第74話 フモウルの街へ

 出立の日、図らずも親交を深めることになった町の人々が大勢見送りにくれた。見送りに来ようとしたが二日酔いで起き上がれなかった者も少なからずいるらしい。勿論、マリーと飲み比べをしたのが原因である。


「このご恩は忘れませんぞ。何か困った事や我々が協力できそうな事があった時には、是非この町に来てくだされ」


 そう言って族長が送り出してくれる。中には涙ぐんでいる者もいた。

 ちなみに一応自分をパーティーリーダーとして立てはくれているが、“幸運の羽”で一番尊敬の念を持たれる事になったのはマリーだった。町の酒豪にことごとく勝ったかららしい。どこの原始人だ、と思わなくもなかったが、まあ、マリーも楽しんでいたようなので良しとしておこう。


 ここからジクスへ帰るには基本的に2通りある。元の道を通りイコルまで行き、船に乗って帰る道。もう一つはここからさらに東へいき、ポミリワント山脈のふもとから川沿いに南に下る道。

 とはいっても、同じ道を通っても面白みに欠けるので、最初の計画通り、ここはさらに東へ進む道の一択である。

 シンバル馬の乗り心地は思ったより快適だった。鞍のおかげもあるのだろうが、殆ど揺れを感じることなく進んでいく。予定通り馬には制御チップを入れ、更に体組織を変えない程度に筋肉量と骨密度を上げている。身体にコーティングもしているので並のモンスターでは傷一つ付けられないはずである。

 ちなみに名前は自分とユキが乗る白い馬の方を“白鳳号”、サラとマリーが乗る黒い馬の方を“黒竜号”と名付けた。ちょっと大げさな名前のような気もするが、かっこいいので良しとしよう。

 シンバル馬は一見ゆっくり歩いているように思えるが、歩幅が普通の馬の1.5倍以上あるので、速度的には普通の馬よりも速い。更にタフで休息も少なくて良いため、1日あたり100㎞も進むことができる。徒歩と比べて約3倍の移動距離である。


「今度の街はどんな街なんだい」


 乗っているだけというのが暇になったのか、サラが話しかけてくる。次の街のデータなど自分の中のデータベースを見れば直ぐに分かるので、本当に暇を持て余したのだろう。


「次の街の名はフモウルという名前ですね。鉱山で栄えた町です。かなり大きな街ですよ。ちょっと前までは馬の売買の中継地点でもあったようですが、今はその地位はイコルに移ってます。その代わり鉱物の売買だけでなく、加工製品の製作にも力を入れているようで、良い武具の産地として名を上げつつあります。ただ、その分、環境汚染が酷くなっているようで、名物料理にはあまり期待できそうにありません……まあ、強いて言えばドワーフの比率が高い分お酒の種類は多いみたいですよ。多いだけで、高級なものは少ないみたいですが」


「何か微妙な街だなあ」


 サラが愚痴るが、自分もそれに賛成だ。武具には興味ないし、お酒はアルコールが入っていれば良いというわけではない。


「それでも、高級なものが全く無いわけではないのでしょう?」


 マリーがユキの説明に食い下がる。食いついたところが酒の部分というあたりマリーらしい。


「そうですね。廃坑を利用した度数の高い蒸留酒や一部のワインが高級酒として作られてますね。街にはほとんど出回っていないみたいですが、一部の富裕層向けの店に置いてあるみたいです。ただ、富裕層はフモウルの街中ではなく、郊外に屋敷を構えている人が多く、そちらの方が料理もお酒も美味しいものがそろっているようです。残念なことに、富裕層が住んでいる区画だけあって、普通の冒険者では立ち入れませんね。少なくとも身元を保証してくれる富裕層の方が居ないとCランクでも無理みたいです」


「何か益々行く気が無くなるなあ。いっその事、街道を外れてショートカットしちまうか?」


 サラが投げやりになっている。まあ、気持ちは分からなくはないが、フモウルはこのリューミナ王国の中でも大きな街の方である。一度くらいは寄っておくべきだろう。


 パーティーの皆が行く気が今一だったが、馬には関係ない事なので順調に旅は進んでいく。こういう意味では馬を買ったのは正解だった。徒歩ならわざわざ行かなかったかも知れない。

 ソクスを出て5日目、目的地のフモウルが見えてくる。煙で煤けた街を想像していたのだが、そうでもなかった。確かにあちらこちらから、溶鉱炉の煙らしきものは上がっているが、街全体を包むには程遠い。なんとなく昔を扱った映画の、スチームパンクのような街を想像していたのだが、実際は街の周りはそれなりに緑に囲まれており、空気も若干汚いかな、という程度である。

 それでも富裕層は嫌なのだろう。街から5km程外れたところに高級住宅街らしき物があった。ひときわ大きな建物は領主のものだろう。確かここは伯爵領だったはずだ。


 街は高い城壁で囲われていた。今までに見た中では王都の次に高い。住民以外が街に入るには1銅貨、収納魔法持ちは1銀貨かかる。収納魔法持ちは収入も多い代わりに支出も多い。まあ、収納魔法に商品を入れ込んで街中に持ち込まれたら、税金逃れが出来てしまうので仕方がない。

 フモウルは人間よりドワーフの方が多い街だった。全人口の10%という割には他の所ではほとんど見かけなかったが、基本的に山間に住んでいる種族だかららしい。

 街中の大気汚染の度合いは思ったほどではないとはいえ、やはり外界と比べると空気が淀んでいた。ただ、人々の顔は活気にあふれており、陰鬱な感じはしない。

 

 もう日暮れも近いので先ずは宿屋を探す。富裕層が別区画なのであまり期待はしてなかったが、“高き山の頂亭”という宿を見つける。7階建てでこの街の中では一番高い建物のようだ。中に入ると空気が澄んでいた。聞いてみると魔法で空気を浄化しているそうだ。宿泊費は15銀貨だったがそれだけの価値はある宿だった。

 ここに来る間に何軒か夕食を食べるところを見てみたが、ともかく酒、酒、酒、肉、肉、酒、という感じの店ばかりだったのでこの宿で夕食をとることにする。

 料理はまず真っ先に、何も言う前に酒が置かれる。メニューを見ると、何々のステーキ、丸焼き、若しくは串焼きなどこれでもか、というぐらい肉料理が並んでいる。この町の流儀なら仕方がない。羊のステーキと、カモの丸焼き、ワニのタレ焼きを頼む。

 酒はエールなのだが度数が高い。通常のエールは4%程だがここのは10%もある。マリーが美味しそうに飲んでいる。まあ、確かにアルコールはエネルギー変換効率が高いが、段々マリーがオヤジ化してきてるような気がしてならない。


「名物はあるじゃないですか。このエールは買いですわよ。危うく飲み逃すところでしたわ」


 マリーは度数が通常の倍以上のそのエールを誰よりも早く飲み終えると、身振りで店員におかわりを注文しながら、そんなことを宣った。


「申し訳ありません。私の中のマリーに関するデータを修正しておきます」


 そう答えるユキの目は氷点下の冷たさだった。これはあれだ、いい加減にしろよ、と思っている時の目だ。ただ、基本、無表情なので、マリーがそれに気が付いた様子はなかった。それが良かったのかどうかは分からない。分かりたくもないが……

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