第38話 ジクスの観光とうちあげ

 次の日、交換所に預けたレッドオーガとオーガの換金が夕方になるので、基本的に今日は休みにする。実戦→休養→訓練→実戦のサイクルは軍としての練度を守るのに必要なことだ。もっとも、ここでは実戦と訓練の境があいまいだが。


 依頼完了の打ち上げは、お金をもらってからしようと思ったので、今日する予定である。コウは何をしようか少し迷ったが、まだ街の中を余り回ってないことを思い出し散策することにする。

 城壁こそないとはいえ、ここジクスは都市ともいうべき規模の街である。むしろいまだに拡張を続けているので、外壁が作られないと言ってもいい。そんな街なので、新しい店がすぐにできるし、散策する場所もまだたくさんある。


 見どころとしてはジクスの高いところに登って見るパズールア湖の朝日の風景らしいが、見えるところは物見台、代官の館の屋根上、ギルドの屋根上しかないので、今日は無理だ。 その次としては教会が素晴らしい建物らしい。なんでも、引退した優秀な冒険者の僧侶が、今までためたお金をふんだんに使ったものだそうで、王都の教会を除けば、1、2を争う程のものだとか。

 ちなみにこの世界、原始的なシャーマニズムを除けば、宗派はいくつかあっても宗教はひとつしかない。主神はあるが、一神教というわけではなく、戦いの神、水の神など色々神様はいるようだ。主神はクムギグゼとクイサニア。天空と大地をつかさどる夫婦神とのこと。

 

 コウは宗教にはあまり興味はなかったが、歴史が好きなこともありその手の建造物は好きだった。というか、いくらデータさえあれば3Dプリンターで簡単に作れるといっても、歴史的建造物を無造作に壊した昔の人間には怒りを覚える。


 露店で適当に物を摘まみながら、コウ達は教会に向かって歩いていく。もちろん美味しかったものはまとめ買いだ。今日は分厚いオーク肉とアオンバラというシャキシャキした葉物の野菜を挟んだサンドイッチ、それにデフルラという甘酸っぱい果物のジュースが当たりだった。出来ていたものだけでなく、後で取りに行くからと追加の注文もしてしまった。


 コウ達が中央公園につくと、そこには荘厳な教会が建っていた。コウ達からは、中央となる噴水を挟んで反対側にあり、噴水越しにみる教会は幻想的ともいえるものだった。

 確かに金はかけているのだろう、しかしそれは希少金属をふんだんに使ったような物ではなく、精密なレリーフ、彫像など人の技術に対してお金をかけている物だった。


「これはなんというか、素晴らしいな」


 言葉が出ないとはこういう事をいうのだろう。コウは黙って教会を見る。大理石に彫られたレリーフ、今にも動き出しそうな石像。ノミとハンマーという原始的な道具で人間とはここまでできるのだ。もちろん製作プログラムの補助なんてないだろう。失敗もできるわけがなく、慎重に彫られたに違いない。純粋に人間の才覚でもって作られた作品をコウはとても美しいと感じていた。

 噴水を回り込み、教会の中に入っていく。入場料がとられるわけでもないし、入場制限があるわけでもない。中は色とりどりのステンドグラスから光が差し込み、幻想的な雰囲気が醸し出されている。天井には何かの神話の一場面らしき風景が繊細なタッチで描かれている。

 一番奥には主神であろう、剣を両手で高く掲げた勇ましい男性と、錫杖を携えた穏やかな笑みを浮かべた女性の像がある。主神の夫婦神だろう。その前でお祈りをしている者もいる。

 探したが案内板などなかったため、コウはこの教会の関係者と思われる女性に教会の事を尋ねてみることにした。


「あなた方は、遠くから来られたのですか?」


 余りこのようなことを尋ねられたことが無かったのだろう。その女性は不思議そうに話した。


「ええ、実はつい最近この国に来たばかりなのです。それまでは人里離れたところに暮らしていましたので、余り世間のことを知らないのです」


 コウは、自分たちの設定をぼかして説明する。


「それはそれは。ではどこから説明しましょうか。50年前の大陸南北戦争のことはご存じですか?」


 コウは首を横に振る。


「ではそこから話しましょう。50年前まだこの国はここまで大きくはありませんでした。ただ、豊かな国でした。そしてその富を求め、大陸の南にあるヴィレッツァ王国とルカーナ王国が同盟を結び、この国に侵略してきたのです。

