第289話 シリウス号探索4

「以上が転移した時の前後と思われる艦橋の様子です。この後100年ほどは記録が残っていますが、特にめぼしいと思われる情報は無いと思われます。そもそも、転移後数年して人の出入りが殆ど無くなっています」


 すっと画像が消え、艦橋がまた人気のない寂しい様子に戻る。賑やかというか、慌ただしい様子を見た後は、誰もいない様子は立体映像再生前より寂しげに感じる。今は廃墟に近いが、確かにここで働いている人がいたのだ。


「だから白い靄を調査していたのか……何か分かったことはあるかね?」


 この時代の技術では分からないものでも、今だったら分かるかもしれない。そんな淡い期待を抱く。


「残念ですが。記録そのものが2万年前の技術ですので、どうしようもありません。しかも、この時代の記録は、記憶容量を減らすためのいわゆるデジタルデータが主流でした。不必要と思われるものはノイズとしてカットされるため、仮に何か計器に観測されていたとしても、ノイズのようなデータは保存されていません」


 確かにノイズをカットする、というのは記憶容量を節約するには有効だ。だが、何か起きた時の調査をするための装置が、そんな仕様になっているとは今では信じられないことだ。


「そうか。それなら、余り研究結果に期待できそうにないな……ちなみに霧の正体の推測はできるかね?」


「単なる推測でしたら……最も可能性が高いのは、人の脳に直接反応する何かの物質があったのだと思われます。視覚といっても、見ているのは脳ですから。所謂幻覚作用をもたらす物質があったのではないでしょうか。ただ、それですと窓際の者しか確認した者が居ないということの説明がつきませんので、決め手には欠けますが……」


「ふむ。ユキでそうなら、本当に藁にでも縋るつもりで、オカルトに手を出したのも頷けるな。だが結局は何も見つからなかったわけか」


「もしかしたら、デジタルデータではない、昔の写真とかがあったら違ったのかもしれません」


 幾ら数年間過ごすために、船としては無駄な施設もあるとは言え、シリウス号は開拓船だ。そんな酔狂な物を持っている者は居なかったのだろう。


「外壁にも痕跡なしか……」


「そもそも、外壁は殆ど再生したものですし、再生ではなく修復した所もオリハルコンで置き換わっているところが多いですしね。流石に不時着直後ならともかく、今の状態で痕跡の調査は無理です。エンジンルームに行けば、航行時のもっと詳細なデータが残っているかもしれません。この時代に艦橋に上がってくるデータは、運航に必要なものだけですから、異常と判断されなければ、ただ単に正常運転中という信号が来るだけ仕様になっていたようです」


「まあ、船全体を一括管理できるAIができたのはもう少し後だからな。ではエンジンルームへ向かおう」


 念のためデータキューブを抜き取り、エンジンルームへと向かう。自分達にとっては危ないことこの上ないように思えるが、艦橋はエンジンルームにほぼ隣接している。なので、艦橋を出ると直ぐにエンジンルームへと着くことができる。ただそこは艦橋と同じく、殆ど張りぼてだった。ただし、此処にもブラックボックスは残っていた。他の部品は必要でも記録をするだけの物はエンジンを持ち出した時には必要なくなっていたのだろう。


「そう言えば、この船のエネルギー発生装置は縮退炉だったよな。技術レベルが落ちても安全に破壊できたんだろうか」


 縮退炉は小型ブラックホールを使用したエネルギー発生装置だ。現在はもう使われていないが、一時期船の動力源の殆どは縮退炉だった。但し作るより破棄する時の方が問題だった気がする。そして気になることになぜこんな場所に、というところにブラックホールがあったことを自分達は知っている


「恐らく、コウの考えていることは当たりだと思います。悪魔の穴にあったブラックホールは、縮退炉に使われていた物でしょう。勿論偶然の可能性もありますが、可能性は高くありません。縮退炉自体は非常に頑丈なものですから、使われなくなってからも、かなりの年月持ちこたえたのでしょう」


「だよなぁ……」


 元の世界から持ち込まれたものが原因でこの惑星が破壊されそうだったと思うと、なんだか少し申し訳ない気持ちになるが、小惑星の衝突は自分達が防いだのだからチャラと思っておこう。


 エンジンルームのブラックボックスも艦橋のものとほぼ同じ仕様だった。同じようにスッパリとサラが上部を切り取る。そして中のデーターをユキが分析し始めた。


「何か分かったかね?」


 大して期待せず、コウはユキに尋ねる。


「転移したと思われる時間に、縮退炉の出力がほんの僅かではありますが、変化していました」


「それは物理法則の違う世界に来たんだ、多少は変化するだろう。その後正常に動作していたということは、修正できる範囲の物だったのだろう? 特に不思議な点は見受けられないと思うが」


「それが、この世界に転移した後ならそうでしょう。ですが、時間的に言うと、白い靄の報告がされるのとほぼ同時です。正確に言えば、この船の航行コンピューターが航路を見失うより前です。つまり、転移して物理法則が変わったために出力の変化が起こったわけではなく、その前に物理法則が変わったということを意味しています」


「私は科学者じゃない。すまないがもう少し分かりやすく説明してくれないか」


「つまりは、元の世界でなんらかの原因でこの世界に飛ばされたのではなく、この世界が原因で、元の世界から引き寄せられた可能性が高いということです。この世界に原因があるのでしたら、原因さえわかれば戻る方法も分かるかもしれません。そして私達が今回転移されてきた状況に鑑みると、この世界と元の世界は、稀にではあるでしょうが、互いに干渉しあっているのかもしれません」


 まさか本当に帰れる可能性があるとは。コウは余りにも低い可能性として、ほぼ諦めていただけに、情報で頭がうまく回らなくなってしまう。


「帰れるのか……」


 口から出たのはその言葉だけだった。


「あくまでも、まだ可能性にすぎませんよ。どうすればいいのか分かったわけではありませんから」


 それでも今まで手がかりすらなかったのに比べれば雲泥の差である。コウ達は引き続きシリウス号の探索を続けるのであった。


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