第192話 世間体
「“幸運の羽”の皆さんには娘に続き、邪教の摘発まで協力していただき感謝に堪えません。勿論事後依頼としてギルドに処理をしてもらいます。報酬に関しても規定以上は出すつもりです。余り依頼をしたことがないため、こういった場合どれぐらいになるのか、具体的に分かりませんが、皆さんに恥をかかせるような真似は致しません」
そう言って何度もドレッド卿はコウ達に頭を下げる。
「邪教の件は偶々情報が手に入っただけですのでお気になさらずに。それよりシェトリナ嬢が商会を継げる可能性は無いのでしょうか?」
コウの言葉にドレッド卿は目をつぶり暫く考える。
「私が言うのもなんですが、かなり厳しいかと。実際はどうあれ、海賊に攫われたという事実は社交界において大きなマイナスです。勿論悪いのはデモインであることは分かっています。ですが、世間の目は厳しい。どうしても色眼鏡で見られるでしょう。
私としても娘をそんな目で見るような世界には放り込みたくありません。それに、今から婿を取るとしても、それはこのモンアバル商会のみが目当てで来る婿になるでしょう。それではとても幸せな家庭が築けるとは思えません」
ドレッド卿は残念そうに告げる。自分達とは価値観の相違が思ったより大きすぎたな、とコウは思う。ドッレド卿を説得して済むような問題でもない。
コウ達はドレッド卿に紹介してもらった、この街で最高級の宿に今日は泊まることになった。最高級の宿だけに料理も部屋も豪華なものだったが、料理も酒もいつものように楽しめなかった。
「悩んでいらっしゃるようですね」
ユキが紅茶にマンモスビーの蜂蜜酒とほんの少しのブランデーを入れたものを持ってくる。ここ最近で一番お気に入りの飲み物だ。
「相手が世間体という形の無いものだからな。それに商会を継ぐためには、結婚しなければいけないというのも難しい。遺伝子提供者さえいればどうにかなるような世界ではないのだから、一族に残していくのなら仕方がないのかもしれないが……。ちなみに、この街で商会に興味がなく、シェトリナを好きな男性なんてのは居ないものかね?」
「居ますよ」
「居るのかよ!」
期待して聞いたわけではなかったため、思わずコウはそう声を挙げてしまう。
「今回の教団捕縛の時に張り切っていた兵士ですね。随分と前から憧れの人だったみたいですよ」
「肝心のシェトリナ嬢はどうなんだ?」
「この事件が起きるまでは婚約者がいましたので、結婚対象としては見ていらっしゃらなかったようですが、憎からず思っているようですよ」
「なら結婚についてはあまり問題はないのか」
問題の一つが片付きそうなので、コウは少し気が楽になる。
「明日。シェトリナ嬢にどう考えているか、もう一度聞いてみるか」
「そうですね。色々状況が変わりましたから、心境の変化もあったかもしれません」
コウはそう決めると、残りの紅茶を飲み干しベッドに横たわり眠りについた。
次の日シェトリナ嬢に面会を申し込む。ともかくも命の恩人であり黒幕を捕まえた立役者でもあるので、面会はあっさりとできた。
「やあ、シェトリナ。早速だけど遊びに来たぜ。とは言っても、今日は天気が良いから、街の外に出かけたら気持ちが良いじゃないかと思うんだけど、どうかな」
相変わらずいつの間にか呼び捨てが許される仲になっている。この短時間で大したものだと妙なところを感心してしまう。
「そうですね。あんな事件が起きた後ですから、外出するのは厳しいのですけど、皆さんと一緒でしたら、父も許可を出してくれるでしょう」
シェトリナはそう言って、外出許可を取りに行く。程なくして戻ってきて外出許可が出たことを告げる。今日は自分達の馬は使わず、この屋敷の馬を借りる。シェトリナ嬢自体が馬に乗りたそうだったからだ。
街から出て小さな丘に登っていく。頂上は昔の砦の跡があった。と言っても所々に石積みが残っている程度だ。その一つに腰掛け、亜空間から料理を取り出し、街を見ながら昼食にする。
「収納魔法って便利ですね。私にもそんな才能があったらなぁ」
シェトリナが羨ましそうに自分達を見て言う。
「シェトリナさんはこれからどうしたいんですの?」
「そうですね。多分妹が商会を継ぐことになるでしょうから、裏方で手伝っていけたらな、と考えてます。あ、裏方と言っても、華々しくないというだけで、商会にとっては重要なんですよ」
そういうシェトリナは治療のかいもあってか、強がっているようには見えない。
「それに、父にはまだ内緒ですが、昔から少し気になる男性はいるのです。相手がどう思っているのかまでは分かりませんけど。事件がおきるまでは婚約者がいましたので、気にしないようにしていましたけれど、婚約は白紙になりましたし、ある意味本当の自分の気持ちに気付けたかな、とも思ってます」
結婚についてもシェトリナは前向きなようだ。
(念の為に聞くが、変なマインドコントロールなんかしてないよな)
(勿論です。寧ろ治療としては最低レベルです)
(ならば、今は余計なことをしない方がシェトリナ嬢のためか)
(そうですね。現状それが最も適切な行動かと)
コウはユキと思考通信でやり取りをし、これ以上のモンアバル家への介入を止めることを決める。形の見えない世間体というものにコウは敗北した。
後書き
シェトリナ嬢のその後については、その内に外伝で書く予定です。ちなみに私は今のところ、ハッピーエンド以外書くつもりはありません。
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