第285話 シリウス号探索前夜

「どうやら新しい二つ名を得たようですね」


“幸運の羽”のメンバーはマジックテントの中でくつろぎながら、ダラグゲート軍とノバル軍の戦いのダイジェストを見ていた。


「ペテン師よりはましかな。しかし元魔王に悪魔と言われるとは思わなかったな」


 コウは澄ました顔でユキの皮肉にそう答える。


「そりゃあ、数はともかく、魔族の戦士階級はこの2回の会戦でほぼ全滅だろう。悪魔と呼ばれるさ」


 サラがダラグゲートに同情したように言う。ただそう言っているサラも両会戦合わせて30万人近い魔族が死んだことに驚きはしない。その程度の死者は元の世界では、小競り合い程度とまではいわないが、ちょっとした戦いでは当たり前の死者数で、コウ達の感覚からしたら大した数ではないからだった。


「そうかね? まあ、今更善人ぶるつもりはないが、魔王に悪魔と言われるのなら、天使のような性格とは言えないかな」


「宗教によっては人類を絶滅させる残酷な天使もいますから、あながち間違ってはいませんね」


「いやいや、これで魔族の脅威が格段に低下したのだから、人間族にとっては天使のようなものだろう」


 いつものようにコウとユキが軽い言い合いをしていると、マリーが疑問に思ったことを聞いてくる。


「ところでコウは地上戦の経験があるんですの? それとも士官学校の基礎訓練か何かでそういうのがあるんですの? 卑劣……こほん、このような極めて悪質……いえ、有効な作戦を何処で教わったのですの? 流石に全くのゼロからではないですわよね」


 マリーの情報では、コウはの経歴は宇宙軍のみの経験しかない。地形を利用した作戦など何処で知ったのかが疑問だった。


「地上戦は全く無いわけではないといった程度かな。地上の都市を制圧する必要があった時もあるからね。だが大部分の知識や発想の元は、ユマール騎馬王国でダンジョンを作った時かな。あれはなかなか有意義な時間だったよ。落とし穴に無限の可能性を感じたね。他の罠も良いが、落とし穴は重力下特有のものだからな。君達は途中参加してなかったがね」


「ああ、あれが元ですの……」


 罠に掛かった者を肉体的に傷つけるというより、心を傷つけるというものを延々と考えて、作ったダンジョンである。サラとマリーは早々に考えるのを止めたが、コウのみならずユキも楽しそうに考えていた。その姿を思い出し、マリーは敵対した魔族に同情する。そして同様に幾ら巨額の財宝があると言っても、あのダンジョンに挑む者達にも同情する。きっと元の性格には戻れないに違いない。


「さて、邪魔が入る心配も無くなったことだし、いよいよ明日はシリウス号の中を探索だ。心が踊るな」


 コウはこのままの流れでは、大して愉快な話にはならないと思ったのか、話題を変える。復元前までただの土の塊のようにしか見えなかったシリウス号だが、今はかなりの部分を復元され、ちゃんと宇宙船に見えるようになっている。消失した部分の中で設計図にある物はとりあえず外見だけ作成して、修復していた。学術目的ではないので、そこだけ新品の部品のままにしており、かなり継ぎ接ぎ感がある。


「まさか、あたい達に分からないような罠を仕掛けてるんじゃないだろうな?」


 サラが疑わしそうな目でコウとユキを見る。先頭に立って進む割合が高いだけあってか、その辺りを心配しているようだ。


「いや、流石にそんな無駄なことはしない。何かそれで面白いことでも起こるのなら話は別だが」


「可能性があるじゃないか!」


 サラがちょっとむくれて言う。


「そんなに期待してたのなら、ちょっとわなを仕掛けても良かったかもな。だが、今回はそんなことはしてないから安心したまえ」


 シリウス号は昔一般的だった球形の宇宙船だ。直径は1000m、2万年前の船としてはかなり大きな部類に入る。中は多くの階層からなり、ちょっとした都市のようになっていることが分かっている。動力源については予想した通り外されていた。近くにも痕跡が無かったことから、やはり移動した時に持っていかれたのだろう。

 第1の目的場所はやはりブリッジだ。遠隔操作では中の構造が分からない箇所が数カ所あった。変なことをして壊してしまっては元も子も無いので、そこに直接行って調べるのが明日の任務だ。

 後は責任者の部屋に行きたいのだが、如何せんこの時代の航行中にだれが責任者なのかが記録には無かったので、何かありそうな部屋は総当たりというのが少しもどかしい。普通に考えれば船長が責任者なのだろうが、この船は都市機能を有しており、そこで政治も行われていたし、犯罪者に対する裁判も行われていたようだ。調査という名目もあったため、科学者たちのトップもいる。そもそも部屋が広いからと言って、お偉いさんの部屋とは限らない。

 船長をはじめとした船員たちの部屋のデータは勿論あったが、その他は無かった。なのでどう割り当てられたかは不明だ。それに、一般人だからと言っても選抜された者達なので、もしかしたらお偉いさんより何か気付いたことがあって、それを記録に残していたとしても不思議ではない。

 データキューブの反応は複数カ所ある。これも、何か仕掛けがある可能性があるため、極力現状維持にしている。誰でも個人的に見られたくないデータの一つや二つはあるだろう。万が一、何かの拍子にすべて削除されたら目も当てられない。

 といったように、極力現状維持に努めているので、サラを罠に嵌めてからかう余裕は無かった。


「まあ、流石にちょっとしたことが、大変なことになる可能性があるところでふざけた真似はしないさ」


 自分の運の無さにはちょっとした自信がある。寧ろ用心に用心を重ねるべきだろう。幾ら薬で体調を整えられるとは言え、最初から万全の体調で挑むのがベストである。

 コウはグラスに入った酒を飲み終えると、名残惜しそうに瓶をしまって早めに就寝した。

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