第216話 魔族のお酒
洞窟から出るともう日が暮れていた。思ったより時間をかけていたようだ。
「部屋を自分達であんなに時間をかけて探索しなければ、こんなに時刻にはならなかったのですけどね」
ユキが咎めるような、それでいて呆れているような、なんとも言えない声で呟く。
「そもそも私の行動に効率を求めるのが間違っている。諦めたまえ」
コウはそれに対して涼しげに答える。
「既に諦めていますよ。先ほどの言葉は皮肉、若しくは嫌味というものです。コウには全く通用しませんが」
「ふむ、それは失礼した。この歳になると少々のことでは動じなくなってね。いやー、若い時のようにはいかないものだね」
「コウは若い時から全くと言っていいほど変わってませんけどね」
コウとユキが言い合ってる間、コウは少し気になってふと後を見ると、サラとマリーがポカンとした顔をしている。
「どうしたのかね?」
少し心配になって尋ねてみる。ユキも少し心配そうな顔になっている。
「いや、なんか改めてユキは規格外のAIなんだなぁと思って。あたいも結構反論できるようになったと思うけど、ユキのレベルにはまだちょっと無理かなぁ」
「わたくしもそう感じますわ。どのあたりがストレスの境界線なのか、いささか判断に迷いますわ」
そうサラとマリーが答える。
「そうは言うが、さっき教団本部で随分と失礼なことを言ってたじゃないかね。あれだけ言えれば十分だよ。それにユキレベルの皮肉が3人からくると、その……流石に困る」
ユキは自分の理想的な人格だが、じゃあそれが3人になるともっと良いかというと、そういう問題ではないと思う。人格は個性があるから面白いのだ。画一的なものが良ければ標準品をそのまま使っている。
それに言い合いは好きだが、言い負けるのは好きじゃない。AI、3人が相手ではいくらなんでも分が悪すぎる。
「それを聞いて安心したぜ」
「ええ、先ほどの会話の中にどう入って行こうか悩みましたもの」
「そんなものは考えなくてよろしい。というか寧ろ考えないでほしい。君達は今のままでいてくれたまえ」
コウは念を押すようにサラとマリーに言う。
「さてと、この件はそれで終わりとして、今日はここで野営か。せっかくだから魔族の国のお酒でも飲んでみるか」
飲んだことの無い酒を出すとういうのにコウの顔は余り興味がないように見える。他の3人もそうだった。見つけた時は興味津々だったのだが、念の為成分を分析した結果、アルコール度数98%、つまり殆どアルコールという結果が出たためだ。
「これは本当に薬品ではなく酒なんだろうな。アルコールが入っていれば酒というのであれば原始的な消毒液でも酒だぞ……何かの材料か、百歩譲ってカクテルの材料の間違いじゃないのか。それか、純粋なエチルアルコールを作ろうとして、技術が足りなかっただけとか……」
コウは疑わし気な目でユキを見る。
「いえ、間違いなく魔族は原液で飲んでいます。なんでも混ぜ物をするのは邪道だそうです。飲むのはショットグラスで一杯ずつ、一気飲みするのが普通みたいです。ただ、稀に普通のグラスで飲む方もいるようですね」
データベースから情報をダウンロードしたユキが答える。基本的には2年近く前の情報になるが、酒の飲み方が2年やそこらで変わることは無いだろう。ヒーレンの部屋と思われたところから持ってきたショットグラスを4つ取り出し、それぞれに酒を注ぐ。
ショットグラスからはアルコールのツンとくる臭いしかしない……
「ショットグラスですし、皆で一斉に飲みませんこと」
酒に目がないマリーですら及び腰だ。前にエリクサーで懲りたからだろうか。だが、あの時も一応皆試しに飲んだことは飲んだ。前情報が有るのと無いのでは、心構えが違うのは事実だが。
「いいぜ。じゃあ、あたいが合図するよ。3、2、1、はいっ」
皆で一斉にショットグラスをあおり、注がれた酒を一気飲みする。喉から飲みこんだ先からアルコールが揮発しているのが感じられ、すーとした清涼感を感じた瞬間、焼けるような、というか痛いとしか感じられないような感触があり、直ぐにリミッターが作動する。
「なんだこれは」
エリクサーの場合不味い味だったが、これはそういうのとは違う。味自体は無いに等しい。ただ、アルコールが喉を通る感触があるだけだ。アルコール度数の強い酒を飲んで、カッと体が熱くなる感じがすることがあるが、それとも違う。少なくとも自分が考えている酒の概念とはかけ離れている。
「エネルギー変換効率から言ったら、効率的ではありますね。消化器官が頑丈なことが条件で、あえて意味を求めるならですが……」
ユキがどこか遠い目をしながら呟く。
「これは、薬品ですわ。断じてお酒ではありませんわ」
マリーは怒り心頭のようだ。
「これならもう、純粋なアルコールを直接摂取したほうが早くね?」
サラはもうこの酒自体に興味を失ったようだ。
総じて、魔族の酒は不評だった。そして、その後に飲んだドワーフの忘れられた酒は素晴らしく甘美に感じられたのであった。
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