第210話 ルツカード

「ルツカード! いったいこれはどういうことだ? 奴らは一直線にこの教団本部に向かっているではないか」


  神託の巫女と話していた時と打って変わって、イライラした声でヒーレンが老人、ルツカードに向かって言う。


「儂にも分からぬ。弟子たちにもここに転移できる魔法陣の書かれたスクロールを渡しただけだ。儂よりもおぬしこそどうなのだ。転移の魔法を使え、マジックアイテムを作ることができる儂にしか正確な場所は教えていないとぬかしておったが、他の司祭にも似たようなことを言って、実は教えていたのではないか? 若しくは司祭の他に、ここの正確な場所を知ることができるような奴に、うかつにも漏らしていたとかではないだろうな」


 ルツカードはルツカードで疑いの目をヒーレンに向けていた。


「馬鹿なことを言うな。お前以外には話したことはない。他の者達は此処がポミリワント山脈の中にある、天然の洞窟を埋めて、完全に外界から隔離した場所と教えただけだ。勘の良い者なら、内部に入ってみれば分かるだけの情報だな。それだけの情報で場所を特定できるわけがない。洞窟などこの山脈の中には大小合わせれば何百とあるのだから。第一私が秘密をしゃべる理由がない」


 ヒーレンとしては目の前の老人にすら本当は教えたくはなかった。万が一にも姫に危害があってはならないし、魔力を生み出すオリハルコンの円柱は貴重な物であり、この地に魔力を満たすために必要不可欠のものだ。危険にさらすわけにはいかない。

 だが、転移の魔法陣や、結界など魔法に関する全てのことを自分がやるわけにはいかない。ただでさえ神徒を呼び出すマジックアイテムを作れること自体が人間離れしているのだ。これで他の魔法まで潤沢に使え、更に様々なマジックアイテムを作れるとなれば、目の前の老人のプライドをいたく傷つけるどころか、正体を疑われかねなかった。

 人間を利用して支配圏を広げる以上人間の協力者は欠かせない。たとえ最後に切り捨てることになったとしても、初期の段階ではどうしても必要だった。人間に紛れて生活している魔族は数が少なすぎるのだ。それにマナが少ない大地で生きているせいか力も弱い。


「どうだかな。だが、信用のおけぬ者と共に戦うつもりはないぞ。儂は魔法使いなのでな。魔法を使っている時に無防備な背中を刺されたらたまらん。儂と信用のおける弟子で対処させてもらう。そして、奴らを倒した暁にはおぬしの第1席の地位、儂が貰うぞ」


「ふん。ついこの間まで助力を頼んでいたくせに、そう言うのか。勝手にするがいい。お前が奴らを倒せるのなら、喜んで私の地位を譲ってやろう」


 そのセリフを聞くとルツカードはニヤリと笑い、先ほどまでの不機嫌な顔から上機嫌な顔になる。


「そのセリフ忘れるでないぞ」


 ルツカードはほくそ笑む。司教は基本的に巫女の元同格とは言え、第1席から第6席まで番号が振られていた。そしてそれぞれの役割があった。第6席だったデモインは布教。第5席だったクーゲンは荒事や護衛。第4席だったアムネアは諜報。第3席だったパニルは暗殺や窃盗。第2席の自分はマジックアイテムの作成を含め、魔法に関する全般的な事。そして第1席のヒーレンは教団の財政と人事を担っていた。

 自分から第6席のデモインまでは、少なくとも表面上は同格だったと言えよう。しかし何をするにしても金と人員は必要だ。第1席であるヒーレンとの間には明確な差があった。プライドの高いルツカードは自分より若いヒーレンに、何かする度に許可を求めなければならないというのが、癪に障っていたのであった。実はヒーレンは若く見えるというだけで、魔族である彼の年齢は、200歳を超えておりルツカードより遥かに年上ではあったのだが……。


