第214話  対話

「それは失礼した。最初は招かれるつもりでいたのだよ。別に敵対するつもりは無かったのだが成り行きでね。それに、最初に直接手を出してきたのはそちらだと私は考えているが、その辺りはどう考えているのかな?」


 実際成り行きでコウ達と教団は敵対するようになってしまったが、本来友好関係を築いて、招待してもらい、召喚魔法をどうにかして見たいと考えていたのは事実だ。


 コウ達の堂々とした雰囲気にヒーレンはのまれそうになっていた。そして同時に混乱もしていた。彼らから感じられる魔力は自分どころか、この世界のちょっと名のしれた冒険者と比べても低い。寧ろ駆け出しの冒険者と言っても良いぐらいだ。だが、そうなると今までの戦績の説明がつかない。少なくとも司教を殺せるレベルの強さは持っているはずなのだ。魔力を隠す手段を持っているのだろうか、それとも何か強力なマジックアイテムを持っているのだろうか。


「ルツカードはどうした。その弟子たちも。そう簡単には倒せるような者達ではなかったはずだ」


 ヒーレンは油断なくコウ達を見つめながらそう尋ねる。


「残念ながら、こちらを問答無用に殺しにかかってくるような人物だったのでね。殺させてもらった。弟子に関しては、共犯なので同じく殺させてもらった。許してほしいとは言わないが、事実は受け入れてもらいたい」


「質問の意味は二つある。どうやって殺したのだ」


 ヒーレンは質問に二つの意味を込めていた。ルツカードがどういう状態になったのかというのと、それを成した方法だ。


「普通に奇襲で。魔法使いが奇襲に弱いのは常識では?」


 コウは少し首をかしげて逆に聞く。少なくとも今まで調べた限りではそうだった。もしかしたら魔族は違うのだろうか。


「そうだ。しかし、ルツカードは豊富な魔力で奇襲に対する防御は抜かりなく行なっていた。それに、奴の着ていたローブは並のプレートメールよりも頑丈なものだ。それに加えて警戒心も高かった。警戒域の外から飛び道具で倒せたとも思えんし、警戒域内に気付かせずに近づける方法があるとも思えん」


 ヒーレンにそう言われてもコウは困ってしまう。何か敵対する者が範囲内に入ったら気付くような魔法が掛けられていたみたいだが、ステルス迷彩は全てものに対して透明になる以上、この世界のものに見つけられるとは思っていなかった。それが高レベルの魔法使いでも無理とわかっただけである。そもそもあの距離まで近づけた後はこの世界のものに反応できるものではない速度で攻撃している。多少頑丈なローブを着ていたようだが、ドラゴンの鱗程の防御力があるわけでもなかった。


「そう言われても、奇襲して殺したとしか答えようがないな。そちらが信じようと信じまいと自由だがね。実践してみせろと言われてもそこまでサービスをする気にはなれんよ。そちらが何か対価を用意するなら話は別だがね」


 ヴィレツァ王国と違い、目の前の魔族は国の名の下でコウ達に攻撃をしてきたわけではない。実際のところはまだ分からないが、少なくともカモフラージュはしている。で、あるならば民事事件として、相手と交渉するのはやぶさかではない。


 一方ヒーレンの方は目の前の人間を測りかねていた。外見から言えば相手はまだ20にもならない、人間としても若い方だ。魔族と比較すると赤子に等しい。だが、相対した感じはルツカードよりも年齢を感じるものだった。自分を相手に気後れした様子もない。若もの特有の無鉄砲さとも違う匂いを感じていた。


「それはそれとして、私の問いかけには答えてくれないのかな? あくまで敵対するというのなら、こちらもそれ相応なりの対応を取らせてもらうしかなくなるが」


 そう問いかけてくるコウに対して、ヒーレンは自分の感じている奇妙な感覚を納得することができる答えを考えていた。そしてようやく一つの推測にたどり着く。


「お前たちは魔族なのか?」


 魔族であれば目の前の人間の態度も、ルツカードがやられたことも納得ができる。マナの薄いこの大陸でどうやって強力な力を維持していたのかは不明だが、もし同族なら計画をあかせば強力な味方になる可能性がある。もしかしたら自分たちが知らない技術かマジックアイテムを持ち合わせた者たちかもしれない。そうヒーレンは考えた。


「また質問に質問で返すのか。こちらが答えてばかりのような気もするが、随分と警戒しているようだからそれも答えよう。否だ。我々は君の同族ではない」


 この世界の人間でもないのだが、コウはそこまで言うつもりは無かった。


「なっ!」


 ヒーレンは初めて会った者たちに自分が魔族と見破られたことに驚く。確かに魔族は人間と違う部分があるとは言え、外見上は全くといっていいほど変わらない。しかも、自分と神託の巫女である姫が魔族であることは、この大陸での活動中に誰にも、それこそ司教たちにも明かしたことの無い秘密だった。


「やれやれ、驚きすぎだよ。私がもし鎌をかけているだけだったら、どうするつもりだったのかね。ああ、魔族だからという理由で君をどうにかするつもりはないよ。あくまで魔族という理由ではね。

 こちらに被害が出ていないとはいえ、襲われたことは事実であるし、私としてはその賠償を求めたいと思っている。君が命を以って償うというのなら仕方がないとあきらめるが、私としては、もう十分に命は奪ったことだし、別の対価を頂きたいと考えている」


 そう言ってコウはヒーレンに諭すように話す。ヒーレンは得体のしれない奇妙な人間から、不気味な化物へとコウ達の評価を変えていた。相手はこちらの正体を知った上で、倒せると言っているのだ。しかも人間の若者によくあるように、自分を過大評価している感じはしなかった。


「対価に何を望む? 金に関しては最早根こそぎ奪っているだろう」

「確かに、金や貴金属に関しては奪っている。対価というのは情報だよ。君達魔族というのは人族では使えないような魔法を使うことができるし、作ることができないマジックアイテムを作ることができると聞いている。

 実は召喚の魔法というものに興味があってね。最初は全く違った異世界から生物を呼び出すのかと考えたのだが、少なくとも司教が持っているこのペンダントで呼ぶ神徒は違うらしい。だが、元となった何かがあるのではないかと思ってね」


 ヒーレンはコウが聞きたいという情報をどうするか迷っていた。確かに神徒を召喚するという魔法には、元となったオリジナルの魔法が存在する。だがそれは伝説のたぐいで、しかも王族以外は軽々しくしゃべってはならないものだった。ヒーレンが知っているのは姫の側近として長く仕え、そしてあのマジックアイテムを作成するのに必要と姫が考えたからだ。この様な正体不明の者たちに軽々しく話してよいものではない……はずだった。


「貴様の言う通り、元になったものはある。だがそれは魔族ですら数千人規模の死者を出さねばならないような膨大な魔力を消費するものだ。伝説では遥か昔にこの世界を支配していた大魔王様だけが使えたと伝えられている。だが、それに使う魔法陣や魔法論などは残されている。そのペンダントはそれを大幅に劣化させて、あらかじめ作っておいた魔法生命体を呼び寄せるものだ」


 自分は何をペラペラとしゃべっている? ヒーレンは自分でも、自分が信じられなかった。


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