第23話  復讐の時

 




「領主──────貴様だけは何があろうと殺すッ!!我々は死など恐れない。例え刺し違えても殺してやるッ!!」


「た、助けてくれ!謝る……っ!謝るから、命だけは……っ!!」




「敢えて首を突っ込んだとはいえ、まさか魔物の大群が来るとは……」




 犯人であった元受付嬢のリリアーナは、領主を憎しみ籠もった眼で射貫いた。先程まで常闇のような瞳をしていたというのに、領主の事となった瞬間憎しみが滲み出た。それが自身にだけ向けられていると理解した領主は、腰が抜けたようにへたりこんで命乞いをしている。


 たったの5000Gだ。それを払わないという理由だけで、街への入場を拒んだ領主。その時は払えずとも、何かしらの仕事をさせて払ってもらったり、命の危険があるのだから保護をしても良かっただろうに、領主はそれに否と答えた。高熱を出して今にも息絶えそうになっている赤ん坊の事よりも、見窄らしい姿をした当時のリリアーナを街に入れること自体が嫌だった。


 領主コレアンは、言うなればこの街のトップである。一番偉い。つまりはこの街は自身の絶対領域。何もかもが思いのまま。そんな神聖なる場所に、泥だらけで蠅が集る程の汚臭を放つ人間を快く招き入れるとでも思っているのか。いいや、私はそんなことはしない。況してや、たったの5000Gも払えない貧乏人が、私の神聖なる領域に相応しい筈が無い。そう思っての過去のやり取り。


 しかし、今やその領主は、当時に見捨てた……見窄らしい格好をしていた女に殺されようとしている。更には同じようなやり取りで見捨てた者達がこぞってこの街を壊滅させようとしているという。魔物の大群?冗談では無い。最早街の人間や冒険者がどうなろうと知った事では無い。自身が、自身のみが助かればそれでもう良い。万事解決だ。素晴らしい。


 領主は勘違いをしている。命乞いをすれば助けてもらえると思っている。純黒のローブを着た、使い魔の大会を優勝した女が万が一の時は助けてくれる……と。だが現実は違う。リリアーナは怨敵に時間を与えはしない。必ず殺すと計画を立てた時から決めている。オリヴィアは領主を助けるつもりが無い。


 たったの5000Gを払わないという理由で何の罪も無い赤ん坊を見殺しにし、領主はたったの5000Gから始まった復讐に殺されるのだ。全ては過去の行いから来た皺寄せによる自業自得。助けは来ない。都合良く助けは入らない。これから来たるは煮えたぎる憎しみと、冷たい死である。




「私はそこの領主を殺す。お前はどうする?私を止めるか?」


「知らん。私は領主が死のうが街の人間が死のうが興味は無い。そもそも、騒ぎが起きることは解っていた。それでも此処に来たのは、リュウデリアが龍に会ってみたいと言ったからだ。私は特に、お前達に期待するものなんぞ、端から無い」


「……ッ!リュウデリア……そうか。あの黒いのはトカゲの新種ではなく『殲滅龍』だったのか。どうりで最優先で狂う筈のお前達が平然としている訳だ。納得がいった。それに大した演技だった」


「お褒めに預かり光栄だ。私もお前の演技は見抜けなかった。憎しみの一つすら感じ取らせなかったお前は、やはり優秀だったよ」




「な、何を呑気に会話している!?そ、そこの女を殺せ!!これは命令だ!!私を助けろ!!」




「──────喧しいぞ人間。この女神に命令するな。お前も早く殺すならば殺せ。煩くて耳障りだ」


「……この日を待っていた。2年間ずっと。お前を見掛けたときは殺しに行こうとする体を律するのに苦労した。だが、今はもう律する必要も取り繕う必要も無い。だから──────今すぐここで死ね。そして精々過去の自分を恨むがいい。これは言葉すら話せない……まだ小さい赤ん坊だった、私の愛する娘の仇だ」




「や、やめろ……来るな……っ。おいそこのお前!私を助けろ……!た、助けて……お願いしますっ……お願いしますっ……お願いしますっ……いやだ……いやだいやだいやだぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」




 後ろの腰に隠し持っていたナイフを手に持ち、近付いてくるリリアーナに、領主はその場から逃げ出すことすら出来なかった。あまりに強い憎しみに、そういったものを経験してこなかった領主は腰を抜かしていた。立ち上がる事が出来ない。せめて出来るのは命乞いと助けを求めることだけだった。だがもう死は決まっている。助ける者は来ず、逃がしはしない。


