第276話  エルフとの戦争の終戦






「──────見せてよッ!アンタの力をもっとさぁッ!」


「……やりづらいですね。空間魔法を使う方の相手は」




 虹の眼には空間魔法で転送させようとする力がはっきりと見えている。立派な山1つを丸々転送できるならば、ヴェロニカを地中深くに転送することも可能かもしれない。もしそれをやられたら死ぬだろう。窒息死による死。


 どれだけ攻撃力が優れていても、腕を引くための空間がなければ何もできない。そのためどこへ跳ばされるかわからない魔族からの転送は受けてはならない。


 近づこうにも他者やものに対してのみならず、自身の転移もノーモーションで行える。凄まじい練度の使い手だ。あまり言いたくないが、アーラの空間魔法よりも数段上手だ。


 それに、攻めあぐねているのはなにも転送を恐れてだけではない。背後に居るアーラのこともある。今はヴェロニカに魔族が集中しているのとアーラ本人が死にかけている事もあって見逃されているが、彼女はもう限界だ。




「ほらほらぁ!転送しちゃうよ?海の底?地底?見上げても見えないくらい高いところからなんてどーお?お好みは?」


「あなたの首をもらえればそれで満足ですよ」


「それはそれは……高い買い物になりそうだね?アンタに買えるかな?」


「買いませんよ。毟り取ります」


「こわーい。けどさぁ──────庇いながらいつまで保つかな?」


「……っ!」




 やはりアーラを庇っていることがバレていた。いや、これだけあからさまに動いていてバレない方がおかしい。言動からテンションが高く、冷静さを失っていると思えばこの魔族、抜け目がない。


 ヴェロニカが確認のためにアーラの方へ目を向ける一瞬の、ほんの刹那の隙をついて兵士が持っていた剣が転送されていた。振り向いたヴェロニカの目先に跳んで来ていたそれを間一髪のところで避けることに成功する。


 頭を仰け反らせて回避した。その際に顔を覆う薄黒いベールが斬り裂かれた。またヴェロニカの転送をされそうになったのでその場から一瞬で移動して演算を狂わせて転送を無効化する。それを数度行って転送による追撃がなくなるとヴェロニカも足を止めた。しかしそんな彼女の足元にぱたぱたと何かが垂れ落ちる。




「傷負っちゃったね。目じゃないのは幸いだろうけど、鬱陶しそうだね?」


「……こんなかすり傷は傷の内に入りません」


「でしょうね。けどいいの??」


「問題ありません」




 ベールの下の美しい顔が晒される。そして左目の上。眉毛の少し上の額あたりに切り傷ができており、そこから流れ出る血が目の中に入ってしまい瞑ってしまう。残されているのは右目。しかしこのせいで視界の半分が遮られてしまった。


 眼球に傷はついていないが、血のせいで目を開けられない。面倒なことをと思うが口にしない。弱気にもならない。完全に視界を奪われるよりはマシだ。それに血が固まれば目を開けることができるようになる。それだけの時間を少し稼げばいいだけ。まあその前に、倒すつもりではあるのだが。


 その場ですぐにしゃがみ込んで足の筋肉を力ませる。足元の地面を粉々に砕きながらその場から消える。また急接近かと思い身構えた魔族だったが、すぐには来なかった。その代わりに凄まじい速度で周りを走り回っている。


 目で追うのも難しい速度に舌を巻きながら目を動かしてどうにか捉えようとする。ヴェロニカの質量については演算の使い回しで構わない。あとは場所の座標さえどうにかできるならば転送できる。




「──────ッ!?」


「こっちですよ」


「ぐ……ッ!!」




 目を凝らしている途中で飛来するものを感じ取った。向けられたのは背後から。目視し、物質の大きさを確認して演算しないと転送できないため振り返って確認した。それは石で、拳大のもの。ヴェロニカではなかった。


 違った。コレは囮。その瞬間魔族は空中に転移した。しかしそれでも作ってしまった確かな隙。一瞬のことだったが、アーラのことで振り返って負傷したことのお返しとでも言うように、ヴェロニカは振り返った魔族の背後、空中から速度そのままに突っ込んだ。抉り込むように魔族の脇腹に拳を入れた。


 ミシリと音が鳴りながら、魔族は吹き飛ばされていく。しかし転移をして勢いを殺すとヴェロニカから少し離れた位置に佇む。ごぼりと口から血を吐き出したが、手の甲で拭うと目を細めた。




「ふふ……血を流すなんて久しぶり。ウチ自身の転移すら間に合わない速度。よくもまあ人間の身でそんな速度が出せるもんだね」


「……空中だったせいで効きが甘いですね」


「それに『来る』って思った場所だけを魔力で思い切り守ったし、滑り込みで最大防御魔法をめちゃくちゃ30の防御魔法陣重ねがけで展開したからね。どうにか最小限で済んだよ。むしろこれだけやってこのダメージとか信じられないかな。……アンタのその武具からはえぐい魔力を感じるし、それを使ってアンタの肉体をしこたま強化してるんだろうけど、所詮はそれだけ。魔力に任せた攻撃はできないし、アンタの肉体をそれ以上強化することもできない。空中なら威力を激減させられる。さっきの攻撃でこのダメージなら、ウチを倒しきれないよ。火力不足だね」