 ヒーレンが立ち去っていくと、ルツカードは洞窟を埋めた時点で作られた部屋に向かう。どのような方法でこの場所を探り当てたかは分からないが、教団本部は幾重にも結界を張っている。ただ、1カ所だけ地上に最も近い一部屋だけ、僅かに結界の力を弱めていた。さらに念には念を入れて、他の所から何かの方法で入り込んだとしても、この部屋に転送されるようにもしている。

 勿論その部屋には罠が仕掛けてある。巧妙に隠された魔法陣は、僅かな魔力を外部から投射するだけで発動し、鉄をも溶かす高温の炎が部屋の中を荒れ狂うようになっている。人間など骨すら残らないだろう。

 ルツカードは部屋を確認し、間違いなく魔法陣が描かれていることを確認すると、今度はその部屋に魔力を供給できるように仕掛けがしてある部屋へと向かう。


「異常はないな」


「これは、ルツカード様。万事異常はありません。しかし、ここまでする必要があるのでしょうか。ルツカード様の結界を破れる者が居るなどとても考えつきません。物理的にも魔法的にも不可能ではないでしょうか」


 そう言われたルツカードはまんざらでもない顔をする。実際、自分が弟子の協力を借りてまでして張った結界が破られるとは、ルツカード本人も本気で思ってはいなかった。だが、相手はこちらの予想をことごとく破ってきた連中である。今回も予想外の可能性が無いとは言えない。

 それにこうして手間暇をかけたおかげで、侵入を防いだ場合、自分に第1席の地位が転がり込んでくる。司教を失ったことで教団の収入は減っただろうが、それでも自分がこせこせと金を稼ぐよりも遥かに巨額の金が動かせる。しかも、自分の時間は使わずに。今まで金がなくできなかった研究も始めることができるだろう。そうなれば、自分はさらなる力を手に入れられる。

 そう考えるとこの状況も悪くはないと思えてくる。万が一何かの間違いで結界を突破したとしても、行きつく先は地獄もかくやというほどの炎が渦巻く部屋である。人間の骨どころか伝説級のマジックアイテムでも残るとは限らない。

 寧ろマジックアイテムは残っておいてほしいのだが、こればかりは仕方がない。こちらの予想外のことをしてきたパーティーが、予想外のマジックアイテムを持ってることを密かに祈るばかりである。

 奴らがたどり着くのは1週間後か、はたまた1ケ月後か、そう考えつつつ、ルツカードは弟子達に交代で部屋の見張りをするよう指示を出すと、自分の研究室へと戻っていった。


「ルツカード様! ルツカード様!」


 次の日、大きな声でルツカードは起こされる。ルツカードは基本的に夜遅くまで研究するため、起きるのは朝遅くだ。


「何事だ」

 起き抜けの不機嫌な声でルツカードは答える。


「例の冒険者共が罠にかかりました。今は業火の中です」


 それを聞くと、ルツカードは飛び起き、慌てて着替え、見張り場所へと向かう。そこにある大きなわなを仕掛けた部屋を見ることができる大きなパネルには、赤く燃え盛る炎のあらしが吹き荒れる部屋の様子が映されていた。


「奴らはどんな方法でこんなに早く着いたのだ?」


 奴らは魔法は使えないはずである。何かのマジックアイテムを使ったとしてもこんなに早くは現れないはずだった。


「よくは分かりませんが、部屋の壁を壊して侵入してきました」


 何か地中を掘り進むことができるマジックアイテムを持っていたということだろうか。聞いたことは無いが、もしあったとしたら伝説級のマジックアイテムに違いない。せめてそのマジックアイテムだけでも残っていてくれ、とルツカードは願う。

 然しルツカードの願いもむなしく、炎の中で件のパーティーは一瞬で炭化し、崩れ去っていた。そして燃え盛る炎が収まった後は、煮えたぎったマグマのようになった床と、ドロドロに溶けた壁や天井がパネルの中に映っているだけだった。

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