第222話 パワーアップ

 コウ達は宿を取り着替えると、海に面したテラスのあるレストランで食事をとることにした。豊かな貿易都市だけあって、料理も酒の種類も豊富だ。特徴的なのは注文の仕方だろう。普通のメニューもあるのだが、目玉は魚や甲殻類を選んで生、煮る、焼く、揚げると4種類の調理法の中から選べるのである。勿論、ものによっては煮るのが駄目なものや、生が駄目なものもあるが、大抵のものはその4種類の調理が指定できた。難点といえば調理に時間がかかることだが、急いでいるわけではないので構わない。それにすぐに出てくるものとして、何かの調味料に漬け込んだものや、他の食材と混ぜ合わせたものまで色々あるので、何も問題は無い。

 海藻の和え物を摘まみつつ、食前酒というにはいささか量が多い、と思われるほどの酒を飲む。一息ついたところでコウは先ほど買った指輪を取り出して眺め始めた。見れば見るほど手の込んだ美しい指輪だ。確かに世間一般ではこの値段だったら、宝石が嵌められたミスリルの指輪の方が人気なのだろうが、コウとしてはそんなものより、手の込んだ指輪の方が好みだった。その場のノリで買ったが、悪くない買い物だったと思う。


「気に入られたようですね」


 ユキがそう声を掛けてくる。


「まあね。魔法の効果はささやかなものらしいが、細工が素晴らしい。鋳型で作ったものではなく、職人が彫ったものだぞ」


 ミスリルは武器に使われるだけあって、この世界では強固な金属の一つだ。その分加工しにくい性質を持っている。それにここまで精巧な細工を施した指輪は、正に職人技の結晶ともいえるものだとコウは思う。


「惜しむらくは元の世界に戻った場合、崩壊してしまうことでしょうね」


 そう、ミスリルはこの世界においては安定した重金属の元素だが、元の世界では自然には存在しない元素だ。維持するためにそれなりの道具を買えば、形を保つことはできなくはないだろうが、こんなに気軽に触ることはできなくなる。絵画や彫像ならばともかく、装飾品は身に着けることができてこそ、真価を発揮するのではないだろうか。

 コウは一通り眺めた後、人差し指に指輪をはめてみる。少し大きめの指輪は指に嵌めると縮み、指にピッタリとしたサイズになる。その現象自体は驚くようなものではないが、恒星間航行どころか、惑星間も航行できず、人工衛星の一つすら打ち上げることができない技術レベルなのに、こういうことができるのが実に不思議だった。

 コウは自分の指に嵌めた指輪をしげしげと眺め、外そうか、としたところでユキの視線に気付く。


「どうかしたのかね?」


 ユキが目の前の魚料理を無視するほど装飾品に興味があるとは思えない。


「そのマジックアイテムの効果ですが、独自の効果があるようです」


「ほう。具体的には?」


 ユキが興味を持つほどの効果だ。無視できないほどのものに違いない。他の2人も食事をする手を止め、ユキの言葉を待つ。


「通常の防御魔法は我々が使用するコーティングのように表面に薄いマナでできた膜を張って防御力を上げています。レベルが高いほどその膜が強固になるという感じですね。ですが、このマジックアイテムは身体の表皮を固くすることにより、防御力を増す仕組みのようです。勿論表皮が固くなってしまったら動きに支障が出るので、その効果は通常はごく弱いものと推測されます」


「ふむ、それで?」


 コウは続きを促す。


「推測になりますが、我々の身体に密着しているコーティングを、表皮と誤認して強化しているようです。しかも、同じ素材なためか、服に貼っているコーティングにも同じように強化作用が見られます。具体的な強化の度合いは評価実験してみなければ分かりませんが……」


 まさかここにきてこんな安物?のマジックアイテムで強化ができるとは思わなかった。


「なかなか興味深いな。早速夜に郊外に出て試してみるか」


「承知いたしました」



 その夜の深夜。街から外れた森の中で実験が行われた。周りには外からは光も音も見えないようにステルス迷彩が施されている。もしこの世界の者が中を見たら、一人の可憐な女性が、炎や水、剣、棍棒などで攻撃され、拷問を受けているように見えたことだろう。だが女性が傷ついた様子はない。10分もするとその攻撃も終わる。


「結果はどうでしたの?」


 その攻撃を受けていた女性が、傍らで眺めていた黒髪の女性ユキに尋ねる。


「耐熱耐寒性能は30%、耐衝撃吸収性能は50%、破断性能に関しましては、驚くべきことに200%の向上が見られました。鎧の上のコーティングに関しても差異はありません」


「凄いものだな」


 コウは素直に驚く。確かに普通に使う分なら50℃で10秒で火傷をするところが、50℃で13秒になったところで大した差はあるまい。破断性能に関しても、表皮など爪で傷つくようなものである。3倍になったところで、武器に対しては余りにも微々たる強化の具合だろう。

 だが、自分達のコーティングに対してこれほどの強化性能が現れると話は別である。パーソナルシールド並とまではいかないが、前に戦ったレッドドラゴンのブレスにもコーティングのみで耐えることができるかもしれない。しかもコーティングは再生スピードが速い。たとえ破壊されたとしても、それ以上のスピードで再生すればダメージを受けなくても済む。


「偶然手に入れたものとはいえ、凄いマジックアイテムを引き当てたな」


 もしかしてこれは一生分の運をここで使ってしまったのではないか、とコウは若干心配になる。


「心配されなくても、そもそも異世界に飛ばされるような不運が無ければ関係なかったことです。それにこの魔法は防御魔法の中でも低レベルに位置する魔法です。しかも、本来の強化の仕方ではなく、既存の表皮を強化するという、他と比べると安易な方法を用いてます。本来ならハズレのマジックアイテムですね」


 ユキがコウの内心を推測し、心配を払拭する。


「しっかし、ちょっと良いアイテムを偶然手に入れただけで不安になるなんて、今までどんな人生を送ってたんだ?」


 サラの呆れたような、それでいて同情するような言葉が胸に刺さるコウであった。

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