第15話 ショッピング

  “夜空の月亭”はメインの大通り沿いにある。ギルドからメイン通りを街の中心に向かって歩くと5分ほどで着く。石作りの4階建てでこの街では一番とは言わないまでも、かなり高級な宿だ。ドアをくぐるとすぐにカウンターがある。1階は基本的に食事処になっているようだ。奥に上に上がる階段がある。


「いらっしゃいませ。ようこそ夜空の月亭へ。わたくしは受付のセラスといいます」


 丁寧に受付嬢があいさつをしてくる。


「本日はどのようなお部屋をお求めですか」


「4人が泊まれる部屋で、リビングが1つ、浴室と洗面所が別になっている所が良いが、空いているだろうか?」


 コウは受付嬢のセラスに条件を告げる。


「それですと最上階の部屋のみになります。空いていますが、1泊朝食付きで銀貨10枚ですが、よろしいですか」


 予定通りの金額なので、問題はない。コウは軽く頷く。


「初めての方、冒険者の方は、失礼ですが前金となっております。これもよろしいでしょうか」


 これも問題はない。コウは再び頷く。


「とりあえず、10泊、同じ部屋で泊まりたい」


 そう言って、金貨を1枚懐から取り出してカウンターに置く。


「では、403号室にございます。外出されるときは鍵をカウンターに預けてください。また日没より、鐘5つ分の時刻になりますと閉館されますので、出入りができません。ご注意ください。開館は鐘が1回鳴る時です」


 簡単な注意事項を述べて、セラスが金貨と交換に鍵をカウンターに置く。コウ達はカギを受け取って部屋へと向かった。

 403と書いてある部屋を開ける。すぐにリビングがあり正方形のセンターテーブルと、1人掛けのソファーが4つそれぞれの辺に並べられている。奥の窓は出窓になっている。メイン通りに面した部屋で窓の下から、道を歩く人が見れる。寝室は2つ、ベッドが2つずつ置いてある。浴室と洗面所も別である。

 4人はリングをいじり軍服に着替え、ソファーに座る。


「さて、これから食事だが、その前に普通の服が必要だな。だが服を買いに行くのにまた注目を集める。中々の難題だ」


 コウ達は宿に来るまでの間武器は収納していたが、それでも注目を集めていた。


「1着だけ、この世界の標準的な普段着を合成しましょう。後はその服を着て、服飾店である程度量を買えば疑われることはないと思います」


「まあ、妥当な案かな。では各自行動を開始するように」


 コウはこの街で一般的と思われる服の画像データを船に送る。1分もしないうちに服が亜空間内へ収納された信号が入る。リングを操作して転送されてきた服に着替える。

 コウの服はベージュのシャツにブラウンのベスト、黒のジーンズのようなズボンである。他の3人は、ユキは上は基本コウと同じくベージュのシャツだが女性の服らしく所々にフリルがついている。下はくるぶしまである黒のロングスカートだ。サラはベージュのタンクトップに濃いブルーのジャケット、ワインレッドのホットパンツだ。ブラウンのロングブーツを履いているため肌の露出は意外と多くはない。マリーは若草色のワンピースに白いハイヒールを履いている。

 この世界では模様の入った服は高級品であり、一般人は単色の物を着用しているようだった。それぞれ外見は普通の服と変わらないが、すべて特殊金属繊維で作成された服である。並大抵の攻撃では小傷さえ与えることはできない。だが、偽装のため少し使用感を出していた。


「では、出かけよう。“腹ペコ穴熊亭”の前に服飾店があったから、ダミーのためにいくつか買っておこう。但し購入に長時間かけるのは許可できない。各自質問は」


 コウは3人を見渡し、無いことを確認して、部屋を出た。

 まずは服飾店へ向かう。これも大通りに面しており、この街では比較的大きな店で女性用の服飾店と男性用の服飾店が並んでいる。ただ、大衆的な出来合いの服をメインに扱っている店でいわゆる高級店ではない。


「とりあえず分かれて選ぼう。お金は一括で私が払う。店員さんにはそう伝えて、私が来るまで待機しておいてくれ」


 そう言って、コウは男性用の服飾店の方に、ユキたち3人は女性用の服飾店に入る。本来なら女性の服選びというのは時間がかかるものだろうが、ユキたちはAIである。重要な戦術級の判断ならともかく、服の選択など、人間が1日かけて悩む量の思考を1秒もかからずに終える。実際コウが10着選んで入ってきたときには、3人とも選び終わってレジのところで待機していた。

