第133話 貰えた褒美

「貴君らの功績に対して何がふさわしいか、ずっと考えてきた。正直戦後処理より悩んだと言ってもよい。結論として貴君らの要望を聞くのが一番良いと考えた。何でもとは言わぬが、出来るだけのことはしよう。貴君らの望むものはなにかね?」


 レファレスト王はにこやかな顔のまま鋭い視線をコウに送ってくる。見定めようというのだろう。


「そうですね。幾つかの特権を認めてもらいたいと思っています。具体的には身体・住居・所有物への不可侵、逮捕・抑留・拘束の禁止、納税の免除ですね」


 コウの挙げたものは、いわゆる外交官特権と言われるものだ。コウは別に外交官として活動しているわけではないが、いざという時は国家を代表する立場になるため、できれば欲しい特権だった。

 一応元の世界だとこの文明レベルでは一般的になっているはずだが、こちらはどうも違うようだった。もっとも星暦0年より前の事は考古学が趣味でもない限り、学校では習わない事なので自信は無い。データチップにもインストールしておらず、あくまでもぼんやりとした知識があるだけである。


「それは、この国の貴族になりたいという事かね?」


 コウの特権は貴族になればある程度持っているものだ。なので、レファレストはこの世界の常識としてそういう特権を持つ身分になりたいのかと考える。


「いえ、今のところ貴族になるつもりはありませんね。さっき言ったものは貴族にならないともらえないものなんですか?」


 なんとなく口調から無理そうだとは思いつつも、念のため尋ねてみる。


「そうだな、結論から言えば無理だな。貴君たちの功績は十分認識しているつもりだが、認めてしまっては将来の国家の存亡にかかわる。特権とは同時に特別な義務も負うものだ。無論、我が国の貴族すべてが、それを十全に果たしているとは言うつもりはないが、建前を崩す訳にはいかぬ」


 貴族が貴族として特権を持つのは、領土を守るという義務を負うからである。領土を持たぬ法衣貴族とて、国家のために働いているという建前がある。そして、それは国王つまりは自分に対する忠誠の見返りでもある。

 聞いたときは、この国の貴族になるつもりかと、内心喜んだレファレストだったが、その気が無いとわかるとがっかりする。今なら元ヴィレッツァ王国の土地があるので、新しく貴族にするのも楽だったのだが。


「そうですね。私も建前の重要さは知ってるつもりです。それでは王室専用のブドウ畑で作られたワインを毎年半分頂く、というのはどうでしょうか。収穫量に関わらずです」


「それならば、考えるまでもない。その通りにしよう」


 レファレスト王は即断する。冒険者にとっては垂涎の的になるかもしれないが、王家にとって大した負担ではない、褒美用にブドウ畑を2倍にしたところで、微々たるものだろう。

 ただ、先ほどの要求に比べて、余りにも難易度に差がありすぎる。そのためコウがどういった意図をもってそれを言ったのかを考える。

 結論として、忠誠を誓わないまでも、少なくともこの国に仇なすことはしない、という意思の表明だと受け取る。


「本当にそれだけでよいのか。貴君らの功績に対して釣り合っておらぬように思えるが」


 レファレスト王が、コウに聞いてくるが、正直コウにとっては外交官特権が貰えないのなら後はどうでもいい事だった。なので、これは欲望をかなえつつ、この国に警戒心を抱かせないようにと考えた褒美である。

 これ以上のことは考えつかなかったので、釣り合うも何もない。お金をもらってもしょうがないし、食材は自分たちの方が高級なものを持っている、勲章など売ってもよいくらいだ。強いて言えば腕の良い料理人が欲しいが、連れて回れるものじゃない。


「いえ、それで十分でございます。それ以上の事は身を持ち崩しかねませんので。まあ、もし頂けるのなら、この夕食会で食べ残した料理が頂ければとおもいますが」


 今回食べた料理は、高レベルのモンスターの食材こそ使われてないものの、それぞれの食材の中では最高級のものを最高級の料理人が調理したものだ。金を出したからと言って食べられるものではなかった。


「ふむ。それも承知した。もし材料が残っていれば追加で料理を作らせよう」


「有難き幸せ」


 コウは頭を下げる。

 

 こうして実に平穏に晩餐会は終わった。


 行きと同じように豪華な馬車に乗り、王宮そばの同じ宿に着く、今晩もこの高級宿に泊まって良いそうだ。部屋に着くとサラが口を開く。


「なんか、コウも王様も普通だったな。肩透かしを食らった気分だぜ。普段の言動から、皮肉の応酬とかするかと思ったんだけど。なんかこう、目から火花が飛び散るような」


「するわけないだろう。招聘に応じたのは警戒心を下げることが目的なのに。いらぬ喧嘩は馬鹿のすることだ。まあ、思ったより良い褒美が貰えたんだ、これ以上は欲をかきすぎだな」


 コウはあきれたように言う。そんな疲れる事をするぐらいなら、呼び出される事自体を断った方が早い。


「ふーん。そんなものか」


「そんなもんなんだよ。まあ、そんな事よりも、せっかく王室御用達の酒を何種類も貰ったんだ。早速飲もうじゃないか」


 コウの提案に反対する者は誰もいなかった。



 一方その頃、例の特別な者しか入ることが出来ない小部屋で、国王と宰相が話していた。


「直接まみえて、いかがでしたでしょうか」


 宰相が国王に尋ねる。


「つかみどころがない、というのが正直なところだな。最初に望みを聞いたときは貴族になりたいのかと思ったが、事前情報の通りそういうものには興味がなさそうだ。だがそうであるならなにゆえに、特権を貰おうとしたのかが気になる。我が国に敵意が無いという事を示そうとしていたとも取れるが、最初の望みが駄目だと言った時、次に出した望みがささやかすぎた。私を煙に巻こうとしていたようにも見えぬ……。それに、私的とは言え、王族が主催する晩餐会でのあの落ち着きようはなんだ……。

 ダメだな、彼らの思考が読めぬ。分かったのは、少なくとも私の警戒心を下げようとしてるぐらいか。だがどういう目的でそうしようとしたのか、サッパリ分からぬな。

 とても私の計画を狂わせたパーティーとは思えなかった。偶然だったのか、あるいはあの程度のことは日常茶飯事なのか……」


 レファレスト王は価値観のあまりの違いからコウの考えが分からなかった。最初の条件がどちらかと言うと褒美と言うより、諍いを避けるために出した義務的なもの、次に出したのが、コウとしては難しいと考えていた、特別な褒美だとは思いもよらなかったのである。

 それに加えて、基本的に身分制度がない世界、その世界において役職上コウは頂点まで上り詰めた存在であり、リューミナ王国の全国民よりも多くの部下を持っていた存在だったとは、もはや想像の範囲外であった。

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