 リリアーナはナイフを振りかぶり、領主目掛けて振り下ろした。この日の為にギルド職員として働いて稼いだ金を存分に使い、業物を購入していた。切れ味は抜群。咄嗟に防御しようとしてリリアーナに向けた左手の指を親指を残して4本を斬り落とした。領主は痛みで悶えながら苦しみの声を上げた。


 背を倒してのたうち回りながら右手で左手首を押さえるが、斬られた指先から出血が止まらない。噴き出す血が自身にも降り掛かりながら、腹部に重みを感じた。リリアーナだ。リリアーナが仰向けに倒れている領主の腹部へ馬乗りになっていたのだ。顔から血の気が引く。両手で握られたナイフが自身の血に濡れているのが嫌でも目に映る。全てがゆっくりに思える感覚を体験し、走馬燈が脳内を駆け巡り、ナイフが振り下ろされた。




「ィぎ……っ!?だずげッ!?だずげで!!お゛ね゛がい゛ッじま゛ずッお゛ね゛がッい゛じま゛ず……ッ!!じに゛ッだぐな゛い゛ぃ゛!!ぎや゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…ぁ゛……………ぁ………──────」




「はぁっ……はぁっ……はは……あははっ……あっはははははははははははははははははははははっ。やっと…!!やっと殺してやった!!仇を取ったっ!!ははははははっ!!」




 何度も何度も胸にナイフを突き立てられながら、それでも領主は命乞いをしていた。痛みで千切れるほど声を上げても、手を伸ばしても、助けてくれる者は居なかった。刺されて刺されて刺され続けた領主は呼吸も小さくなっていき、辺り一面に血の水溜まりを作って死んでいった。完全に動かなくなってもリリアーナはナイフを振り下ろす手を止めず、何度も刺した。


 やがて気が済んだのか、ナイフを領主の死体に突き立てたままゆらりと立ち上がり、領主だった死体を見下ろした。刺し傷だらけの胸にナイフが一本突き立てられ、顔は痛みと恐怖が混ぜ合わさったような表情になっている。惨い死に顔だ。だがリリアーナにとっては心地良いと感じる表情だった。


 これでもかと痛みを与えて殺してやった。自身の手で、娘の仇をとったのだ。何度も殺すことを夢見て、実現させると誓った光景が今、目の前に広がっていた。清々しい気分である。この快感は普通とは違うものだ。故にもう味わうことは無いのだろう。復讐を遣り遂げた自身にはもう、やることは無くなったのだから。




「……どうした、そんなに見つめて。口封じで殺しに掛かれば、死ぬのはお前だぞ」


「違う──────私を殺してくれないか」


「は、私にお前を殺せと?全てを終わらせて良い気分なのは良いかも知れないが、私は今から自身の身を護らねばならない。だというのに、先にこの世から退場か?良い御身分だな」


「……此処に居ればどちらにせよ魔物の大群が襲ってくる。私は今更死にたくないとは言わない。だがせめて……お前に殺して欲しい。私の過去を知り、私の復讐を見逃してくれた……他でも無いお前に」


「捕まって牢に閉じ込められるよりも、先に死んだ者達と同じように死にたいという訳だ。……お前の願いなんぞ叶えてやる義理はもう無いのだが、まあ良い。そこまで死にたいならば死ぬといい。私を失望させたお前には何の思い入れも無い」




 失望した。死ぬならば死ねと言われたのに対し、リリアーナは先程までの狂気の滲んだ笑みでは無く、自然な笑みを浮かべた。もう思い残すことは無い。魔物の大群は直ぐそこまでやって来ている。仲間はこの街に誘き寄せた後、魔物の手によって死ぬだろう。そしてこのまま此処に居れば、例え魔物の大群がどうにか出来たとしても、領主を殺したのだから捕まる。そうなる前に、夫や娘が居ないこの世界から消えたかった。


 虫のいい話なのは解っている。自身でもそう思う。これだけ大きな騒ぎを引き起こしておいて、自身のやることが終わったから死んで居なくなると言っているのだ。まだ騒動は終わっていない。寧ろ今から街にとっても住人にとっても一番面倒な騒動が押し寄せる。その処理もせず、見届けもせず、殺してくれと頼む。


