍はそのまま弓兵で攻撃すべきか、また目標は同じ弓兵とすべきか、それとも突撃してきた騎兵にすべきか、それとも弓兵を下がらせ、槍兵を前に出すべきか、一瞬迷ってしまう。僅か数秒の迷い。だがその数秒が命取りだった。

 この世界の弓の有効射程距離は100mもない。騎兵なら接敵するまで10秒とかからない。それでも練度の高いリューミナ王国軍は弓兵を下がらせ、数少ないながらも槍兵を前面に出すことに成功していた。

 それに対してエスサミネ王国の騎士団は突撃用のランスではなく、奇妙なことに投擲用のジャベリンを装備していた。接敵するかと思えたその時、クレシナの号令が響き渡る。


「投擲せよ!」


 号令と共にジャベリンが投擲される。そして接敵する寸前で馬が方向を変える。最前列の騎馬兵が投擲すると直ぐに次の騎馬兵が投擲をする。馬の速度が加わったジャベリンは容赦なく槍兵を倒していく。敵の目の前で投擲をし方向転換するなど並の練度でできるものではない。恐るべき練度と言えた。そして、ぐるっと円を描くように戦列の最後へと移動し再度突撃を開始する。

 すべての騎馬兵が投擲を終えた後、リューミナ王国全軍にとってはわずかな、しかし、エスサミネ王国軍にとっては十分騎馬を突撃させるための隙間が生まれる。


「抜剣! 私に続け! 蹂躙せよ!」


「「「おおおっ!」」」


 勇ましい掛け声と共にまるで巨大な一つの凶悪なモンスターのように、騎士団は一丸となってリューミナ王国軍本陣へと突撃を開始する。

 戦場全体から見れば極一部だが、クレシナを先頭とした騎士団の突撃はまさに蹂躙劇と呼ぶに相応しいものだった。

 地竜の首を落とし、城門すら叩き斬るクレシナの振るう剣は、一振りで数人のリューミナ兵を斬り殺し、その数倍の兵を剣圧で吹き飛ばす。

 クレシナの斬撃を運良く耐えた者は、後に続く騎士団に討ち取られる。



「いやはや、彼女は噂以上だね。君は勝てるかい?」


 自分を目指して真っ直ぐに向かってくる敵を見て、フェローは近衛兵団長に尋ねる。


「個人の力量という点では無理ですな。あれがAランクの冒険者の力ですか。いやはや恐ろしい。もし我が軍が敵の10倍ほどの人数でしたら、負けていたかもしれませんな」


「Aランクの者全てが彼女のような力を持っているわけじゃない。彼女は別格だよ。もっともそれ以上の者も居るけどね」


 敵が迫っていると言うのに、フェローの周辺に緊張感はなかった。なぜなら分厚い布陣により、僅かずつではあるがクレシナの進軍は遅くなりつつあり、また騎士団も1人、また1人と討ち取られ、その数を減らし続けていたからだ。

 その動きは次第に加速し、クレシナの率いる騎士団はフェローに届く前に溶けて無くなる。フェローにクレシナの刃は届かない……はずだった。


「なに!?」


 近衛騎士団長が驚きの声を上げる。なぜなら力尽き、大勢の兵に囲まれて身動きが取れなくなっていたはずのクレシナが、押し寄せる兵を吹き飛ばし、猛然と動き出したからだ。


「その首もらい受ける!」


 あっという間に、声が聞こえる位置まで迫られていた。


「奴を囲め。殿下に近寄らせるな!」


 近衛騎士団長は配下の兵をクレシナに向かわせる……が、クレシナは止まらない。その身に多くの傷を受けながら、自分の流した血と、倒した兵の返り血で、碧い鎧をどす黒く染めながら、クレシナは止まらない。


「おのれ! 殿下はお下がりを」


 そう言って、近衛騎士団長がクレシナに向かう。近衛騎士団長を任される男である。並の強さではない。だが、それでも5合と切り結ぶことはできなかった。それでも、首ではなく腕一本を失うだけで済ませられたことを褒めるべきだろう。

 いつの間にかクレシナとフェローの間には誰もいない空間ができていた。


「おおおっ!」


 とても女性があげる声とは思えない、腹の底に響く声を上げ、クレシナはフェローに向かって剣を振り下ろす。だがフェローは動じない。それどころか何処か楽しそうな表情をしている。

 そして、首筋めがけて振り下ろされた剣は、フェローによって受け流される。つい先ほどまで剣は鞘に入っていたにもかかわらずである。抜いたところは誰にも見えなかった。

 クレシナが次々と剣を振るうが、ことごとくフェローに受け流されていた。馬に負担がかからないよう、受け止めるのではなく、受け流しているのだ。


「貴様何者だ!」


 クレシナがフェローをにらみつける。


「知っての通り、リューミナ王国の第1王子のフェローさ」


 そう言ったフェローの顔をよく見るために、クレシナは汗と血で汚れた目を一度マントで拭く。敵の目の前でそんな事をするなど自殺行為だが、フェローは攻撃しなかった。

 そして、再びクレシナはフェローを見て驚愕する。


「そなたはローフェル……なぜ、ここにそなたがいる。もしや影武者の依頼を受けたのか……」


 ローフェルとはかつてクレシナが冒険者だったころ。一緒のパーティを組んだ仲間だった。そしてそのリーダーだった男である。


「いや、正真正銘の王子だよ。勿論影武者は居るけどね。ここにいるのは本物さ」


「馬鹿な。リューミナ王国の第1王子が冒険者をやっていただと……」


 クレシナは信じられないといった表情を浮かべる。


「自分を棚に上げてよく言うよ。辺境伯のお嬢様の冒険者の方が、珍しいと思うけどね」


 その飄々とした口調と顔は間違いなくクレシナの知っている、かつてのパーティーリーダーだった男であった。


「それよりも降伏してくれないかな。もうこれ以上の犠牲は君も望まないだろう」


 諭すようにフェローが話しかける。だが、緊張の糸が切れたのか、クレシナは朦朧としていた。


「ふっ。最期の相手がそなただったか……最期まで勝てなかったな。だが、悪くない相手だった……」


「いやいや、万全の状態だったら最早君の方が断然強いさ……っておい!」


 クレシナは剣を落とすと、そのままゆっくりと馬から倒れ落ちる。


「僧侶を呼んで治療をさせろ。死なせないでくれよ。後、クレシナは捕らえた、敵に降伏するように伝えよ。これ以上の流血は無意味だからね」


 こうして、エスサミネ王国軍の最大にして、最後の抵抗は終わった。それはクレシナが言ったように、何代にもわたって語り継がれる物語となった。

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