「火力不足……ですか」




 仕方ありませんね。博打はあまり好みではないのですが……と、口にして両手を合わせた。祈る姿勢に入ると、ヴェロニカが身につけているガントレットから魔力が溢れ出す。その魔力量に魔族が後ずさった時には儀式が始まっていた。




「──────しゅよ。我が信仰する大いなる主よ。願い奉る。我が身に剛力を。我が先に魔の道を指し示し給え。定めし。定めし時間とき。この身を捧げ、与えられし力を返上します──────」


「この魔力は──────」




「──────『犠牲転換サクリファイト』……『無双傅誓むそうてんせい』」




 祈りが聞き届けられた。ガントレットの両の手のみに計り知れない魔力が込められている。魔族は触れれば死ぬとさえ確信してしまうほど莫大なそれに寒気がした。一体何をしたというのか。これはヴェロニカが着けるガントレットに唯一備えられた力だ。


犠牲転換サクリファイト』は自身の何らかのものを犠牲にすることにより自身の何らかのものを強化するというもの。この強化上限は定められた時間天井知らずとなる。ただし凄まじい力には代償が必要であり、その代償が大きければ大きいほど、かつ受けられる恩恵が短い時間であるほど強力無比となる。


 今回ヴェロニカが設定したのは1ヶ月の期間に常時ガントレットを展開したと仮定して使用する全魔力。効果時間は3分だ。それにより、3分経ったあと、ヴェロニカは1ヶ月の間ガントレットの展開は一切できなくなる。絶大な力を得る代わりに制約を掛けて犠牲を宿す諸刃の剣。




「空中であろうと、次で確実に仕留めるため──────参ります」


「──────ははッ!できるかなッ!?」




 ヴェロニカが拳を作り、地面に叩きつけた。瞬間、大地は周囲数百メートルに渡り粉々となり巨大な亀裂が走る。尋常じゃない攻撃力。剛力。受ければ先程のように耐えることは不可能。一撃もらうことが死に直結する。


 魔族は大量の冷や汗を流しながら笑っていた。この緊張感。つまらない時間がキラキラと輝いて見えるこの時間が愛おしい。暇を潰すためにこんなチンケなことをしていたが、最初からこうしていれば良かったとさえ思えてしまう濃密な時間。


 周囲の地面が粉々になったことで石礫が中に浮かび上がり、小さなそれらを足場にしてヴェロニカが空中を駆ける。あらゆる全方向から向かってくるのに対して、空中移動の仕掛けを即座に見破った魔族が石礫を転送する。ヴェロニカはさらにそれを見越して、手に持っていた石礫を投擲して違う石礫に当てた。


 石礫は弾かれ、演算が狂う。しかも弾かれた石礫が別の石礫で弾かれ、動き回る石礫の監獄が魔族の周囲に展開された。それらの動きを読んで足場にし、跳び回る。いつどこから来るのかと警戒する一方で時間がタイムリミットへ近づく。


 互いにベストのタイミングを探り、ヴェロニカが動いた。右サイドから詰める速攻。接近して拳をぶち込み殺す。狙いは1つだけ。速度も十分。しかし魔族の転移に方が僅かに早かった。




「……ッく!?ははっ!残念!ウチの方が早かったね!」




「──────でもアタシのこと忘れてたよね?」




「──────ッ!!」




 魔族がハッとしたように声がした方を見る。そこには、血を吐き出し、腹からも出血しているアーラが膝を笑わせながら立ち上がり、それでも笑っていた。盲点。今度こそヴェロニカにばかり集中していた。存在をもう既に忘れていただけあって、アーラは虚をつくことができた。


 転送するのは当然、一撃必殺の矛を手にしている状態のヴェロニカ。拳を躱し、転移で裏を取ったと思っていた魔族の背後に転送されたヴェロニカは、フーッと息を鋭く吐き出しながら限界まで腕を引き、大きく一歩踏み出して腰を使い拳を突き出した。




「が……ッ!?ごぼッ……ッ!?」




「3分経過──────でも終わりです」


「へ、へへ……大人しく、死にかけてた甲斐が……あった……」




 魔族の背中にヴェロニカの渾身の一撃が捩じ込まれた。口から致命傷を思わせる大量の血の塊を吐き出し、殴打の威力によって吹き飛ばされる。砕かれた地面により隆起した岩をぶち壊しながら吹き飛び、やがて止まった。


