第175話 ルカーナ王国VSエスサミネ王国

 エスサミネ王国の王城、と言っても元々は辺境伯の城なので、豪華絢爛さは無い。ただ、国境を任されるだけあって堅牢な城だった。その城の執務室の中で兄妹が話し合っている。モーヴァンとクレシナだった。


「ルカーナ王国軍が我が国に向けて進軍中との情報が入った。我が国は表面上は人口700万を超えているとはいえ、元ヴィレッツァ王国には期待できず、我が国に与した諸侯も様子見をしている者も多い。今動かせるのは、クレシナの率いる騎士団だけだ。対するルカーナ王国はレッドータ大公の下、結束している。レッドータ大公本人は王都から動いてないが、代わりにロモンズ侯爵が率いる兵力は5万を超えるそうだ。勝てそうかな?」


「正攻法では無理でしょうね。ですが、ここで勝たねば、ヴィレッツァは再び独立し、諸侯も離反し、我が国は滅ぶでしょう。兄上を王として立たせて間もないうちに、むざむざと殺させるような真似はさせませんよ」


 少し心配げに語るモーヴァンに、クレシナは安心させるように答える。


「その言葉を聞いて安心した。クレシナがそう言う以上僕はそれを信じるだけだな」


「ご謙遜を。騎士団を丸々残していただいたこと、感謝しております。本来なら国内をおさえるため、一兵でも欲しいところでしょうに」


「それくらいは僕でもできるさ。逆に騎士団以外の全兵力を預かったんだ。これで諸侯を抑えきれないほど無能じゃないつもりだよ」


 そう言って、モーヴァンはコーヒーを飲む。コーヒーは他の地方でも採れるが、この地方のものは質が良く、特産品となっていた。モーヴァンはそのコーヒーが好きだった。


「この戦が終われば、ある程度国内は安定するでしょう。その時には兄上にはコーヒーではなく酒を浴びるほど飲んでいただきましょう」


「やれやれ、酒はあまり得意じゃないんだが、その時の飲む酒は美味そうだ」


 モーヴァンとクレシナは笑いあう。とても10倍する兵を迎え撃つ国の国王と騎士団長とは思えない風景だった。



 平地を整然とした軍隊が進んでいる。僅か数か月前に大敗したルカーナ王国軍とは思えないような練度だ。それもそのはず、この軍は、諸侯が自前で訓練してきた兵士ばかりである。ロモンズ侯爵率いる軍はこれまで抵抗を受けることなくエスサミネ王国の領内まで侵攻していた。


「止まれ。本日はここで野営を行う」


 ロモンズ侯爵の号令が発せられ、軍は野営の準備をし始める。その間にロモンズ侯爵は斥候の報告を受ける。


「ふむ。ここから10㎞先の砦に立てこもっているか。まあ、兵力差が10倍もあれば防御に徹するしかなかろうな」


「反乱軍は騎兵が主体とのこと。それで、砦に立てこもるとはいやはや、とても数日でヴィレッツァ王国を攻め落としたとは思えぬ用兵ですな」


 ロモンズ侯爵の言葉に副官が答える。


「ヴィレッツァ王国に対しては運よく隙を突けたのであろうよ。だが運頼みでは限界があるということだな。ヴィレッツァ王国と違い、今回は我々が攻める立場だ。城攻めは5倍の兵が必要だというが、我々は10倍だ。兵も臨時に徴兵したものではない。幾日持つかというところだろうな」


「砦を無視して先に進むという手もありますが」


「それこそ敵の思うつぼだろう。敵の主体は騎兵ではないか。これ以上進めば反乱軍は兵をかき集めてでも抵抗してくるだろう。そんな雑兵に負けるとは思わんが、その時後方を騎兵に襲われたら厄介だ。反乱軍はそれを狙っているのかも知れんがな」


 ロモンズ侯爵がそう言うと、副官も頷く。ルカーナ王国はエスサミネ王国を認めていない。なのでただの反乱軍と呼んでいた。ただ、ベシセア王国に向かった時のように油断はしていない。斥候を出し、状況を把握し、兵站もきっちりそろえている。常識で考えればルカーナ王国軍の勝ちは間違いないと思われた。



 ルカーナ王国軍から少し離れた森の中を騎兵が静かに進んでいる。エスサミネ王国の騎士団だった。


「騎兵で森を通過し、奇襲をかけるなど、戦の常道からかけ離れること甚だしいですな」


「常道で勝てれば、苦労はしないさ。それよりも、森を抜ければ一気に行くぞ。脱落者が出ないよう各自気を付けよ」


 クレシナは副団長に笑って答える。クレシナは日が暮れると、砦の抜け道を使い、抜け出し、あらかじめ森の中に隠していた馬に乗って、森の中を進んで奇襲をかける作戦を立てた。

 騎兵の武器は機動力にある。それを生かせない森の中は、本来なら避けねばならないことであった。しかも夜間の移動である。幾ら月明かりがあるとはいえ、通常なら無謀ともいえる作戦だった。そんな条件にもかかわらず、エスサミネ王国の騎士団は脱落者もなく進む。恐るべき練度と言えた。

 そして、ルカーナ王国軍の間近まで森に隠れて進むと一気に突撃を掛けた。



「敵襲!」


 見張りの兵が、叫び声を上げる。だが、その頃にはもう目前までエスサミネ王国の騎士団は間近にせまっていた。ルカーナ王国軍とて油断していたわけではない。奇襲を警戒して、森から1㎞は離れたところに陣を構えていた。そこまで離れていれば、森から奇襲をかけられたとしても十分対応できる。ただし、それが歩兵ならばだった。


「抜剣! 蹂躙せよ!」


 クレシナの合図の下、騎士団はルカーナ王国の本陣に向けて突撃をする。元々砦方面に厚く兵を配置していたこともあり、あっという間にルカーナ王国軍は本陣まで攻め込まれてしまう。ロモンズ侯爵が武器を構える時間を作るのが精いっぱいであった。


「ロモンズ侯爵とお見受けする。貴公に恨みは無いが、その首頂こう」


 ロモンズ侯爵が馬に乗ると、その前には碧い鎧を着た女性が馬に乗って待ち構えていた。クレシナである。


「おのれ! 小娘が!」


 ロモンズ侯爵は怒りで顔を真っ赤にし、クレシナに切りかかる。ロモンズ侯爵は遠征軍を任されるだけあり、ルカーナ王国でも指折りの剣術を誇っていた。但し、あくまでも貴族内において。

 クレシナは1合目でロモンズ侯爵の剣を叩き折り、2合目で首を刎ねる。確かにロモンズ侯爵は1対1でオーガと互角に戦えるほど強かった。だが、クレシナにとっては、所詮はオーガ程度、地竜とは比べようも無い強さにすぎなかった。

 本陣が落とされた後の戦いは、エスサミネ王国軍の、正に蹂躙と呼べるものだった。


 こうして、ルカーナ王国のエスサミネ王国への討伐軍は瓦解した。エスサミネ王国は国境線を確立し、ルカーナ王国は離反者が増え、さらに版図を狭めることとなった。


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