 店の主人は大量に売れたせいだろう、もみ手をしそうなほくほく顔をしている。


「お買い上げありがとうございます。全部で35銀貨です。“夜空の月亭”にお泊りとお聞きしております。配送料はサービスさせていただきますよ」


 コウは言われた通り銀貨を払う。コウの分と合わせても銀貨40枚にもならない。内心小躍りしたい気分だった。出来合い品とは言え、天然素材を使った職人の手作り品が自分の分も合わせて40着である。もし帰る事が出来てオークションにでもかければ、少なくとも給料5年分、うまくいけば10年分ぐらいにはなるだろう。大事に保管しておかなければならない。

 コウは上機嫌でメインの目的地である“腹ペコ穴熊亭”へと向かう。この店は大通りから少し外れたところにあり、鍛冶工房、木工工房、繊維工房などの工房が並ぶ地区に近い。店についたときに丁度10回鐘が鳴る。

 店の中はカウンターが10席、4人から6人が座れるようなテーブルが3席、2、3人が立って食事をとれるようなテーブルが5つある。もうすでに満席だったが、幸運なことに到着した時に丁度4人が座れるテーブルが空く。客層は殆どが肉体労働者系の男で、女性もいるが冒険者のようだった。

 コウ達が入っていくと、それまで騒がしかった店内が静まり返っていく。あちらこちらから小声で、なにもんだあいつら、と詮索する声が聞こえる。視線が集まって居心地が悪いが、だいぶ慣れてきたので昨日ほど不快には感じない。服を替えたせいか、突き刺さるような視線が少ないのも要因だろう。

 コウ達はテーブルに座ると、早速料理を選び始める。


「私はマヤメの塩焼きが良いです」


 真っ先に魚が食べたいと言っていたユキが言う。大きさは20センチほどの川魚で、この街の付近の川でも釣れるが、基本的に山の方で釣れる魚のようだ。養殖もされているようで、この店で出されているのは養殖された物だろう。輸送の関係だろうが、天然物だと5倍ほど値段が高いようだ。この手の店では出していない。


「私はビーフシチューとパンかな」


 コウは昨日食べられなかったシチューとパンを頼む、ちなみにこの世界で牛と呼ばれる家畜は六本足で体も大きい。ただ外見上の違いはそれぐらいで、おおむね元の世界の牛と似ていた。


「あたいは、ホーンラビットのチーズ焼きが食べたい」


 ホーンラビットとは名前の通り、額に角が生えたモンスターである。元の世界のウサギより凶暴で体もでかいが、ランクの低いモンスターであり、肉がおいしいのに加え、角と皮が素材として使える、ランクの割には高く売れるため、低ランク冒険者にとって文字通りおいしい獲物のようだ。


「私は特にないので、皆さんのをちょっとずつ分けていただけたらと思いますわ」


 確かにちょっとずつ食べればコース料理を食べた感じになるだろう。とりあえず2人前ずつとエール酒を4つ頼む。足りなかったら後で頼めばよい。

 エール酒が運ばれてきて昨日のように乾杯をすると、最初にビーフシチューとパンが運ばれてくる。結構大きめの鍋ごとテーブルの上に置かれ、ちゃんと皿も4つ運ばれてくる。パンは2個置かれるが、1個が人の頭ぐらいの大きさがある。

 ビーフシチューは肉がたっぷりだ。というか肉だけで200~300gはあるんじゃないだろうか。昨日の串焼きぐらいの大きさの肉が1人につき5個ぐらいは入っている。噛むとよく煮込まれていながら、肉の味を失っていない。以前食べたビーフシチューとは違う味だが、断然こちらの方が美味い。

 次にマヤメの塩焼きが運ばれてくる。こちらは2匹だったので、ナイフで半分にし4人で分ける。淡白な白身の味を塩が引きたてている。

 結構、ビーフシチューとパンでおなかが膨らんでいたのだが、最後にホーンラビットのチーズ焼きが出てくる。2㎏はあろうでかい肉の塊だった。え!1人前1㎏なの、と思ったが、昨日よりましである。濃厚なチーズの香りが食欲をそそる。惜しむらくは香辛料が使われていないことだろうか。

 全員綺麗に運ばれてきた料理を食べ終わる。追加はさすがに頼む気にならなかった。料金は4人で銀貨1枚にも満たない。予算の範囲内で規定カロリーでなおかつ量のある食事を用意するのは大変なんだよ、とかぼやいていた士官学校の食事担当員、土下座しろ。今から考えたら、安いフードカセットを大量に型落ち品の調理機にぶち込んでただけだよな。


 4人とも今日の食事にも満足し、宿に戻っていった。

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