第241話 エスサミネ王国攻防戦(決着)

 会戦が終わった後のリューミナ軍への王都への入場は呆気無いほど簡単だった。殆どを引き上げさせたとは言えそれでも5万を超える軍勢が王都周辺に待機していた。元は一貴族の領都に過ぎなかった都市の人口を超える規模の人数だ。

 城門は開け放たれ、降伏旗が掲げられている。会戦の結果は既に人々の知るところであった。いつもは賑やかな大通りも誰も通るものはおらず、店も開いてない。時々外を見る人々はみな不安そうな顔をしていた。それも仕方の無いことだろう、今まで無敗を誇った騎士団が敗れたのだ。人々は圧倒的な国力差を漠然と知ってはいたが、それでもなんとかなるのではないかと、淡い期待を抱いてもいた。だが、奇跡は起きなかった。いや、正確に言えば奇跡は起きた。だが、それでも勝てなかったと言うべきだろうか。

 エスサミネ王国軍の死者約5千人に対し、リューミナ王国軍の死者は2万人を超えるという数だった。負傷者は数倍にも上る。少数で挑んだにもかかわらず、キルレシオは驚くべきことに1対5以上だった。局地的には壊滅した部隊もある。戦術的には満点以上の戦績だろう。こと、フェローが率いた軍団においては、死傷者の数が軍団の3分の1にも及んだ。通常なら敗走するような被害である。正に奇跡と言うほかないような戦いだった。

 だがそれでも、それに耐えきるだけの兵力を送り込んできた、リューミナ王国の戦略が勝敗を分けた。小細工無しの力押し。もしリューミナ王国が5倍程度の軍で侵攻していたら負けていたのはリューミナ王国の方だったろう。10倍でも怪しい。だが、それ以上の兵力を送り込んだのだ。戦略の勝敗は戦術では覆せないということの証左だろう。


 リューミナ王国軍が大通りを堂々と城へと向かって進んでいく。流石に全軍を街の中に入れることはできないため、選抜された者だけで街に入るがそれでも3千という数である。少数ではあるがクレシナを筆頭としたエスサミネ王国軍の者もいる。

 流石に汚れた格好ではなく、小奇麗な恰好をしていて、縄につながれているわけでもないが、武器も持たず、鎧も着ていないその姿と、沈鬱な表情はエスサミネ王国軍の敗北を物語っていた。


 フェローが開け放たれた城門から入城すると、そこには跪いたモーヴァンと重臣達がいた。


「フェロー殿下。全ての責は私にあります。貴国は無抵抗で降伏した者には寛大な対応をされているとお聞きしております。この度、抵抗したのは私の命によるもの、何卒私一人の命でもって償わせていただきたく」


 そう言ってモーヴァンは深々と頭を下げる。


「それはここで答えるのは難しい問題だよ。残念ながらはっきりとした約束はできない。ともかくこれ以降協力を約束してくれるのなら、父上に口添えぐらいはしよう」


 リューミナ王国は無抵抗で降った処には、その降った領土を丸ごととまではいかないが、ある程度残しており、更に降った者の命も奪っていない。そしてそこをそのまま治めさせている。ただ、抵抗したものは、それなりの処罰を与えていた。それは当主および主立った一族や重臣の処刑や幽閉も含んでいる。それでもこの世界の基準で言えばだいぶ甘い処罰ではあったが……


「それで十分でございます。感謝いたします」


 そう言ってモーヴァンは更に深く頭を下げる。


「ちょっと父上と相談したいことが幾つかあるからね。落ち着いた一人きりになれる部屋を用意してくれないかな」


「そ、それは構いませんが……私の城でよろしいのですか?」


 モーヴァンは驚いた顔をする。降伏したとはいえ、先日まで戦っていた国の城の中で一人になるというのだ。どんな罠があるかもしれないというのにだ。だが、モーヴァンは何処かしら目の前の男に、妹と似た雰囲気をかぎ取っていた。飄々としているようだが、恐らく城に残ったものが束になっても敵わないのだろう。唯一妹を除いては。


「テントの中じゃ、寛げないしね。これでも父上と話すときは結構緊張するんだよ。せめて落ち着いた部屋で話したいんだ」


 敵だった者の城の中で寛ぐことができるというのも驚きだったが、その王太子をもってしても緊張させるというレファレスト王に、モーヴァンは畏怖を覚える。


 元は一貴族だったとは言え、辺境伯となれば城の中に密談専用の部屋ぐらいはある。モーヴァンはその部屋にフェロー案内する。フェローは部屋の入口に護衛を5人立たせると、中へと1人で入っていった。