 両国の軍は王都まで攻め込み、途中にあるこのジクスの街は略奪の限りを尽くされたそうです。

 しかし両軍は王都を攻め落とすことができず、逆に反撃を受け、大きく領土を削ることになったのです。

 その後、滅茶苦茶になってしまったジクスを立て直してくださったのが、この教会を建造したファーロ様です。ファーロ様は私財をなげうって、人々に食べ物を与え、そして精神のよりどころとしてこの教会をお建てになったのです。

 この教会は、見てわかる通り豪華な装飾品は使われておりません。その代わり、多くの職人の手によって建造されました。多くの職人が集まれば、そのために多くの人が集まります。自然と街に人が集まり、集まったところに街道が整備され、以前にもましてジクスが発展することになったのです」


 そう言って、女性は彫像に祈りを捧げる。よく見ると神の彫像の台座に小さな人物のレリーフが彫ってある。おそらくこの人物がファーロという人物なのだろう。

 正直戦争がどういう経緯で進んだか興味がわいたが、この女性に聞いても無駄だろうと思われたので、同じように祈りを捧げて教会を後にする。やはり、王都に一回行ってみたいとコウは思う。早速明日にでも行くことにしよう。


 教会の鐘が7回鳴る。教会をぐるりと見て回っただけだが、思いのほか時間がたっていた。今日は打ち上げをすると決めていたので、直ぐにギルドへと向かう。途中作ってもらっていたサンドイッチと、ジュースを貰っていく。


 まだ夕方には少し早いので待たされるかと思ったが、もう査定は終わっていた。報奨金と合わせて今回の収入は65金貨と25銀貨。中々の金額である。ちなみにオーガの肉は美味しくないのでお金にはならないらしいが、レッドオーガの肉はその希少性から結構高く売れるらしい。ただ、美味しいかと言われると、そうでもなく、いわゆる金持ちが食べる珍味という位置づけらしい。念のため10Kgだけ貰う事にした。

 

 冒険者ギルドを出て、ぶらぶらと散策しながら歩いていると、鐘が8回鳴る頃賑わっている店を見つける。“紅の兎亭”という名前だった。周りはいわゆる普通のレベルの宿屋が並んでいる所だ。酒場兼宿屋のところが多い。“紅の兎亭”もそうである。

 中を見ると8割がた埋まっている。半分以上が冒険者のようだ。

 テーブル席に座り、エール酒と串焼きを数種類、ソーセージの盛り合わせを頼む。


「はい、どうぞ」


 威勢の良い声とともにエールとソーセージの盛り合わせが運ばれてくる。エール酒が入っているのはもちろん樽ジョッキだ。


「では、初の単独での依頼完了を祝って乾杯!」


「「「乾杯」」」


 4つの樽ジョッキが勢いよくぶつかり、少し泡が飛び散る。同じような風景は店のあちこちで見られる。


「しかし、今更ながらだが、牛肉はあるのに、豚肉はないな」


 コウがメニュー板を見ながら、ふと疑問に思ったことを口に出す。


「猪の肉の上位としてオーク肉があるからのようですよ。なので、猪が家畜化されなかったようです。一応牛肉の上位としてミノタウロスの肉があるようですが、希少なため極端に高いみたいです」


 いつものごとくユキが答える。


「しっかし不思議だよな。同じ人型のモンスターでもゴブリンやコボルト、オーガは不味いのに、なんでオークやミノタウロスは美味いんだろう?」


 サラが疑問を口に出す。言われてみれば確かに不思議だ。食べているものはあまりかわりはなさそうなのだが……。


「それは不明ですね。一説によると肉に含まれているマナのせいだとか。まあそれだとオーガの肉がなぜ不味いのかとなってしまいますけど」


 ユキにも珍しいことに答えが分からないようだ。


「こんな時に難しい事を考えるのは、ナンセンスですわよ。エールをもう一杯」


 はやっ!、自分が半分飲む間にマリーは一杯飲んでしまっていた。だんだん遠慮がなくなってきているような気がするのは自分だけだろうか。


「では私はブナのタレ焼きを」


 いつの間にか自分取り分を食べ終わったらしいユキが追加注文をする。


「やるな!あたいも負けてらんねーぜ!エール酒とオークソテーを頼む」


 サラが張り合うように、注文する。コウは、いや、こんなところで張り合わなくていいからと思いつつも、楽しそうなユキ達を見ると、自分も楽しくなっていった。



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