第237話 エスサミネ王国攻防戦1

 フラメイア大陸の南部で再び戦争が起きようとしていた。リューミナ王国によるエスサミネ王国への侵攻である。

 フラメイア大陸の南部は南半球に位置し、北部とは季節が異なっている。もっとも緯度が低いので、季節は雨季と乾季があるだけで、年間を通じて暖かい。

 その乾季の時期にリューミナ王国の大軍がエスサミネ王国に向けて進んでいた。騎兵10万、歩兵30万、補給部隊60万、合計100万という大軍である。リューミナ王国と言えど常備軍だけではまかなえず、予備役だった人間も参加している。

 国境を越えても急がず、だが着実に侵攻していた。補給を現地調達に頼らないこそできる、ある意味荒業である。


 その大軍を遠くで見ている者が2人居た。かなり離れた距離とは言え、斥候にしては豪華な鎧をまとっていた。そして、2人の内1人は若い女性だった。クレシナである。


「随分と我が国も買いかぶられたものだな。ギリギリまで侵入を許すとして、集められる兵力はどれぐらいだ?」


 クレシナが横にいる男に尋ねる。男はクレシナの副官であり、元騎士団長、現在は副騎士団長である者だった。名をネルソンという。


「騎兵1万、歩兵5万ってとこでしょうか。ですが、実際戦力となるのはその半数が良いところでしょうな。ギリギリまで引き付けるのでしたら補給部隊はあまり考えなくても大丈夫でしょう。籠城はしないんですか?」


「やって勝てる見込みがあるのか?」


 クレシナは逆にネルソンに尋ねる。


「無理ですかね。あちらさんは城を包囲したまま、エスサミネ王国全土に攻め込むだけの兵力がありますからな。先に音を上げるのはこちらでしょう」


 ネロソンはそう言って肩を落としてため息をつく。


「本来ならこれだけの大軍だ。先に補給が尽きるのは相手の方なのにな。しかも、これだけ補給物資を運ばれては、焦土作戦をしても意味がない」


「どのみち殿下はそんな作戦はしないでしょう」


「勝っても負けても恨まれる作戦などする意味がない。ましてやそんなことをしたら、去年我が国に降った領土などは喜んでリューミナ王国に寝返るだろうよ。実際既に寝返っている所も多いからな」


「やはり野戦で決着を付けるんですかね」


「一戦も交えず降伏したとあっては、エスサミネ王国の人間が後々侮られよう。なに、今回戦うのは志願兵のみとする。私の意地に無理に付き合わせるつもりはない。そなたも無理に付き合う必要は無いぞ。寧ろそなたはこの後必要になる人間だ」


 そう言ってクレシナは、じっとネルソンを見定めるように見る。


「私はお供しますよ。私は殿下ほどの強さは無いんで、途中退場する可能性は高いですがね。それに殿下も勝てる見込みが0とは考えてないんでしょう?」


「ふん。酔狂なことだ。確かに0とは考えていないが、限りなく0には近いぞ」


 そう言いつつもクレシナは少し嬉しそうな顔をする。


「して、作戦をお伺いしても?」


「作戦などないな。正確に言えばしても意味がない。いつものように突撃する。多少なりとも小細工はするがな」


 どことなく投げやりな口調でクレシナは答える。


「あの陣容だ。何処から攻められても対応可能だろう。ならば、我らの最も得意とする戦法で戦った方が良い。それに、どうせ敗れるとしても、私らしい戦い方だったと胸を張って死ねる」


「殿下らしいですな。できるだけ長くお供をして、その戦いぶりを冥途の土産話にするとしますか。きっと先に旅立った部下も喜ぶでしょう」


 2人は静かに、それでいて愉快そうに笑った後、この地を後にした。



 一方リューミナ王国軍で主立った将軍が集められて、作戦会議がなされていた。


「侵攻は順調です。旧ヴィレッツア王国の諸侯は降伏する旨の使者を送ってきました。エスサミネ王国の王都まではまず抵抗は無いと考えられます」


 作戦参謀がそう状況を報告する。エスサミネ王国は元はヴィレッツア王国に隣接する辺境伯だった。一貴族としての領土は広大だが、それでも王都となった元領都は旧ヴィレッツア王国の国境線から大きく外れているわけではない。


「となると、やはり籠城するかな。エスサミネ王国の城は堅城だと聞く。被害が大きくなりそうだね」


 そう発言したのはもっとも上座に座っていた人物。フェロー王子である。


「いえ、殿下。恐れながらその可能性は低いと思われます」


 そう答えたのは第一陸将であるベネゼルだ。第2陸将たるバロスも賛同して頷いてる。


「ん? こういった場合は籠城が基本ではなかったかな」


 フェローは小首をかしげて尋ねる。


「基本的にはですな。籠城戦は味方の援軍が来るまで持ちこたえるか、敵の補給が切れるまで持ちこたえることが期待できる時でないと意味がありません。勿論意味もなく最後のあがきで籠城することもありますが。

 それに籠城するには適した兵種というものがありますし、閉鎖空間で長い間戦うことになるので、一体感を持った兵士で構成されていないと内から崩れかねません。エスサミネ王国の主力の騎兵は籠城戦には不向きですし、兵士の中には去年併合された領土のものが多くいます。仮に籠城したとしても、大して大きな抵抗は受けますまい」


「なるほどね。では、野戦を仕掛けてくると。この兵力差で?」


「無謀ともいえますが、一点突破で敵の総大将を取れば勝てると踏んで、突撃してくる可能性が高いでしょう」


 フェローの問いかけに、ベネゼルは淀みなく答える。


「で、それに対する将軍の対策は?」


「大きく軍を3つに分けます。王太子殿下、バロス将軍、そして私が指揮をします。そして、仮に一点突破で誰かの首がとられたとしても、他の者は包囲殲滅戦に移行します。それを成せるだけの兵力差がありますから」


「流石に王太子殿下を危険にさらすのは如何なものかと思いますが……」


 ベネゼル将軍の案にバロス将軍が反対意見を述べる。


「いや、その案で行こう。向こうが王族自ら向かってるのなら、こちらもそれ相応なりの礼を尽くさないとね。それに父上と違って、そういった潔い戦い方は嫌いじゃない」


「フェロー殿下は先王様の血が濃いようですな」


 バロス将軍がため息とともに呟く。


「どちらかというと父上の方が変わってると思うけどね。これ以上反対意見が出ないのならベネゼル将軍の意見を採用し、具体的な作戦を立てることとする。異存は?」


 フェロー王子の問いかけに、将軍たちは一斉に頭を下げるのであった。


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