第217話 魔王
前書き
この世界の魔王は一応魔族の単なる王様という意味です。念のため。
次の日からシメルナへと向かう。行きとは違う道で帰ることも考えたが、あまり大きな街がないというのと、珍しいモンスターも居なかったためだ。これから考えると魔の森というのはやはり特殊な地域らしい。名前の通り
「ところでさあ、別にシメルナの街に戻るのは良いんだけど、他の街の冒険者ギルドに報告しても良いんだよな。違う国だったらともかく、同じ国に幾つかあるし。どうせシメルナから西に向かうんだし、北東のシメルナにもう一度戻る理由を教えてくれないかな。大した距離じゃないけど、コウがこだわる理由は無いと思うんだけどな」
そうサラがコウに話しかける。サラの方を見るとマリーも同じように考えているらしかった。
「決定的なこれという理由はないんだが、一応念のためかな。間接的に頼んだ依頼が終わった、と聞くより直接聞いた方が好感度が上がるはずだ。依頼の出されたスピードから推測すると、シメルナの街のギルドマスターはシパニア連合の公王と親しい、若しくはある程度の信頼関係があると思われる。そういう人物に好感を持たれて損をすることはまずない。勿論トータルで考えてだがね。一時的に損することもありうるからな。
それと、魔族が仮にこの大陸を攻めようとした場合、シパニア連合から攻める可能性が高い。弱い所をつくのは戦略の基本だからな」
「でも、周りを他国に囲まれているので地政学的には不利ではありませんの?」
今度はマリーが尋ねてくる。
「地政学的には不利だが、仮にもこの大陸に攻め入ろうというのに、北方諸国ぐらい纏めて相手にできるぐらいでないと、どのみち話にならない。その程度でつぶれるようだったら陽動だという可能性が高い。そして陽動するなら国境を接している国が多いシパニア連合は最適だ。それでもって、シパニア連合からの要請という形で魔族の住む大陸に行けるのなら、政治的な面倒事を全部とはいかないかもしれないが、結構な部分をシパニア連合に押し付けられる。シパニア連合は寄り合い所帯の国だからな。負けても重要人物が全滅するという可能性も低い」
「要するに、将来苦労する可能性を少しでも減らすために、今手間を掛けるということですよ」
ユキが自分の説明を補足してくれる。
「将来楽するために、今一生懸命苦労をする。正に人類が進歩してきた原動力ではないかね」
「苦労という苦労ではないですけどね。余裕を見たとしても、3日ほど余分に時間が掛かるだけですから」
「人類の進歩はそのわずかな手間を惜しむことから進むものだよ」
いつもながら、ユキの皮肉になんらコウは動じることは無い。コウはいつものごとく飄々とした様子で馬に揺られ、道を進んでいく。
人間たちからは魔の大陸、とだけ呼ばれている魔族の住む大陸がある。北部は北極を有する、北の大陸だ。とはいえ北極周辺や高地を除けば不毛な大地ではない。マナが豊富なこと、海流の影響、そして細長い地峡によって、タリゴ大陸とつながっていて、完全に孤立しているわけではないことから、緯度にしては温暖な気候と言える大陸だった。それでも厳しい気候であるのは間違いない。天候を操るほどの魔力を持つ者は魔族と言えども多くはなく、更にそれに専属で従事させる余裕がある国など皆無だった。魔族たちはその大陸をハンデルナ大陸と呼んでいた。
ハンデルナ大陸は長い間、決して豊かとはいえない大地を巡って魔族同士が争っていた。魔族自体が協調性が薄いという理由もある。基本的に自分より弱いものには従わないのだ。
裏を返せば圧倒的に強い相手には素直に従う。だがそのような魔族は、この世界全土を統べていたとされる伝説の大魔王以降現れたことが無かった。しかし、約500年前伝説の大魔王の再来ともいえる強力な個体が誕生し、ハンデルナ大陸にいた魔族を次々と支配下においていった。その力は子にも受け継がれ、遂に約100年ほど前にハンデルナ大陸は統一された。
その国はジシア魔王国と名乗り、王の名はダラグゲード・ジシア・ラトタカイラといった。
コウ達が教団本部をつぶした後も、緊張感無しに旅をしていた頃、フラメイア大陸から退却した神託の巫女こと、魔族の姫が、玉座に座った王と思われる人物の前に跪いていた。
「父上、申し訳ございません。フラメイア大陸に対する作戦は完全に失敗いたしました。その上ヒーレンまで死なせてしまいました……」
そう姫と呼ばれていた人物、ウィーレ・ジシア・ラトタカイラは僅かに声を震わせて報告する。父であるダラグゲードは自分の血族だからと言って甘くすることなどない人物だ。自分の子供であろうと、無能なものは容赦なく処罰されていた。
「よい。此度の事は不問とする。お前には引き続きフラメイア大陸を担当してもらう。ただお前の計画をつぶした人間どもの情報を集めることを最優先にしろ。陽動は人間にまぎれることができるような、魔力の低い奴らをシパニア連合に潜り込ませる。それで事足りよう」
ダラグゲードは娘だからといって許したわけではない。だが報告を聞く限り、娘が無能だったわけではなく、強大な力を持った人間が現れたのが原因だったようだ。魔族もそうだが、人間にも時折群を抜いた強力な個体が現れることがある。人間たちが勇者と呼ぶ者達だ。
今回もそのような者が現れた可能性が高い。そうであるならば、その者達の強さを測る必要があるが、今はタリゴ大陸への侵攻計画に集中していて、人手が足りないのが実情だ。他の大陸への侵攻は魔族の悲願でもある。フラメイア大陸での行動はあくまで陽動だ。
人間たちは幾ら敵対していたとしても、対魔族ということで共同戦線を張る恐れがある。奴らは個々の力は一部を除き恐れるに足らないが、何分数が多い。結託されたら厄介だ。
それにもし今度も娘が失敗して死んだとしても、一度失敗した娘だ。最早死んでも惜しくはない。それにマナの薄い大地での長期間の活動は、強力な魔族にとっては力の低下を招く恐れもある。そういう意味でも、目の前の娘を使うことは有益だ。
ダラグゲードはそう冷酷に考えていた。
「温情、感謝いたします」
跪いたまま、ウィーレはそう答える。流石に処刑されるとは思っていなかったが、なんらかの処罰は免れないと思っていたためだ。そのため、失敗を不問とすると言われた時には心からほっとした。ウィーレはダラグゲードの本心を見破ることはできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます