第270話 魔族との合戦前

 ノベルニア伯爵とサホーヤ伯爵の連合軍が地図で決めた“幸運の羽”との合流地点に着くと、そこにはどんな都市の城壁よりも高く立派な城壁が建っていた。途中通ってきた、森の中に騎馬が100騎横に並んでも悠々と進める、不自然に真っ直ぐ切り開かれた土地も奇妙だったが、はるか向こうまで続く巨大な建造物は圧倒的な迫力がある。

 しかもそれだけではない。数多くのこれまた巨大な投石機と無数ともいえる投石用の石が用意されている。


「収納魔法持ちとは聞いていましたが、これほどとは……しかし我々は籠城戦をするのではなかったのでしょうか? この投石器の数はまるでこの城壁をこちらから攻めるように見えますが……」


 ノベルニア伯爵が素直な感想を述べる。そもそもノベルニア伯爵の常識ではそうだった。


「投石機で敵を攻撃してはいけないという法律があるわけではないでしょう。弾も十分用意しましたし、城壁の上部にはバリスタもありますよ」


 バリスタも本来は攻城兵器に分類されるものだ。対人用ではない。なにせ、投石機もバリスタも取り回しが悪すぎる。それにノベルニア伯爵常識では、幾ら投石機が通常より大きいとはいえ、あの高い城壁を越えて向こう側に弾を飛ばせるとは思えなかった。しかも、一つ一つの弾が大きい、運ぶだけで10人は必要になるのではないだろうか。ご丁寧に弾には運ぶための棒を差し込むための穴もあけてある。


「大丈夫ですよ。色々な場所に飛ばせるように、これだけの数の投石機を揃えたのです。それぞれの飛距離は微妙に違います。その分運用には人数が必要ですが、これだけの人数がいれば十分でしょう」


 コウの説明を聞いてノベルニア伯爵とサホーヤ伯爵は顔を見合わせる。数に勝る魔族との決死の籠城戦を予想して来たら、やることは基本的に下級兵士がやる投石機の弾運びだ。戸惑うのは無理の無いことだった。


 一方コウも伯爵たちに説明をしても今一ピンときていないようなのが気にかかる。城壁は確かに大きいかもしれないが、この惑星の技術でも時間と労力さえあればできるレベルである。投石機に関しては材質に星間国家の技術が一部使われているが、原理自体は単純なもので、使い方も同じだ。

 今回の戦いはなるべくこの惑星の人間の手によって、勝たせた感触を味わわせてやりたいと考えた戦術であるが、どうも反応が薄い。感心されるのは持ち込んだ投石器や弾の数と、短期間で作り上げた壁についてである。どちらかというと、弾と、飛ばすための重りと、その重量に耐えられるだけの投石機の材質の方を感心されるのか、と思ったのだがあてが外れた感じだ。


「とりあえず、合図とともに、並べてある列ごとに投石機を発射していただきます。城壁の上に備え付けているバリスタも同じようにしていただきます」


「つまりは我々に弾運びや矢運びのような、従者のような真似をしろと……」


 サホーヤ伯爵は少々不機嫌そうにそう言い返す。正面切っては言わないが、侮辱されたと感じているようだ。


 装弾手というのは、そこまで地位が低かったっけ?とコウは疑問に思う。

 確かに自分で弾を込めたことは無いが、この手のファンタジー世界のヴァーチャルゲームで、襲い掛かる巨大ドラゴンや悪魔の軍団を撃退するというシナリオをパーティーを組んでやった事はある。その時装填のタイミングは、射撃のタイミングと並んで重要だった。ゲームによっては照準と装填してからの発射時間が固定してある物もあり、その場合装填のタイミングというのは非常に重要なので、パーティーの仲間内で最も経験豊富な者から装填手になったほどである。

 やはりゲームと同じようにはいかないかと思いつつも、せっかくここまで準備したのである。是非とも使ってもらいたいため、なんとか両伯爵を説得する。


「何も伯爵閣下や護衛騎士の皆様全てに、行ってもらう必要はありません。皆様には、投石機やバリスタで打ち漏らした魔族のお相手をしていただきたいのです。魔族は人間よりかなり強力な種族です。多少訓練された兵では相手になりません。そのため伯爵を中心として最精鋭の兵を用意していただけませんか。そしてそのほかの兵を投石機とバリスタに充ててほしいのです」


「それならば大丈夫でしょう。せっかくコウ殿にご用意いただいたものです。サホーヤ伯爵の気持も分かりますが、コウ殿がいなかったら、真っ先に奇襲攻撃を受けることになったのは、公の領地ですよ」


「それはそうだが……本当に魔族は来るのですかな」


 ノベルニア伯爵はリューミナ王国と親交が深いせいか、コウ達を信じていたが、サホーヤ伯爵は半信半疑だ。


「なに、来なかったとしても、お金をもらって軍事演習ができたと思えばよいではないですか」


「ふむ。確かに言われてみればそういう考えもあるか。分かりました。我が軍もコウ殿の作戦に従いましょう」


 両伯爵がコウの作戦を受け入れ、着々と準備を進める。具体的にはどの色の旗を揚げたら、どの列のことを指すのか、また発射の合図、投石機の方向をどう動かすかの合図などを細かく決めた。バリスタも同じように打ち合わせる。

 射撃管制や統制射撃という概念がこの世界には無いらしく、細かい打ち合わせに驚かれる。どうやら、投石機などの攻城兵器に限らず、飛び道具は討つ合図こそ最初に出されるものの、後は個人の力量でバラバラに攻撃するのが当たり前らしい。弓の飛距離も個人の使う弓の強さによって違うし、矢をつがえる速さもまちまちだからだそうだ。個人が最大力量を発揮すれば、最大の攻撃力になる、との考えが主体だった。

 そう聞くと、リューミナ王国の軍隊の考えが、周辺諸国より一歩進んでいるのが分かる。弓は統一されていたし、部隊長ごととは言え、ある程度纏まって弓を撃っていたように見えた。

 この世界でもクレシナ嬢の突撃などの極端な例を除けば、まずは遠距離戦が戦闘の基本である。極端な話、敵の射程外から一方的に攻撃できれば、絶対に勝つのだ。やはり魔法の存在が大きいのだろうか、と考えてしまう。


 そうこうしているうちに、合流して1週間が経った頃、見張りが大声で叫ぶ。


「敵だ! 敵が来たぞ! ものすごい数だ。10万は超えている」


 本当に来た。その事実に流石のサホーヤ伯爵も、コウの言葉を心から信じることとなる。そして行軍してくる魔族の大軍の威容に、誰もが緊張を覚える。但し“幸運の羽”を除いてだが……

 

 そして、後の世に活火山の名をとって、ルエンナール野の合戦、と言われる戦いの幕が切って落とされた。

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