 フェローは部屋の中に入ると早速遠見の鏡を使い、レファレスト王と連絡を取る。


「会戦の大体の結果は聞いている。改めて報告するとは、何か手に負えぬことでも起きたか?」


「手に負えぬことと言いますか、判断に迷いまして……クレシナですが私の手に負えないほどに成長していました。まあ、兵力に物を言わせて捕えることはできましたが……で、クレシナ本人ですが、婚姻には前向きです。但し、私の側室希望ですが……」


「ほう、正室ではなくそなたの側室を望むとな。冒険者をやっていた時に誑し込んでいたか?」


 レファレスト王は鏡の向こうで楽しそうにそう言う。


「そんなことはしてませんよ。これでも女性関係には気を使ってたんですよ。クレシナの場合は考えが完全に武人なんです。自分より強い者と結婚したい。逆に強ければだれでも良いんでしょうね」


「ふむ、一概に決めつけることは無いと思うが……側室で良いなら何も問題あるまい。そなたもそろそろ側室を取って欲しかったところだ。彼女も夫の寝首を掻くような者ではあるまい。娶ればよいではないか」


「その場合。モーヴァン王の処遇はどうしますか? 処刑や幽閉などしたら、彼女に恨まれかねませんよ。寝首はかかれないかもしれませんが、万全の状態で決闘なんかを申し込まれたら勝てませんよ。かと言って、我が軍にこれだけの被害を出させたエスサミネ王国の王を何も処罰無しでは、他の国に示しがつかないでしょう」


 フェローは困ったという風に肩を落として尋ねる。だがレファレスト王はさして困った顔をしていなかった。


「丁度良いではないか。側室になったものの兄として、命だけは助けて、幽閉ということにすればよい。勿論形の上で不自由な暮らしをさせるつもりは無いがな。私は彼女よりも兄の方が欲しかったのだよ。後10年鍛えれば、有能な宰相となれる器であると考えているからな」


「それでは、我が国を侮って反乱を起こす者が出る可能性がありますよ」


「それこそ、兄を人質に取った形で、クレシナに討伐させればよい。一度降っておいて我が国に反逆するということがどういうことになるか思い知らせることができよう。我が国にこれだけの被害を与える将だ。我が国を侮って起こす反乱軍などには負けはせぬだろう。そしてその功をもって、兄に恩赦を与えれば、兄の方も表立って使うことができるようになる」


 レファレスト王の返事を聞いて、フェローは、はぁーっ、と大きなため息をつく。


「何もかも父上の掌の上ですか……もしかして、この被害の大きさも計算して起こしたものですか?」


「馬鹿なことを言うでない。良いか、冗談でも国に尽くす兵士を駒のように思ってはならぬ。たとえ実際には駒として扱わねばならないとしてもだ。あれが私のできる一番被害の少ない戦略だったのだ」


 この世界において、平和や命が何よりも尊い、という考えは殆ど広まっていない。寧ろ戦争によって国を豊かにできるのなら、それは良いことであり、それを行える王は良き王だった。末端の兵士など、人とも思わない支配者も少なくないこの世界において、レファレスト王の考え方は異端とも言えた。

 だが、レファレスト王だけではなくリューミナ王国の国王は代々この考えを貫いてきた。それは、何度も滅亡の機に瀕したということもある。ただそれ故にこそ、滅ぶことなく、忠誠心の高い精強な兵を持つことができ、ここまで国を大きくできたとも言える。


「申し訳ありません。失言でした」


 知らず知らず、背筋を伸ばしてフェローは謝罪する。


「まあ良い。そなたの親しいものも死んで、少々いら立ちがあるのだろう。話はこれで全部か?」


「はい。流石に全てを父上に尋ねなければならないほど愚かではないつもりです」


「ならば良い。そなたの手腕を期待している」


 そう言ってレファスト王は鏡から姿を消す。


 エスサミネ王国は滅びた。だがモーヴァン王は、妹を王太子の側室にすることによって命を助けられ、重臣達もお咎めなしになった。その処置とエスサミネ王国との戦いの被害の大きさを見て、リューミナ王国軍は見掛け倒しで、負けたとしても命までは取られることは無い、と侮った諸侯による反乱は起きたが、その者達はことごとく戦場で屍をさらすことになった。その内多くの首はクレシナによって討ち取られたものだった。

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