第243話 世界一周の旅の終わり 

 フモウルを南下して、王都で一泊した後、ジクスへと着く。2年まではいかないが約1年半ぶりに戻ってきた。もうジクスより長く滞在した街もあるのだが、なんとなく帰ってきたという感じがする。

 そのジクスだが、遠目に見ても大きな建物が建っているのが分かる。勿論、大きいといっても星間国家の基準ではなく、あくまでジクスにある他の建物と比較してだ。高さはそれほどでもないが、敷地面積が広い。できている建物は、冒険者ギルドの新しい解体及び保管用の倉庫だった。レッドドラゴンを解体するのに十分な大きさのものだ。


「結局作ったんだな。あーあ、作れなかったら自分達でバラして、肉を全部自分のものにできたのに……」


 サラが建物をみて、少し残念そうに言う。


「仕方あるまい。それにただ単に解体するのは私達でもできるが、肉を部位ごとに分けることなんてできないし、貴重な高ランクモンスターの肉を練習材料にする気はさらさらないぞ。と言うか、熟練職人が言うような、刃物から手に伝わる感覚で判断するってなんなんだよ。しかも、刃物で実際に切る前に判断するんだぞ。生身の人間の感覚とは思えんな」


 勿論、星間国家の技術を、余すことなくつぎ込まれた今の身体なら、短期間で技術を身に着けることは可能だろう。しかしわざわざそんなことをするぐらいだったら、その時間にモンスターでも狩りに行った方が良い。


「コウの戦場における勘も似たようなものではないでしょうか。確率を無視していますし、いかなる法則も当てはまりませんが……」


 ユキの言葉にコウは考える。


「そうか……あの感覚か……うん、やはり自分達で解体するのは諦めよう」


 自分で言うのもなんだが、あの勘というものは言葉で説明できるようなものではないのだ。勘は勘としか言いようがない。その勘を自分の専門分野以外で磨くなど時間の無駄としか思えなかった。

 そんな無駄話をしているうちにジクスへと着く。


「よう。随分と久し振りだな。噂は色々聞いたぜ。本来なら話半分に聞いとくようなものばかりだったが、お前さん方に関しちゃ、倍にしても足りないんだろうな。ああ、こいつらの入門手続きは俺がやる。事情は後で話すから」


 ジェイクが詰め所から出てきて、久しぶりの再会をする。自分達に声を掛けた後は、入門手続きを新入りの兵士に代わり、ジェイクは簡単に済ませる。要するに顔パスだ。


「なるべく早くで良いから、冒険者ギルドに顔を出してオーロラに会ってくれ。お前さん達がフモウルにいる間、いつ帰ってくるのかとやきもきしてたからな。見ての通り新しい倉庫もできたことだしよ」


 そう言ってジェイクは新しい建物の方に顔を向ける。


「分かりました。明日にでも顔を出しますよ」


 コウはそう言って街の中に入り、“夜空の月亭”へと向かう。お金を払って部屋を確保してもらっている期間は過ぎたので、部屋が空いているかどうかは不明だが、空いてなかったら、今まで泊まることができなかった最高級の宿に泊まるのも良いかもしれない。


「いらっしゃいませ。あっ! “幸運の羽”の皆様ですね。随分とお久し振りです。一応いつもお使いになられていた部屋は空いていますが、泊まっていかれますか?」


 出ていく時は少し幼さの残った顔立ちだったセラスだが、今は立派なレディーに見える。こうやって成長している人の姿を見ると月日が経ったのを実感できる。


「ああ、そのつもりだよ。部屋が空いていて何よりだった」


「こちらこそ、Aランクになられて活躍している皆様にまたご利用いただき、大変ありがたく思います。これからもお願いします」


 そう言って丁寧に頭を下げる。心なしか以前より優雅に見える。大陸一周で色んな宿に泊まったが、総合的にこの宿を超えるものは無かったように思う。勿論、調度品が豪華、部屋が広い、食事が美味い、など個々の点で言えばここよりも上の宿はあったのだが、総合点で言えば一歩及ばない。何より、落ち着いた感じになるのが良い。


「ああ、これからも利用させてもらうよ」


 コウがそう言うと、改めてセラスはお礼を言う。そうしている間に厨房からショガンが顔を出してきた。


「……久し振りだな。活躍は聞いている……その、無理にとは言わんが、今日はここで夕飯を食べないか? 料理は俺の奢りだ。帰還祝いってところかな。酒代までは無理だが……」


「喜んで」


 コウがそう答えると、仏頂面なショガンが少しだけ口角を上げる。


「ありがとうよ。それと代わりと言っちゃなんだが、後で良いから、どんな料理を食ったか教えてくれ。ものによっちゃ作れるかもしれねぇからな。あんたらにとっても損な話じゃないだろう」


 確かに損な話ではない。寧ろ有益な話なので、コウは素直にうなずく。コウ達は他の客の迷惑にならないように、閉店間際に食事に降りてくる。この時間ならショガンと話をすることができるはずた。

 案の定、ショガンはひとしきり料理を出した後に、各地の料理を聞き始める。意外なことに一番食いつきが良かったのが、エルフの国で食べたキノコ鍋だった。どちらかと言うとゲテモノの種類に入るかと思うのだが、簡単に手に入る食材で、食べたことが無いというのが琴線に触れたらしい。

 その他で言えば、ジャイアントビーを使った蜂蜜漬けだろうか。自分で作ってみたいというので、蜂蜜の一部を譲った。蜂蜜漬けでなく色んな料理のレベルが上がるらしい。楽しみだ。


「ところでレッドドラゴンをついに解体するんだろう。一部で良いから俺に料理させてくれないか。もう一生こんな機会なんてないだろうからな」


「良いですよ。最初からそのつもりでいましたし」


「そいつはありがてぇな」


 食事は和やかに進んでいく。終りの方にはセラスも加わり楽しい時間を過ごしたのであった。


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