第137話 二度目のリンド王国

 リンド王国に入り、モムール山地を上っていく。モムール山地は4,000m級の山脈に平地がぐるりと囲まれた地形だ。平地は雨がほとんど降らない過酷な環境だが、外に出なくてもリンド王国内の都市間を結ぶ通路を使えば、大陸の南東に位置するルカーナ王国に出ることが出来る。

 ただ、地図で見ると距離が短いように見えるのだが、実際は折り曲がった通路で、アップダウンも激しいため、リンド王国内を通ってルカーナ王国に行く商隊はあまり多くない。


 リンド王国の入り口に着くと暇そうにしているドワーフが、例のどでかい門の前にある小屋の横に座っている。


「おお!これはこれはコウ殿達ではないですか。また何か任務ですかな」


 座っていたのは前に王都まで案内してもらったフィーゴだった。


「いや、今回は完全に冒険者としてきました。ドワーフの忘れられた酒を探そうと思いましてね」


「ほう、それはそれは。しかしそれは中々難易度の高いクエストですぞ。なにせ、基本的に亡くなった者の親族が探しても見つからなかった物が、忘れられた酒になりますからなあ。

 親族がいるのに勝手に家探しをするわけにはいきませんから、忘れられた酒というのは亡くなったものの親族が何かの拍子に見つけることが多いもんです。そして、ドワーフはよほど困窮してない限りその酒を売ることはありません。それ故に貴重な酒となる訳ですからな」


 なるほど事情を聴くと、モンスター討伐と違って力で解決するわけにはいかない以上、確かに難易度が高そうだ。ナノマシンを理由もなくプライべート空間まで散布するのも憚られるため、地道な情報収集が必要かも知れない。手始めに目の前にいるフィーゴから情報を集めよう。


「では、自分たちが探せるような忘れられた酒というのはどういったものがあるんですか?」


「ふむ、そうですな、今までに冒険者が発見したと言うのであれば、崩れてしまった廃坑跡、モンスターに襲われたりや廃坑に伴い放棄されてしまった集落跡、水没してしまった家や洞窟などですかな。都市の中には基本無いと言っていいでしょう。

 ああ、たまに人付き合いの無いドワーフの家から見つかることもありますかな。人付き合いが無いと言っても、この国では完全に自給自足の生活は難しいですからな。どうしても町の近くに住居はあるのです。勿論遺品の整理とかは関係あるものがしますが、そのまま放っておかれて、何かの拍子に見つかることがありますな。と言ってもそういうところは大抵は私有地なんで、勝手には入れませんがね」


 要するに急に離れなければいけない原因が出来て、それから戻れなくなった場所に多いというところか。


「ちなみに、一番多いのはどのパターンですかね」


「そうですなあ。私の知ってる限りでは、崩れたり、水没した廃坑跡が一番多い感じがしますな。崩れてしまったときには別に普通の酒なんで、よほどのことがない限りは、皆諦めるんです。そしてそのうち忘れられてしまうんですな」


 しばらく考えて、フィーゴはそう答える。


「先ほど廃坑跡といってますが、酒が貯蔵されているという事は、泊まる施設か何かあった場所ですかね」


「いや、いくらドワーフが掘削が得意と言っても、坑道の中に泊りはしませんよ。寝てる間に何が起こるか分かりませんしな。鉱脈の近くにはちゃんと鉱脈の規模に応じた集落ができるもんです。ただ、集落から坑道まで弁当を持っていくのはともかく、大量の酒を持っていくのは骨が折れますからな。掘削作業は過酷な労働です。脱酒症状が起きないように、ちゃんと給酒所が所々に作られるんですよ」


 給水所じゃなくて、給酒所?そもそも脱水じゃなくて脱酒症状ってなんだ?


(私の耳には脱酒症状とか、給酒所と聞こえたのだが、聞き間違いか?それともインストールした言語プログラムのバグか?)


 一応ユキに尋ねてみる。


(いえ、私にもそう聞こえましたので、少なくとも聞き間違いではありません。症状に関しましては、少なくとも元の世界の人類種の病気にはありません。収集したデータの中に単語自体はありますからバグというわけではないと思われます。ただ、症状は不明です)


 ユキにも分からないのなら聞くしかない。諦めてフィーゴに聞くことにする。


「すみません。その給酒所というのはなんとなくわかるのですが、脱酒症状とはどういったものでしょう」


「おや?知りませんでしたか。脱酒症状というのは激しい労働などで汗をかいた時に、定期的に酒を補充しないと、手や足がしびれたり、震えたりする症状ですな。酷くなると全身が震えて酷い頭痛が起き、立っている事もままらなくなるという恐ろしい病ですな。熱っぽくなる時や体がだるくなった時などには水を飲めば治りますが、これは酒を補充しなければ治りません。逆に酒を定期的に飲んでいれば、熱っぽくなることも、体がだるくなることもないので、肉体労働をする所には酒を補充する給酒所が必ず作られるように決められてるんですよ。この小屋も勿論ありますぞ」


 それって、そもそもアル中の禁断症状じゃないか。なにか、ドワーフというのは全員アルコール中毒なのか。コウは今までに会ったドワーフ達の様子を思い出してみる。

 ……。うん、アルコール中毒だな。まあ、人間と違って酒で脱水症状も防げるんだろう。少なくとも自分たちには関係ない病気のようだ。コウは直ぐにそう結論付け、脱酒症状というのを頭の片隅に追いやる。


「情報ありがとうございました。入国の手続きをしてもらっても良いですか」


「おお、勿論ですとも。本当ならコウ達殿なら入国税もいらないと言いたいところですが、流石に私にその権限はありませんので、入国税は支払ってもらってもよいですかな」


 要求は当たり前の事だったので、素直に税金を払う。しかしあれからそれなりに時が経っているのに身分証の提示とかしなくてもいいのだろうか。身体検査や持ち物の検査もされることなく、ほぼ素通りに近い形で入国出来た。ちなみに自分達が話している間誰一人として来る者は居なかった。相当暇な職場らしい。

 

 前回と違いフィーゴの案内はなかったが、最初の目的地の王都に着く。宿を取り、いつものようにソファーに座りテーブルを囲むと、どう情報収集をしようか、とコウ達は打ち合わせを始めた。

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