第128話 レッドドラゴンのお披露目

 暫くすると、オーロラが戻ってくる。


「待たせてしまって、ごめんなさいね。話を聞く限り、かなり強力なドラゴンを倒したみたいね。もっと話を聞いておくべきだったわ。正直あなた達の事は少しずつ広まればと思ってたんだけど、難しいみたいね」


 オーロラが半ば諦めたような口調で、コウ達に告げる。


「少しずつ広まればという事は、そこまで広まってないんですかね。自分としては成り行きとは言え、ちょっと派手に動きすぎたかな、という感じがしていたんですが」


 流石にこの世界の常識というものを、大分、学習している。やってしまったことは仕方がないが、自分達の事はもっと広まっているだろうと考えていた。


「自覚はあるのね。まあ、一部の人には広まってるけど、あなた達の成果が大きすぎてね。正直、自分の目で見た者以外、大げさに吹聴している、と言う人が多いのが事実よ。冒険者によっては自分の手柄を大げさに語るのは珍しくないし。だから、Aランクに上がる式典も行わない方が良いという事になったんだけど。

 今更だけど、これだったら倒したドラゴンを出してもらって、横で式典をやった方が良かったわ」


 ふむ、情報伝達速度や精度は自分たちが考えてたより低そうだ。オーロラの説明を聞いて、コウは考えを修正する。


 実際問題として、記録媒体がなく、事実確認など一般の人には行いようがないこの世界において、赤の他人の話をそのまま信じる者は少ない。話だけで信じ込ませるには、お互いの信頼関係が無ければほぼ不可能に近い。おとぎ話のようなコウ達の活躍を、そのまま信じるのは、一部の事実を知る事が出来るもの以外は、子供ぐらいなものだった。

 普通は話に尾ひれがつくものだが、コウ達の場合は逆に、活躍が人を介すにしたがって、逆に小さなものになっていた。

 例を挙げるなら、イコル沖での海賊の撃退は、ジクスでは単独の海賊船の撃退という風に伝わっている。それでも普通は海賊船の方が有利であるため、信じない者が居るぐらいだ。


「まあ、今さらグダグダ言う事じゃないわね。ごめんなさい。せっかくドラゴンの魔石まで貸してくれるというのに。死体を出してもらうところまで案内するわ。死体は私の氷魔法で一部凍らせるから、そこから魔石を取り出せば殆ど血は流れないと思うわ」


 そう言って、オーロラは詰め所の方へと歩き出す。そういった魔法があるなら、自分達が解体の間、拘束される心配は低そうだった。


 詰め所の隣にはそれなりの広さの兵士の訓練場所がある。訓練場と言っても闘技場のようなものがあるわけでもなく、せいぜい人間に見立てた、棒に藁を巻きつけた物が端にあるだけだ。広さ的には大丈夫だ。ただ、うわさを聞き付けたのか、兵士が沢山いる。勿論その中にジェイクもいた。


「よう。とんでもないドラゴンを倒したんだってな。実は俺はまだドラゴンの実物を見たことがないんだ。勿論、肉も食ったことはねぇ。オーロラのいう通りなら、大量の肉が出回るだろうから期待してるぜ」


 そうジェイクが話してくる。そうか、ジェイクレベルでもドラゴンの肉は食べたことがないのか、と同情したが、原価で1㎏3万クレジットの肉である。そんなもの元の世界では自分だって食った覚えがない。もしかしたら何かの式典の時に食べたかもしれないが、少なくとも自腹ではない。そう思いコウは同情心が直ぐに消えてなくなる。


「では、出しますね」


 そう言って、コウは訓練場にドラゴンの死体を亜空間から取り出す。予定では直ぐにオーロラが氷魔法で魔石のある部分を凍らせるはずだが、一向にその気配がない。

 周りを見回すと、オーロラもジェイクも他の兵士も、皆呆然としていた。


「オーロラさん。氷魔法をお願いしますよ」


 とりあえず呆然自失と言ったオーロラの肩をゆすり、コウはそう言う。


「えっ、ああ、そうだったわね。万物をキョウラセル……」


 オーロラは舌をかんだようだ。最初にあった泰然とした雰囲気を崩しつつも何とか呪文を唱え、心臓近くの部分を凍らせる。


「サラ、すまないが魔石を取り出してくれ」


 コウの命令に従い、サラが凍った部分を大剣で切り開き、魔石を取ってくる。魔石は直径50㎝程の大きさがあった。


 オーロラは平静を保つことが出来なかった。目の前に出されたのは、巨大なドラゴンの死体。それも、レッドドラゴンである。文献が正しいとするなら、現在の魔の森のあった地域の国を滅ぼした伝説のドラゴンである。

 正直コウの言葉を疑っていたわけではないが、せいぜい全長50mぐらいだと考えていた。強大なモンスターが実際より大きく見えることなど普通の事である。寧ろそう見えない方が少ない。

 それを正確に、報告するなど、よほど余裕があった事に他ならない。実際オーロラがリッチロードと戦った時など、リッチロードは自分達を覆いつくすほど巨大に見えた。

 そして目の前に出されたのは、歴史上最凶最悪と言われるレッドドラゴンの死体である。死んでいても圧倒されるその存在感に、オーロラは気が動転してしまった。

 オーロラはまだましな方で、周りを囲む兵士の殆どが呆然としている。中には数人だが、腰を抜かしたらしき者もいる。


「オーロラさん。魔石を取り出しましたよ。もう、死体は片付けても良いですかね」


 コウの言葉にオーロラは我に返る。


「えっ、ええ、そうしてちょうだい。それにしても、私が言い出したことだけど本当にこれを預かっても良いの?」


 一抱えもあるような魔石など、オーロラも見るのは初めてだった。正直、何かあった時に弁償しろと言われても無理である。


「構いませんよ。約束ですから。ただ、何か調べてわかった情報はくださいね」


 ドラゴンの死体を再び亜空間へ収納すると、コウは答える。正直、これもコウ達にとって使い道の無い物だ。ギルドで何か調べてくれるのなら、情報と交換に渡しても良いくらいだった。


「勿論、こちらも約束は守るわ」


 そう言って、コウから魔石を受け取る。何があってもこのパーティとは敵対してはならない。ギルド内だけではなく、国王陛下にも進言すべきだろう。また、他国のギルドにもコウ達のことは知らせておくべきこととオーロラは判断し、早速、連絡を取るため、冒険者ギルドへと戻るのであった。

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