第129話 レファレスト王の動き

 リューミナ王国の個人的な謁見の間。そこに豪奢な王座に座ったレファレスト王とその横に立つ宰相のバナトス、そして王の前に跪いているオーロラがいた。


「“彼の”冒険者たちに会うのは可能か?」


 冒険者が王に謁見を求めるのではない。この大陸最大の国の王が、冒険者に会うことが可能かどうかを聞いてくるのである。しかも別によその国へ行っているわけでもなく、自国の、しかも王都のすぐそばの街に滞在している冒険者に対してである。通常では考えられない事であった。


「公式な謁見の間で大々的に会うのは、出来なくはないまでも、彼らに不快感を与える可能性があります。今回のように私的な場所での礼と言うのであれば、大丈夫だと思います。勿論反応には十分注意いたしますが。もし彼らが拒否したら、国王陛下との拝謁の件は断らせていただきます」


 オーロラが呼び出されたのは、“幸運の羽”との面会についてだった。“幸運の羽”は魔の森でレファレスト王の予想以上のモンスターを倒した。2000年前に国を滅ぼしたドラゴンと、それよりはるか前に国を裏から支配していたヴァンパイアロードの討伐である。

 魔の森の魔物が活性化していることはフモウルの状況から分かっていたし、状況から考えて早ければ数年のうちに魔物のスタンピードが起こる可能性があった。

 それに加え、おとぎ話と思われていた、強力なヴァンパイアロードの封印が解けていたのである。正直どちらか1体でも魔の森から出ていたら、国の存亡に関わっていただろう。

 “幸運の羽”の果たした役割は、ヴィレッツァ王国との戦争の勝利と同じくらい、いやそれ以上に大きかった。

 これで何もしないなど、諸国にばれたらレファレスト王の沽券にかかわる事である。レッドドラゴンとヴァンパイアロードを倒したことは、秘密にしておけるような小さなことではない。であれば、大々的に宣伝して褒美を与えるというのが普通の考えだろう。それを不名誉と思う冒険者もいないはずだ。

 だが、レファレスト王は、今までの情報から“幸運の羽”がそのような事には興味がないと判断していた。更に念のため、本来なら登城の命令書を送れば済むところを、オーロラを通じて依頼という形にしようとしていた。一介の冒険者に対してありえない気の使いようである。


「陛下、いくら何でも一介の冒険者に対して、気の使い過ぎではないでしょうか」


 バナトスが苦言を呈する。


「そうかね?いくら気を使っても使いすぎ、ということは無いと思うがな。私が気を使ったところで何も損することはあるまい」


「いや、しかし、一介の冒険者に対して陛下がここまで気を使うなど……。陛下のご威光に傷がつきかねません。それは国家として損失になるのではないでしょうか」


 バナトスは至極一般的な事を言い、国王に反論する。


「ふむ、宰相の言い分も分かるが、そもそも、褒美を与えることが出来ねば、威光が傷つくどころではないぞ。働きに対して正当な報酬を渡さない王、などと噂されては心外だ。下手をしたら兵の忠誠心にも影響する」


「そのような事は。兵はみな陛下に忠誠を誓っております」


「兵の忠誠心を疑ってる訳ではない。だが、兵の忠誠心は絶対的なものでもない。特に併合した国の兵士はな。宰相は元々のリューミナ王国の兵士と元ヴィレッツァ王国の兵士の忠誠度が同じだとでもいうつもりかね?それに寝返ったヴィレッツァ王国北部の貴族たちが、ミュロス王への忠誠が特別低かったと思っているのかね?」


「それは……」


 宰相は言いよどむ。レファレスト王とて、今回の事に褒美を出さなかったからと言って、兵が何か不満を抱くとか、忠誠心が落ちると思っているわけではない。だが、そういう事は自分が不利な状況になると、表面化するものだ。また他国に付け入られる隙になる。将来の禍根は残しておくべきことではない。

 それに、正直なところ、敵対するかもしれない、という恐怖を払拭できるのなら、褒美として与えられる物など惜しくはなかった。それこそ、国の半分を渡しても良いと思っているぐらいだ。もっともこれは誰にも話してない事だが。


 国王は黙って跪いているオーロラに向かって、再び声を掛ける。


「先ほど、そなたの言った条件で構わない。仮に彼らを招聘出来なかったとしても、そなたを責めはせぬ。だが、もし駄目だったとしても、彼らが招聘に応じる条件は探ってもらいたいところだな。若しくは招聘に応じられない条件でもよい」


 一国の王が、一介の冒険者に対して招聘という言葉を使うのも異常であった。だが、オーロラは今までのコウ達の活躍を見れば、それも当然と考えていた。

 正直、レファレスト王が現状を把握していたようでほっとしていた。ギルドの長老の中には未だコウ達の実力を把握してない者が居る。自分も決して全部を把握しているというわけではないが、いざとなったら国を敵に回しても、たとえついてくるのが誰もいなかったとしても、コウ達の味方でいるつもりでいた。

 それゆえに、たとえ国王の不興を買うことになろうとも、コウ達が国王との拝謁を断ったら無理強いはするつもりはなかった。国王と話をするまでは、最悪の事を想定していただけに、随分と融通を利かせてくれた国王に感謝する。


「陛下の過分なるご配慮、痛み入ります。本来ならば必ずやと返答しなければならないところ、出来ぬわが身のふがいなさをお許しください。非才なれど全力を尽くすことをお約束しましょう」


 オーロラは感謝を込めて、国王に答える。


「そなたが非才ならば、世の人間の殆どは無能よな。元々建前とは言え冒険者ギルドは国とは独立しているもの。それから言えば無理を言っているのはこちらの方であろう。今回の依頼がどのような結果に終わったとしても、そなたを責めはせぬ。もし、彼らと敵対するようなことになった場合でも、その責は私にある。そして、そなたが全力を尽くすと約束してくれた以上、私からこれ以上言う事は無い」


 そうレファレストはオーロラに対して言う。オーロラは更に深く国王に感謝し、謁見の間から出ていった。


「陛下。本当にあのような条件でよろしいのですか。場合によっては陛下は一介の冒険者を恐れる弱腰の王と取られかねませんぞ」


 オーロラが去った後、バナトスは再び苦言を呈する。


「それが何か問題でもあるのかね?恐れているのは本当の事であるし、それで我が国に対する他国の警戒度が低くなれば、後の事がやりやすいではないか。ヴィレッツァ王国との戦争で我が国は警戒されすぎている。これで多少なりとも侮られたら儲けものではないか」


 そう言ってレファレスト王はニヤリと笑うのであった。

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