第226話 舞踏会?

「それにしても舞踏会に興味が出るとは、サラもマリーも大分標準から外れてきたようですね」


 なんとなく感慨深げにユキが話す。


「コウほどじゃないけど、あたい達の元の主も変わり者ということで、仲間内では有名だったしね。ところで踊りのデータをもらっても良いかな」


「良いですよ。現実に行われたものだけでなく、映画などで使われたデータも渡しますよ。好きなシチュエーションを選んでください。それに合わせてホログラムを用意しますので」


 ユキからデータを渡されたサラとマリーは二人で話し合いを始める。楽しそうで何よりだ。


「どうせならユキも混じってくれば良いのではないかね? 私のダミーロボットに相手を務めさせれば良いだろう」


「コウはどうされるのですか?」


「私は興味が無いからな。会場の隅で料理と酒を楽しむさ。実際呼ばれた時は碌に飲み食いできなかったからな」


 コウも立場上何度もパーティーには参加している。中には舞踏会と呼んでもおかしくないものもあった。だが、どれも社交が主であり、気軽に飲み食いなんかできなかった。

 今回はホログラムで豪華な料理も並べるが、自分のそばのテーブルには本物の料理と酒を置くつもりだ。


「では私も同じく隅で食事とお酒を楽しみますよ」


 そうこうしているうちに、サラとマリーが話し合いを終える。やっぱりというかなんというか、サラが男性役をやって、マリーが女性役でダンスを踊ることにしたらしい。シチュエーションはこの舞台にふさわしく、まだ人類が宇宙に飛び立つ前の時代をモチーフとしたものだ。その辺りのものは映画やゲームの題材として根強い人気があるので、データも豊富だった。


 サラとマリーは一旦広間から出る。入場するところから始めたいらしい。幾つかユキに注文をしていた。二人が出ていくと、ホログラムで会場に飾り付けがされて、自分達の反対側では楽団が演奏をし始める。それと共に何十人もの男女が楽しそうに踊っている風景が映し出される。


 そこにサラとマリーが入ってくると、皆踊りをやめ一斉に二人の方を見て感嘆の声を上げる。


「なんかどっかで見たことがあるようなシチュエーションだな」


「王道ですからね。似たような場面を使ったものは映画やゲームに限らず、至る所にありますよ」


 サラは黒いタキシードに胸に赤い花を挿している。マリーは貴族のようなフレアスカートのドレスではないが、胸元が大きくあいた淡いパステルピンクのパーティードレスを着ている。元がメリハリの利いた我儘ボディなので、下手に強調しなくても、身体のラインにそったドレスを着ているだけで映える。


 二人が中央まで来ると、音楽が再開される。ホログラムで映し出された他の者はまた踊り始めつつも、サラとマリーの方をちらちらとみている。


「ここまで要求するとは、いささか二人とも自意識過剰じゃないかね? この世界に来て容姿を褒められて嬉しかったのかな?」


 コウが疑問を口にすると。


「これは私のサービスですよ。お二人とも主賓として招かれてみたいと言ってましたからね」


 コウは少し考えた後にユキに聞く。


「二人にはこういったパーティーでの作法は教えたんだろう?」


「ええ、踊り方やその時の作法、エスコートの仕方などはお教えしましたね」


「それならば良いか」


 コウやユキは周囲の感嘆の声をサービスとしてしか捉えてなかったが、実際にこれと同じことをこの世界でやったら、この程度の感嘆の声では済まないだろう。何せ美しい二人が完璧な一糸乱れぬ動作のダンスを踊るのである。それに至る才能、練習に費やしたと思われる時間に思いをはせ、感嘆というより驚愕の表情を浮かべるかもしれない。

 だが、アンドロイドの動きは完璧であるのが普通で、人間も脳内チップからサポートを受けるのが当たり前の世界の住人であるコウ達にとって、不完全な踊りの方が難しい。なので、サラとマリーの踊りを見てもコウはなんとも思わなかった。


 ひとしきり踊り終わるとサラとマリーが、コウたちの下へやってくる。


「コウがなんで嫌がるのかよく分からなかったけど、なかなか楽しかったぜ。コウが食べてるのはこの前買った海老だよな。ちょっともらおうかな」


「わたくしも冷えたエールをキューっと飲みたいですわ」


 にこやかに笑ているサラとマリーにコウもにこやかに笑いかけ、後を見るように目くばせをする。


「お嬢様方。次の曲は私と踊っていただけませんか?」


 そう言って二人の男性が待ち構えている。


「何の嫌がらせさ」


 サラがコウに向かって文句を言う。


「舞踏会とはそういうもので、主賓がまともに飲み食いできるわけないだろう。それができるのは壁の花になったものだけだよ。それに、手袋をしたままでどうやってこの海老を食べるつもりかね? 後、口に泡が付くエールなんて飲めるわけないだろう。君達が楽しそうで何よりだよ。自分達は食事を楽しんでいるから、心ゆくまで踊りを楽しんでくれたまえ」


 コウはそう言うと、海老の尻尾を持ち、あんぐりと行儀悪く口を開けて、食べ始める。ホログラムで出された料理は別として、コウが並べている本当の料理は、手を汚す物か口の周りが汚れる物ばかりだ。上品に食べられるものは並べられていない。


「謀ったな! コウ」


「謀りましたわね! コウ」


 二人の抗議が広間に木霊した。


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