第183話 マンモスビー

 マンモスビーの巣はリズーリの西に100㎞ほど離れた開拓の進んでいない、広大な森の中に点在している。森の北は魔の森と接していた。もし地図に書かれていない蜂の巣を見つけたら、蜂蜜の代金の他に情報料が貰えるそうだ。折角なので森の奥の方にある蜂の巣の方に向かう。

 魔の森ほどではないが、ノイラ王国ほど手入れがされている森ではないため、森の中は徒歩で進まなければならない。それでも、時々蔦を刈ったり、倒木をどかしたりする程度で歩く分には支障はあまりなかった。

 所々に野生のフルーツがある。美味しそうなのを一つ取って食べてみるが、農家で栽培されているものと比べて、味が薄かった。不味くはないのだが、甘みが無く、かと言って酸味があるわけでもない。その分水分が豊富というわけでもない。


「ふむ。少なくとも農作物に関しては、完全に天然物よりも、ある程度人の手が入っていた方が美味しいようだな」


 フルーツを食べ終わってコウが呟く。


「そうですね。好みにもよるとは思いますが、果樹園のものはより美味しくなるように世話をされてきた結果でしょうからね。その労力の分美味しくなるのだと思います」


「つまりは、やはりベシセア王国で兵士に水を汲ませたのは、あながち間違ってはいなかった、ということか」


「コウがそう感じるのでしたら、それで良いと思います」


 コウの言葉はユキにさらりと流されてしまう。


「そんなことより、この先にアルラウネがいるぜ。どうする?」


 サラもこの短期間でコウの言葉をスルーするという技術を大分上げたようだ。コウはちょっと感心する。ユキから貰った会話データを反映させているのだろう。


「近くにマンモスビーの巣はあるかな?」


 少なくとも、地図にはこの辺りに巣は書き込まれていない。相変わらず落書きに近いものだが、感覚的なもので、大体のところは分かるようになってきた。あくまで大体ではあるが……。


「そうですね。途中がトレントとアルラウネの群生地になっていますが、ここから10時の方角に5㎞ほど行った所にありますね」


 ユキも大分こちらの感覚になじんだのか、以前と比べると大雑把な報告をするようになったと思う。現実問題として、レーダーやセンサーなどで正確な場所は確認しているため問題はない。


「ならば、倒すのは止めて地図に書かれていない巣に行くことにしよう。ちなみに小さすぎて他の冒険者が見逃していたということは無いよな?」


「それは大丈夫です。大きさは平均的な巣と比較して約2倍の大きさがあります。ただ単に低ランクの冒険者が立ち入らない地域なだけかと」


 マンモスビーは巣に相当近づかない限り襲ってこないし、巣の情報だけでも10銀貨貰えるため、低ランクの冒険者が見つけることが多いそうだ。今回のようにモンスターの群生地を通るのでなければ、蜜を集めたマンモスビーの後を追えば見つけることができる。マンモスビーは巨体で少々のことでは見失わないし、移動速度も蜜をたっぷり集めた後だと遅いらしい。


「餌場を荒らすわけにはいかないからな。パーソナルシールドを張って群生地を切り抜け、そのまま巣に行こう」


 コウ達は方向を変え、新しく発見した巣へと向かう。途中トレントとアルラウネの群生地があったが、群生と言ってもモンスターの性質上、人が通れないほど密集しているわけではない。寧ろそんなことになったら餌も通れないため、枯れてしまうだろう。なので群生地と言ってもそれぞれは少なくとも10m以上は離れている。

 それでも基本は単体でいるモンスターが視界内に2、3体は見えるので群生地には間違いないだろう。

 群生地には何匹ものマンモスビーが飛び回っている。通常は生物が近づいたら襲い掛かるトレントやアルラウネだが、マンモスビーには襲い掛からない。

 群生地を抜けると直ぐにマンモスビーの巣が見えてきた。巣も大きいが体長3mにもなる蜂が群がっているのは、なんとなくぞっとするものがある。巣は高さが約50m、横は約300mのほぼ楕円形で、奥行きも30mほどある。そこに1000匹を超えるマンモスビーが密集していた。

 自分達には危害を加えられるような強さはないとわかっていても、ブーンという重低音の大きな羽音が、数多く鳴り響いているのは、なかなかに迫力があるものだ。


「うーん。着いたのは良いけど、これどうやって蜂を殺さずに、巣を半分持っていくんだ?」


 コウはユキに尋ねる。何か煙のようなもので追い出したりするんだろうか。それとも魔法でそういうのがあるんだろうか。


「基本は虫よけの魔法を使うようです。それに、半分も持って帰るものは、収納持ちのパーティーでもまずいないようですね。ハニカム構造の1区画で500㎏ほどのはちみつが採れるみたいですし、ごく一部に穴をあけて蜂蜜だけ樽の中に入れて帰るのが一般的ですね。たまにその中に幼虫がいた場合は殺して持って帰る場合もある、という程度のようです」


「だが、説明の時に全部回るのは禁止とか、持って帰るのは半分までとか色々注意事項を言われたぞ。過去にそういうものがいたと思ったんだがな」


「昔のことまでは、情報が遡れませんのでなんとも言えませんが、ただ単に私達のパーティーが有名になり、コウの行動が知れ渡ることになったからではないでしょうか」


 ユキの答えに、コウは考える。深く考えることもなく、心当たりを思い出す。しかも一つや二つではなかった。それにここに来る前、ノイラ王国の女王からも釘を刺されたのだった。


「確かにその通りかもしれんな。今回はちょっと手加減するか。巣の半分を4つというのはそれから考えると多いな。この巣だけにしよう。モンスターと言っても昆虫型だ。他のものより単純だろう。神経から電気信号を送って脇に寄せて、3分の1持って帰ろう。成虫の移動はユキとマリーに任せる。サラは空間切断ブレードを使って巣を切り離してくれ」


 今持っている原始的な武器ではとても一度に切り取れないため、現行の武器を使う。空間切断ブレードとはその名の通り、濃密なエネルギーでその場の空間ごと切断する武器だ。正確に言えばその刃が通った部分の空間が消滅する。ブレード以上のエネルギーを持つシールドで防御されたらどうしようもないが、それ以外では理論上何でも切れる便利なものだ。

 ユキとマリーが成虫を脇に寄せた後、サラはブレードを伸ばし、巣の3分の1を切り取る。切り口から蜂蜜がどろりとこぼれ、辺りに甘い香りが広がる。

 切っただけではどうしようもないので、そこにいる幼虫の中枢だけを丁寧に破壊し、殺していく。すべて殺し終わったところで、亜空間の中にしまった。

 幼虫の分を除いても体積から考えて、ざっと5万t以上のはちみつが取れるはずだ。1㎏1銀貨が買い取り金額だったから、5千白金貨になる。あれ? これはちょっとどころではなく取りすぎたのではないだろうか。


「言っておきますが、私達はコウの命令に従っただけですよ」


 ユキの言葉がコウには酷く突き放したように聞こえた。

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