 ピクリとも動かなくなった魔族の元へ、アーラがヴェロニカを連れて転移する。そこには大量の血を吐き出したまま、拳の威力に負けて殴られた箇所から下の体が完全に消え去っている、仰向けで倒れ伏した魔族が居た。




「ぶッ……ごぼッゲボッ……やる……じゃん……人間……負けた……よ……」


「なんで、あんたはこんな事をしたの。誰も悪くないのに、そのせいでエルフ達は全滅だよ」


「暇……だって……言ったじゃん。それ……だけ……だよ。でも……ふふ……最後は……楽しかった…………なぁ………………────────────」


「……事切れたようですね」


「じゃあ最後は……」




 目から光を無くし、死んだ魔族を見届けたヴェロニカとアーラ。アーラは振り向きながら最後の問題を目にした。視線の先には、エルフ達を蹂躙しておきながら、魔族との戦いには一切干渉せず見ていただけのスリーシャが居る。


 流石にここから戦おうとは思っていない。あれだけのエルフ達を一瞬で殺し尽くした謎の存在は、どうにか殺した魔族よりも余程強大だ。目が合うだけで何度死ぬことを幻視したかわからない。それでもやらないといけないと、アーラは転移でスリーシャの前まで跳ぶと、ゆっくりと跪いた。




「私達に争う意志はありません。『精霊王』よ、我らに温情をお与えください。自然の命を無益に弄ばないことを誓います」


「……そうですか。人間を信じるつもりはありませんが、その誠意は一先ずいただきましょう。他の人間達も降伏を示しているようですしね」




 スリーシャは跪くアーラに言葉を返した。正体を知られていないのが良かったと、心の中でホッとした。リュウデリアからもらった顔を隠すためのローブはこういう時にとても便利だ。顔を見られていないのだから、誰も『精霊王』がスリーシャだと気がつかない。


 さて……と、スリーシャは改めてアーラを見る。彼女は腹部に剣が突き刺さった状態だ。肉体の限界はとうに超えているだろう。そして血を流しすぎている。これ以上は本当に危険だ。今でも苦手な人間が相手なので助けてあげようとは思わないが、これで死なれたらまるで自分が殺したようだ。なので話はもう終わりにすることにした。




「今回は特別に姿を現しましたが、これから先また姿を見せることはありません。しかし、私は自然を司ります。故に自然を通してあなた達を見ていますよ。くれぐれも、くだらない真似はしないように」


「はい。此度はありがとうございました。自然を壊さないことを改めて誓います」


「…………──────」




 スリーシャは緑色の光を発しながらその場から消えた。消えて数秒、跪いたままのアーラだったがようやく立ち上がった。しかし血が少なくて立ち眩みがする。頭を振ってどうにか視界を正常に戻すと、背後からやって来たヴェロニカに笑みを見せる。




「ありがとうヴェロニカ。お陰様で戦いに勝てたよ。途中思わない乱入もあったにせよ、戦争は終わり。お疲れ様」


「お疲れ様でした。アーラさんはゆっくりと療養してください」


「あはは……ありが……とう……──────」




 前のめりに倒れていくアーラを抱きとめたヴェロニカは、思っていたよりも重傷であることに目を細めながら、彼女を抱え込んで急いでその場をあとにする。目指すは診療所だ。本当に急がないとアーラが死んでしまう。


 こうして、魔族の手によって引き起こされたエルフと人間による戦争は終わりを告げたのだった。







 ──────────────────



 魔族


 つまらない。暇。という理由で年単位でエルフを操り戦争を起こした元凶。


 魔水晶クリスタルの魔力のことが頭にちらついたし、大質量の物体の転送を行えば勝てたかも知れない戦いだったが、強敵との戦いを優先して使うことをやめ、正々堂々と戦うことを選んだ。


 魔族の中では中の上の強さ。


 アーラの総魔力の30倍という規格外の魔力を持っているが、魔力だけで誰にも勝てるという理屈が通じないことを無念ながら証明した。





 ヴェロニカ


 犠牲を払うことで自身の何らかの力を底上げするガントレットの能力を使用することで、膨大な魔力による魔族の防御力を貫通する攻撃を得た。ただし、その犠牲によりこれから1ヶ月の間、ガントレットの展開はできない。





 アーラ


 魔族との戦いで致命傷を受けた。魔力はもう底を突き、動ける体でもないのにスリーシャが敵に回らないように話し合いを行った紛うことなき『英雄』的存在。


 魔族との傷が深すぎるため、現在診療所で緊急手術を受けている。





 スリーシャ


『精霊王』としての格の違いを見せつける。アーラを以ってして、戦いになればまず勝てないとすら思わせる。自然と共に居ると発言したことで、少なくともトールストの人間がエルフの居た森を無下に扱うことはこれから先ない。


 アーラのことは知り合いだが、過去のこともありそこまで人間が好きじゃないので助けてあげようという気持ちはない。




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