 ある日、黒い新種のトカゲか何かを肩に乗せ、冒険者ギルドへやって来た美しい女性。一人でやって来たと思えば、ギルド内でも結構腕の立つ、絡みに行った冒険者を一瞬で行動不能にした期待の新人。受けた仕事は淡々と素早く熟し、無傷で帰ってくる。その身に純黒のローブを纏った純白の長い髪。初めて見た時から只者では無いと直感していた。


 しかし真実は、予想を上回っていた。警戒していたからこそ、最初の騒ぎの中心になる使い魔の大会では身の毛も弥立つような使い魔の力を見せて優秀。あの龍の魔法をどうやってか無効化し、何も無かったかのように立っていた。そして肩に乗せていたのは、最近騒がれている純黒の黒龍である『殲滅龍』ときた。笑ってしまうような存在だった。


 オリヴィアは綺麗な瞳をしている。純白の長い髪とはまた違う存在感を醸し出す、朱い真っ赤な瞳。それは常に冷たく冷淡に物事を見つめ、興味を見出していないようにすら感じさせる。なのに無意識なのか、黒龍を見つめる時だけ、熱い何かを宿すのだ。見ているこっちが照れてしまうような、そんな蕩ける視線を黒龍にだけ注ぐ。冷たいのと温かいのがはっきりしている人物だと思った。


 だから……という訳では無いが、この人ならば自身を殺してくれると思った。何度も顔を合わせて話をして、何故かは解らないが宿の紹介もしていた。自身が思う、この人に最適な最も良い宿を。警戒している癖に贔屓してしまう。自身にこうも贔屓させるこの女性ならば、友達にもなれただろうやり取りをした自身を、何の憂いも無く殺してくれると思ったのだ。


 最後に失望させてしまったようで、何も感じなくなっていた心に棘が刺さり、胸にチクリとした痛みを与えるが、自身は復讐をすると誓い、これまで接してきた人達を最低の形で裏切ると解っていたはずだ。だから胸の小さな痛みを内に秘めたまま、目の前に居る彼女に全てを委ねる。


 オリヴィアはその場に立っているだけで何もしない。だがオリヴィアの考えを汲み取った純黒のローブが動き出した。純黒のローブから純黒なる魔力が溢れ出し、石造りの地面を純黒に侵蝕して塗り潰した。純黒の侵蝕はリリアーナの方へと伸びていき、途中にあった領主の死体を忽ち侵蝕して純黒に塗り潰す。脆くなった炭のように弱い微風に吹かれて砕ける。そこに領主の死体は無く、何も残っていなかった。


 触れれば確実に死ぬ。今のように脆く砕け散ってしまうのだろう。それでもリリアーナはその場から動かなかった。純黒が地面を伝って足下へ辿り着く。履いているギルド職員用の靴が侵蝕され、純黒は肌に到達した。恐ろしい。恐怖とは違う、理解の外にあるナニカに喰われようとしている、そんな漠然としたものを感じた。


 痛みの代わりに途轍もない喪失感。動かすことは出来ず、純黒はそのまま太股まで登りが、下腹部まで迫り上がってきた。もう脚に感覚なんてものは一切無く、体の約半分は侵蝕されたという自覚は死よりも恐ろしく感じる。純黒は侵蝕を続けて首元までやって来た。もう話すことも出来なくなる。だからリリアーナは、全てを失ったあの日以降初めての、心からの笑みを浮かべた。




「さようなら、オリヴィアさん。元気でね」




「──────さようなら。次は掴んだ幸せを手放さないことだ」




 最後の心からの笑みを浮かべたまま、リリアーナは全てを純黒に侵蝕され、粉々に砕けて散った。風がリリアーナだった純黒を攫って空へと持っていく。その内完全な消滅を果たすのだろうが、オリヴィアにはリリアーナが、先に逝ってしまった愛しい夫と愛する娘の元へ飛んで行くように見えた。


 この街で最も話したであろうギルド職員の受付嬢は死んだ。過去に囚われて復讐を誓い、復讐を為し遂げた女、リリアーナはもうこの世から消えて無くなった。でもオリヴィアは表情を変えることは無かった。優秀だと思っていた者が期待を裏切って死んだだけ。当然の結末だ。故にオリヴィアは何とも思わない。哀しくも惜しくも無い。だが祈りはする。


