第36話 オーガ討伐

 コウ達は盗賊団のアジトを鐘が2回鳴る時刻に出発した。だいぶ時間感覚がこの世界に慣れた気がする。パーティー“幸運の羽”の移動速度は、普通のパーティーより若干早い(怪しまれない程度ではあるが)のでお昼過ぎぐらいにはオーガに襲われた商隊の現場へと着くはずである。


 街道以外は木々に囲まれた森の中を進んでいく。この森は魔の森と違って薄暗くはなく、丁度良いぐらいに日差しが差し込み、歩いていて気持ちがいい。時折いるシカや猪を食事用に、すれ違いざま何頭か仕留めて歩みを進めていく。

 盗賊のアジトで大量の保存食は手に入れたものの、基本的には食べようとは思わなかった。この惑星に降りてから1ヶ月も経たないのに、随分とグルメになってしまった、とコウは思う。


 昼食を軽くとり、鐘1つ分も歩くと現場に到着する。すでに襲われた痕跡はほとんど残っていない。視界を探知モードに切り替える。血痕や足跡が視界にくっきりと浮き上がる。

跡は北方の森の奥に続いていた。足の形と大きさからいって3体の大型の人型モンスターである。オーガに違いない。3体もいるとは運が良い、そうコウは思ったが、本来はオーガは単独行動が普通であり、3体ものオーガと居合わせるというのは、とても運が悪いのである。


 20分も追跡すると大きな洞窟が見えた。さらに多くのオーガと思われる足跡がある。どれも洞窟に出入りをしている。この洞窟が拠点で間違いないようだ。ユキに洞窟全体をサーチさせ、洞窟内の3Dデータを転送してもらう。洞窟は単純な構造で入り口からすぐに大きな空洞が一つ、そこから二股に分かれてその先にまた大きな空洞が一つずつあった。

 洞窟は大型の人型モンスターの拠点だけあって、ユキやサラの大物の武器が十分振り回せる大きさがあった。中には身長3m程の個体が5体、奥の1つの部屋に5m程の個体が1体いる。もう一つの空洞は食料貯蔵庫のようだ。主にあるのは動物やモンスターの死体だが、幾つか人間らしき死体もある。


「ふむ、せいぜい3体かと思ったが、その2倍もいるとは運がいい。更にここは洞窟が広い。このパーティーで陣形をとった戦闘を行うこととする。敵の戦闘力は?」


 コウは上機嫌で言う。一般の冒険者にとってはモンスターが集団でいるなど悪夢でしかないが、コウは運がいいと思っていた。


「一般的に言うと、このようなケースは不幸に該当するようですが……。戦闘力は手前の5体が0.0001以下、誤差がありますので予測不能です。奥の1体が0.00012~0.0002です」


 ユキがいつものように状況を伝える。


「そうだな、陣形は前衛をサラとマリーが務める。中衛をユキ、後衛が自分だ。先ずは自分が接敵前に攻撃し、2体を仕留める。接敵後、前衛2人で攻撃を受け止め、その後ユキも入れて3人で攻撃する。質問は」


「今回も戦闘モードで戦うのですの?」


 マリーが少し不思議そうに聞いてくる。通常モードでも圧倒的な戦力差があるためだ。


「戦闘は戦闘モードで行う。基本中の基本だよ。余裕を持って戦うのと、油断するのは違う。万が一、もっと言えば、億が一のことまで考えて行動するのが、戦場で生き残る秘訣だ」


 コウは自分の経験からそう言う。これ以上の意見は無いようだった。


「作戦開始」


 コウの合図と共に作戦が開始される。先ずはコウとユキが洞窟の壁面まで行き、中を直接見る。3Dデータと変わりがないことを確認すると、合図を出す。コウとユキが武器を構え、いざという時の援護の準備が終わると同時に、サラとマリーが横を駆け抜け洞窟へと入っていく。その後ろにユキとコウが続く。

 洞窟内の5体のオーガが気付く前に、コウ達は洞窟内の最初の空間へとたどり着く。着くと同時にコウは矢を2本放つ、その間は1秒にも満たない。悲鳴をあげる間もなく、2体のオーガの頭にこぶし大の穴が開く。矢は突き刺さるのではなく完全に貫通していた。

 残りの3体が、自分たちに気付いて、近くに置いてあった棍棒を持ち襲い掛かってくる。

オーガは雄たけびを上げ全力で襲い掛かっているのだが、コウ達にとっては非常に遅い動きでもどかしくて仕方がない。

 ようやくオーガがサラとマリーに接敵し、体重をかけ棍棒を振り下ろす。それをサラは大剣で、マリーは剣と大盾で簡単に受けると、次の瞬間攻撃に移る。ユキも同時に攻撃したため、三つの首が同時にはねられた。

