第120話 魔の森からの帰還

 そう長くはない冬が終わり、暖かくなる頃。どうやら戦争も落ち着いてきたようなので、コウは魔の森を出ることにする。いくら期限が無いとはいえ、そろそろ出ないとまたオーロラが困るだろうというのもある。一応今回は、一々フモウルまで戻るのは面倒くさかったため、魔の森に長期間滞在することは伝達済みである。


「色々やってたら、3ケ月なんて、結構あっという間だったな」


 帰る、とコウが他の者に伝えると、真っ先にサラがそう言ってくる。まあ、元が戦艦のサラとしては、ほぼ毎日戦えたので充実した日々だったのだろう。


「まあ、それは否定しませんわ。ただ、そろそろ街の雰囲気も懐かしくなってきましたわね」


 まあ、マリーの場合は街の雰囲気と言うより、酒場の雰囲気だろう。あの賑やかな中で酒を飲むのが気に入ってるみたいだし、フモウルに着いたらマリーの好みの店で食べることにしよう。


「そうですね。これ程有益なデータが沢山取れたのは、良い意味で予想外でした。モンスターの肉を食べ続けたせいか、この世界の人間の平均並みには、マナも体表の合成たんぱく質内に溜まっています。

 後、一応モンスターの魔石を体内に保管しておけば魔力的には高レベルの冒険者と勘違いさせることも可能でしょうが、どんな不測の事態が起きるか分かりませんので、これはやめておいた方が良いでしょうね。

 ただ残念な事に、あの灰になった敵は結局よく分かりませんでしたが……。一応戦闘力的には、かなり強かったはずなんですけど……。残った灰も酸化カルシウム、炭酸塩などで、人間の灰と変わりませんでしたし……。可能性があるとしたらヴァンパイアは日光に弱いみたいですから、太陽光をたっぷり浴びたあの武器は、致命的な弱点だったのかもしれませんね。ヴァンパイアがもういなかったため、再検証ができないのが残念です」


 ユキがヴァンパイアの件を残念そうに言う。元々数が少ないみたいだし、こればかりは仕方がない。と言うか、現れた時も哀れだったが、最期もあまりにも哀れだったので、正直コウは探して倒す気になれなかった。


 単調な草を刈って進む作業を交代でしながら、魔の森を進んでいく。もう、モンスターは十分に倒したので、わざわざ倒すために寄り道をすることなく、シンバル馬を放したところまで、ほぼ直線に進む。制御チップから送られてきた情報を見る限り、白鳳号も黒竜号も特に問題ないようだった。


 ようやく街道までくると、ズドドドン、ズドドドン、と地響きを鳴らしながら、という表現がぴったりあてはまる、2頭の白と黒の巨大な馬が近づいてくる。知らないものが見たら逃げ出しそうな迫力だ。白鳳号と黒竜号である。馬は近づくと親愛の情を表すためか、寂しかったのか、自分たちに体をなすりつけてくる。中々可愛い奴らだ。

 ちなみにこれは制御チップの影響でそうなったわけではない。ともかく自分達には今のところ絶対服従の態度を示すのだ。しかも賢く、更に自分たち以外に懐く事もない。行く先を指示するのと、今回のように長期間離れている時以外は、制御チップを使う必要すらなかった。盗賊どころか、モンスターに遭遇した時ですら怯えもしなかった。


 自分たちが代わる代わる撫でてやると、2頭とも嬉しそうにしている。


「こうやっていると、可愛いですね」


 ユキもそう言って、白鳳号が下げた頭をなでている。白い馬と黒髪の美女が大自然の中で戯れる姿、芸術家が見たら絵を描きたくなるような光景かもしれない。馬が通常の馬より5倍以上も大きく、黒髪の少女が戦闘メイド服というような鎧を装備しており、大自然と言っても魔の森の中というのを除けばだが。


「さてと、そろそろ行くか、フモウルに着いたら夕食はマリーの好きなところで良いぞ。まあ高級住宅街に入れないのでたかが知れているだろうが、金の心配はしなくていい」


 元の世界では一晩に数百万クレジットが飛ぶ店もあったらしいが、仮にそういう店に行ったとしても金貨数枚である。今のコウ達にとって正に端金だった。


「まあ、一つだけ制限をつけるなら、個室でなくても良いから、仲間内で食べられる店って事かな。若い女性や男性が甲斐甲斐しくサービスをしてくれるような店は避けてほしい」


「へえ、コウはそういうの苦手なんだ。意外と|初心(うぶ)なんだ、いや年齢から言って枯れてんのかな?朴念仁とはちょっと違うみたいだし。どうなんだろう?」


 サラが堂々と失礼な事を言ってくる。艦長によってはこんなことを言われたら激怒するだろう。


「本人の前で、失礼な事を言う奴だな。別にそういう理由で避けてるわけじゃない。この世界では知らないが、そういう店はスパイ活動が行われてる可能性が高いからな。特に今まで目立っている上に、一見さんに過ぎない自分たちは格好の餌食だろうよ。

 勿論そういう場所で、重要な事を話す訳ではないが、気にしながら食事をするのは嫌だろう」


「なるほどね。こんなちょっとした事でも考えてるんだなあ」


 サラが感心する。そうだろう。こう言っては何だが、少々君達は私に対する配慮がなさすぎる。別に敬意を抱けとまでは思わないが、普通の人間レベルの配慮は求めても良いのではなかろうか。

 しかし、直ぐにユキの容赦のない補足説明が入る。


「納得しているところに、補足説明をするのも何ですが、少々コウの説明は不足しています。そういう店でスパイ活動が行われているのは事実ですが、分かっているにもかかわらず、なぜそれが無くならないかと言うと、人間には欲望があり、分かっていても止められないからです。

 それが、気になるから行かないという段階で、一般的な基準では、枯れていると言えるでしょう。

 ただコウは軍人としては言うまでもなく、平均年齢としてもかなり高齢なので、精神異常というわけではありません。寧ろ、好奇心という面では、精神的にかなり若いと言えるでしょう。一部にそういった加齢による、意欲の減退は見られますが、総合して考えると、精神面においてかなり若いと言えます」


 最後の方で若干のフォローは入れてあるが、面と向かって枯れてる、と言われて傷付かない人間は少数派だろう。容赦のない、それでもって反論しようのない言葉に、白い灰になってしまいそうな気分だった。

 もしかしたら灰になったモンスターは、肉体的には強力だったかもしれないが、精神的には脆かったのかもしれない。あの時モンスターに投げかけられた言葉も、結構酷かったように思う。何となく灰になったヴァンパイアに共感を覚えてしまう。

 まともに話すことはできなかったが、モンスターというだけで、殺してしまうのは間違っているのかもしれない。次に知性あるモンスターがいたら、話しかけてみるか、そう考えるコウであった。

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