第272話 ルエンナ―ル野の合戦2

  ユキが赤い旗を揚げる。投石機の1列目第一射の合図だ。僅かな時間後黄色の旗が揚がり2列目の第一射が放たれる。そしてそれは別々の軌道を描きながら、一点に収束していく。投石機は動かない的や、集団で迅速に回避ができない集団ならともかく、対人戦には労力の割に効果が薄い。弾道が読みやすいからだ。だが、それを解決する手段もある。回避する場所をなくすのである。面制圧と呼ばれるものだ。


 城壁の向こうから多数の石が飛んでくるのが魔族にも見える。


「なんだ? 確かに当たれば即死だろうが、あんなに遅い弾に当たるかよ」


 その魔族は自分の方に来る、石の弾道を見極めてよけようと考えていた。普通の人間なら一目散に逃げるか、恐ろしさに足がすくむところだろうが、ここにいる魔族にそんな軟弱な者は居ない。周りの魔族も高をくくっていた。それが青ざめたのは着弾の瞬間になってからである。バラバラに思えた弾道はいつの間にか自分達の回りに収束し、気付いた時には逃げ場が無くなっていた。


 ドドドドーンと完全に同時とは言えないまでも、一続きの音になるぐらいには揃って、石が着弾する、その範囲に居たほとんどの魔族は悲鳴を上げることもできず、潰される。

 だが僅かな魔族は魔法障壁と呼ばれるバリアーのようなものや、岩の攻撃すら耐えるほどの肉体強化によって、その場に立っていた。


「1番~10番隊目標1へ、11番から25番隊目標2へ……」


 マリーがそれを見て、バリスタ隊の目標を割り振っていく。


「放ちなさい!」


 その言葉と合図とともにバリスタが各目標に対して一斉に放たれる。こちらはタイミングを計ってはいないが、投石機と違い弾速が速いので、多少の弾道距離の違いは射手の個々の誤差範囲内だ。目標の位置は、その頭上に魔族には見えないように、指向性の強い光でマーカーが輝いている。照準器は古臭いスコープだ。この世界でもスコープはあるが、基本的には、手動で照準を合わせなければならないという信じられないほど原始的なものだ。スコープの意味があるのだろうか、と思わないでもなかったが、とりあえず他に命中率を挙げるものが無かったのでバリスタに取り付けてある。

 基本的と言ったのは、魔法による補正があるものがあるからだ。ゲーム的に言うと命中率+〇といった装備だろうか。原理はまだ不明だが、代用はできるので、バリスタの矢の着弾点に十字の中心が自動的調整されるようにしている。全てのバリスタにそのスコープが付いていることに少し驚かれはしたが、不審がられはしなかった。多分……

 それはともかくとして


「ふん。巨石すら弾く俺の身体に、矢など効くかよ!」


「くくくっ、我が魔法障壁はそんな矢などで破れはせぬ」


 城壁の上から、その音声を聞くと、コウはフラグだなあ、としみじみ思う。これまでもそんな言葉を吐いたことは無いが、吐かないように気を付けようと改めて思う。

 そしてコウの予想通り、そのセリフを吐いた魔族たちは、多くの矢に貫かれ、その命を落とした。全てが信じられないといった驚愕の表情を浮かべながら……

 当たり前のことだが、10発のミサイルに耐えられる戦闘艦は同時に着弾した10発のミサイルに耐えられるわけではない。シールドも同じだ。いわゆる飽和攻撃と呼ばれるものだ。

 両戦術とも、強力な個体に弱者が戦術をもって対抗するために発達した技である。コウ達にとっては当たり前の攻撃だが、この惑星ではようやく人間が初期の概念を実行した者が居るレベルであった。だが、他の種族はその初期の概念に思いついた者すら皆無といってよい。

 繁殖能力の差というものもあるだろうが、これこそがこの惑星における人間の優位を決定づけた要因だと思う。人間は他の人族と比較して肉体的に優れた部分がない。そして繁殖能力だけで言えば、ゴブリンやオークに劣る。

 だが集団戦において人間の右に出るものは居ない。殺戮が単純に悪とするなら、最も邪悪な一族、それが人間だった。


 ガラガラガラ、キリキリキリと滑車や歯車のきしむ音が聞こえる。投石機やバリスタが次の目標へ照準位置を変える音だ。その間に装弾手は弾を込める。この惑星では何故か地位が低いようだが、弾が無くては幾らご立派な射撃兵器が有ろうと何もならない。射撃まで間に弾が入っていることが重要なのだ。装弾手役の兵士は汗だくになって弾を運ぶ。


「打ち方用意……発射」


 再び振り下ろされる。次の指定した区域の魔族もほとんどは投石機の石によって潰され、僅かな生き残りも、バリスタの一斉射撃によって次々に倒れていく。それを見ている城壁の上にいる者からは歓声が上がり、それを聞いて投石機の方にいる者は戦果を上げたことを知る。いい流れだった。


「勝ったな」


 そうコウが呟いた直後だった。ズーンという破壊音と共に、城壁全体が震える。何事かと震源地を見ると、そこには城壁をもう少しで貫通する半径約10mのクレーターができていた。



「おらおらおら! 突撃だ! 一番槍はこのババザット様だ。遅れるなよ。遅れた奴は後で殺す」


 ババザット率いる一軍は城壁に向かって一目散に突撃する。罠も伏兵も無視したその突撃は、余りにも速かったため、投石機の照準から外れる。


「ババザット様、後続が投石機で潰されているようです」


「ああん。そんな奴がこの遠征軍にいたとは情けねぇな。無視しろよ。死んだ奴はそれだけ弱かったというだけだろう。俺の部隊にいたら、それで死に損なった奴は俺様が直々に殺してやるぜ」


 そう言ってババザットは獰猛に笑う。そう言って自分が先頭に立ち、一直線に城壁に突撃していく。本来なら突出部を叩くのがセオリーなのであろうが、あまりの速さに投石機での攻撃は不適格と判断され、見逃されることになる。

 

 そうしてババザットは城壁の下、ただ一つある門へとたどり着いた。


「ふうん。結構な代物じゃねぇか」


 ババザットはそう言って、飛び上がり巨大なハンマーを雄たけびと共に門に叩きつける。実は門は囮で、ただ単に壁に門のように木が張り付けてあるだけである。開閉不能のただの壁だった。だが、その一撃で壁を貫通するような大穴が空いたのであった。


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