第211話 掘削作業

 コウ達は次の日の朝予定通りに、教団本部の近くへと着いていた。そこには山肌に洞窟が口を開けているが、奥に50mも進むと行き止まりになっている。そこから奥は、人の目で幾ら調べようとも、昔はその先まで洞窟が続いていたとは、とても思えないように巧妙に塞がれていた。


「大したものだな。見かけは自然の物と区別がつかないし、壁の構成成分もほとんど同じだ。惜しむらくは、地層が考えられていないことか。まだその手の発想自体がまだないのかもしれないが.……」


 塞がれた部分は、見かけは他と同じなのだが、残念ながら奥の地層が周りと一致していなかった。もっと細かい点を挙げるなら放射性同位体による岩石の生成年月の違いや、岩石中に記録された磁極の違いなどがあるのだが、そこまではこの世界の人間は認識すらできていないのだろう。


「じゃあ、いつもすまないが、サラ頼む」


「りょーかい」


 サラはいつものように軽く答えて、亜空間から鍬を取り出す。正確に言えば形だけは鍬に似た何かだ。何せその大きさは柄にあたる部分が10mあり、5mはある長い刃が付いていた。その刃の幅も2mはある。

 サラは特に力を入れた風もなく、元の洞窟だった所を塞いだ部分に振り下ろす。巨大な鍬状のものは、まるでケーキのスポンジの部分にスプーンを入れたように、さっくりと岩に突き刺さり、そのまま下へ掘り下げられていく。振り下ろした後サラが少し力を入れて鍬を引けば、岩盤が手前に少しせり出してくる。それを亜空間に入れれば10m程奥に進める空洞の出来上がりだ。この間1秒やそこらである。


「しかし、こんなもので掘り進むなんて、ほんとに原始人になった気分だぜ」


 サラが少し愚痴る。


「そう愚痴るな。ここは敵の勢力範囲内だ。自分達の手の内はなるべく見せたくはない。これなら、そこいらの鉱山労働者が使っているものと穴を掘る原理は同じだ。まあ、道具の大きさと形は少々違うがね。どうせ我々はここの住人からしたら奇妙な武器を使っていると思われているのだから、評価は変わらないだろう。個人的な好みで言えばドリルの方がロマンを感じるのだが、見かけなかったんだよね。鉱山労働者として優秀なドワーフがいるから、この手の技術が進まなかったのだろうか」


 巨大なドリルを使って敵の本拠地に向けて地中を掘り進む。これにロマンを感じない男がいるだろうか。いや、いない……と思う。


「いや、まあ、良いけどさ。大した手間じゃないし」


 サラはそう言いながら進み、再び巨大な鍬を振り上げると、サクッと岩を掘り進む。殆ど普通に歩くのと変わらない速度でコウ達は地中を進んでいく。15分も進むと教団本部の目と鼻の先までたどり着いた。


「あと1回掘れば内部の空間に出ますが、どうしますか?」


 そうユキが尋ねてくる。3Dマップ上にはこの先には如何にも怪しい部屋がある。その部屋は他の区画とは離れており、通じる通路も1本だけ。それに比較的耐火性の高い素材で覆われている。他の区画はナノマシンですら入れないほど厳重なのに、その部屋だけは入ることができる。余りにも怪しいのでかえって判断に迷ってしまう。


「一応念のために自分達は隠れて、ダミーロボットを最初に突入させてみるか。今までの経験からこの星に我々を傷つけることができる方法があるとは思えんが、万が一ということもあるからな」


 ダミーロボットとは自分そっくりのロボットである。アンドロイドや義体と区別されるのは自分で判断できるほどの高度なAIを積んでいないためだ。ただ単に外見が同じだけで、単純作業をするだけの機能しかない。使い捨ての、はっきり言って子供のおもちゃみたいなものである。そうは言っても曲がりなりにも軍用品ではあるので、それなりの耐久力は一応備えてある。

 それでもパワーや耐久度はきちんと作られたアンドロイドや擬体とは比べるべくもない。耐久度も個人の携帯ブラスターにも耐えられないようなものではあるのだが、少なくとも弾除けくらいにはなるし、攪乱にも使えることがあるので、幾つかは亜空間に常備させている。


 コウ達は亜空間からそれぞれのダミーロボットを取り出すと、簡単な命令をインプットする。ただ単に最後の一振りで開けた穴から、部屋の中に入り、様子を確認するだけの作業である。

 最後の一振りを振り下ろし、壁まで到達する穴をあけると、コウ達は全員ステルス迷彩で隠れ、ダミーロボットを中に入れる。

 ダミーロボットが部屋の中心付近に着いたとたん。床に魔法陣が浮かび上がり、一瞬のうちに部屋が炎に包まれる。炎は普通の魔法のようにすぐに収まることなく、床や壁を溶かしながら、渦巻いていた。


(どんな具合だ?)


 コウは思考通信でユキに尋ねる。


(この世界の技術レベルで考えるとかなり高い温度ですね。4000℃を超えています。ダミーロボットはコーティングのおかげで暫くはダメージは無いでしょうが、長時間だとコーティングがはがれてしまいます。合成たんぱく質の皮膚はこの温度に耐えられませんから、金属繊維の筋肉や強化セラミックの骨格がむき出しになってしまいます。

 但し、追加の攻撃が無ければ肉体構造の重要部を損傷できるほどのエネルギー量はありません。またパーソナルシールドを張ればすべて防げる攻撃力です)


(ふーむ。あんまり変なものを見せたくもないし、適当なタイミングで倒れたように見せかけて、艦にでも転送しておいてくれ)


(承知いたしました)


 ユキは炎にの中にいるダミーロボットにもだえ苦しむような動作をさせると、艦へと転送させた。

 炎はダミーロボットがいなくなった後も燃え盛っている。熱気が掘り進めた洞窟まで届いているが、自分達の身体の性能は使い捨てに近いダミーロボットとは違い、皮膚までダメージは通らない。

 炎は実に30分も燃え続けた。炎が収まった後は、床はマグマのように沸騰し、壁も天井も溶けて、最初の部屋の大きさよりも大分広くなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る