 

 洞窟内が静寂に包まれる。奥の1体が出てくる様子はない。


(最後の1体は、自分が接近戦で戦う。ユキはデータの取得を、サラとマリーはいざという時の援護を頼む)


 そう通信すると、コウは奥へと向かっていった。


 奥につくと、奥のオーガは今まさに巨大な棍棒を持って立ち上がったところだった。体型は同じだが、大きさも体毛の色も違い同じ種類に見えない。角の数も手前にいたのが1本だったのに対し、2本ある、更に牙も手前の個体が上の2本だけ発達していたのに対し、こちらは上下合計4本の発達した牙がある。

 

 大型オーガ(仮称)は、地響きをあげ、コウに向かって棍棒を振り下ろす。コウはそれをショートソードで受け、表面をなるべく削らないように受け流す。受け流されたこん棒は地面に叩けられ大穴を開ける。

 コウは何度か大型オーガ(仮称)の攻撃を同じように受け流すが、余り攻撃のパターンがなかったため、適当なところで切り上げることにし、攻撃して頭が下がったタイミングで、あっさりと首をはねた。


「この個体はデータになかったな」


 倒した大型オーガ(仮称)を見ながらコウは言う。


「ナノマシンでのデータは、人の話及び死体からのサンプル取得と実物の照合がメインですから、人の話に現れない個体、若しくは死体の少ない個体だと、どうしても照合が難しくなります。時間を頂ければ、過去の記録を読み取らせて、データをアップデートすることが可能です」


「いや、一度モンスターの記録等を見た方が良いかもしれないな」


 コウはしばらく考えて言う。ただ単に古代の本を読んでみたいと思ったためだ。ユキに任せておけば、世界中の過去の記録を取得し、完全に近いデータベースを作れるのだろうが、余りにも味気なさすぎるような気がした。


「それはそうと、この個体は艦で解析をしよう。どれぐらいで可能かね」


「18時間ほどです。正確にはその程度の時間で分かることしかまだ調査できません。奥の腐敗した物も入れれば165時間程必要になるかと」


「では、オーガの個体は解析したら、私の亜空間ボックスの中に収納、奥のものは有益なもの以外破棄をするように。人の遺品と思われるものは優先して、私の亜空間ボックスに転送してくれ」


 そうコウがユキに命令すると。オーガの死体と奥の貯蔵庫にある死体が消えていく。ただ貯蔵庫には死体はなくなったが、腐臭はまだ立ち込めていた。正直入りたくなかったが、念のため探索をする。ナノマシンでの探索は直接調査するのと比較すると、どうしても精度が落ちるためだ。冒険者にもよるが、こういうところで死体の中から素材や金目の物を集めるものもいるらしい。


 貯蔵庫ほどではないとはいえ、洞窟全体に腐臭が漂っていたため、洞窟を早々に離れて帰途に就く。


 夕食は今日仕留めた新鮮な猪を食べることにする。皮を剥ぎ、後ろ足を1本丸ごと焼いていく。そして焼けたところを切り取り、塩を振り豪快にかぶりつく。塩はもちろん店で買っておいた天然塩だ。


「思ったほどおいしくないな……」


 コウが残念そうに言う。なんというか、生臭いというか、ちゃんとした店で食べたのとは違った味がするのだ。


「そうですわね」


 とマリーも言う、以前から思っていたのだがAIの中で一番グルメなのはマリーではなかろうか。


「どうやら、先に血抜きをしたり、内臓を取ったり、臭み抜の下処理をしたりと実際は色々するようですね。コウが前にやったゲームはそういうことを省けるよう、品種改良された動物だったようです」


 情報を整理していたらしく、しばらくしてユキが答える。


 (そうか、やっぱり現実とゲームは違うものだな。これが話に聞いた、血なまぐさい肉というやつか……)


 そう思い、コウのテンションが少し下がる。今日は取れたての新鮮な肉を食べられると思って、楽しみにしていたためだ。肉は新鮮なほどおいしいと今まで思っていた。


「まあ、店で食べる奴が、ちゃんとお金を出す価値のあるやつだ、と分かって良かったと思おうぜ」


 流石のサラも、余り美味しくなさそうに食べながら言う。


 焼いた肉は、もったいない精神からすべて食べたものの、亜空間にしまってある料理で口直しをした。

 それは露店で買った、ただの猪の肉に塩をまぶして焼いただけの串焼きであったが、今のコウ達にとって、素晴らしく美味しいものだった。



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