 女神だというのに祈るのはどうかと思われるかも知れないが、オリヴィアはリリアーナの来世がせめて復讐とは関係無く、愛する者と、愛する者との間に産まれた子供と幸せに暮らせるようにと、祈ったのだった。




「さて、後は魔物の大群だが……よし、リュウデリアが折角ローブを改造してくれたんだ、試し撃ちしよう」




 大群が迫っているというのに余裕なのは、この日のために予め前の日にリュウデリアが改造してくれた純黒のローブの存在があるからだ。元々九割の物理攻撃と魔法攻撃を軽減し、魔法に至っては撃たれた方向、強さに魔法をノーリスクで反射する反射魔法も掛けられている。そこに更に何を足したというのか。


 オリヴィアは広場から離れて街の入り口へとやって来た。見えてくるのは、馬に乗った3人の男女が魔物の大群を引き連れている光景だった。魔物の殆どは低位のものだった。ゴブリンやウルフや鹿に似た魔物、木に似た姿のトレントなどだ。だが、中にはハイウルフやゴブリンが進化した姿であるホブゴブリン等が混じっている。


 ざっと見た感じだと200体程だろうか。そのだけの魔物が、魔物を引き寄せる香水を自身に振り撒いた、リリアーナの仲間目掛けて走っている。低位が多いとはいえ、かずがこうも多ければ一般人は忽ちやられてしまうだろう。唯一押し寄せる魔物を迎撃できる者達が冒険者なのだが、残念ながら冒険者の大半は龍の魔法によって意識を操られ、仲間や近くに居る住人を襲っている。


 運が良く龍の魔法にやられていない者達は、襲い掛かってくる者達の対処に追われていて手が離せる状況に無い。つまり、ここで戦える存在といえば、オリヴィア位しか居ないのだ。しかしそのオリヴィアも治癒は出来ても戦いは出来ない。治癒の女神だからだ。そこでリュウデリアの生み出したローブの話に戻ってくる。


 リュウデリアが純黒のローブに施した改造というのが、オリヴィアの意思で発動する魔法の行使である。女神であり魔力を内包していないオリヴィアは、魔法を行使することが出来ない。そこでローブに貯め込んだリュウデリアの魔力を使用して、オリヴィアが思い浮かべた、若しくは口にした要望に出来るだけ沿った魔法を行使する。


 但し、これには欠点があり、度が過ぎた魔法や複雑な魔法は使用出来ない。あくまでリュウデリアが莫大な魔力を籠め、それを使って簡易的な魔法を発動出来るというシステムなのだから。故に国を消して欲しいとか、魔法を分解して欲しいとか、そういったものは複雑な術式が必要なので出来ない。


 そしてもう一つが、回復に関する魔法も使えないという面だ。回復系の魔法は失われた太古の魔法。故にいくらリュウデリアといえども、知らない魔法を行使する事は出来ないし、未だ創り出す事も出来ていない。だがその面は大丈夫だろう。何せオリヴィア自身の力で治癒する事が出来るのだから。




「初めての試し撃ちだ……そうだな、シンプルに炎系の魔法を放ってみよう」




 思い浮かべるのは炎の球。それを強く思い浮かべると、ローブが攻撃意思が有りつつ思い浮かべたと判断し、貯えられた莫大な魔力を使用してオリヴィアの頭上に純黒で巨大な炎の球体を形成した。直径は5メートル程だろうか。成人男性3人分位の大きさをした炎の球に、オリヴィアは思い浮かべたと通りだと満足し、右腕を持ち上げてから人差し指を立て、振り下ろして向かってくる魔物を指し示した。


 純黒の巨大な炎の球は、オリヴィアの指示に従って押し寄せる魔物の大群に向かって放たれた。魔力を持っている魔物は、ある程度の魔力を感知出来る。低位であればあるほど強い弱いを感じるのが鈍いが、逆をいえば上位の存在ほど魔力に敏感だ。そこで大群の中に居るハイウルフやホブゴブリンが、純黒の巨大な炎の球に籠められた魔力の多さに驚愕して左右へと避けていった。


 残念にも逃げ遅れた、中央を走っていた魔物達は純黒の強大な炎の球に呑み込まれた。純黒の巨大な炎の球は魔物を次々と呑み込んで一瞬で燃やし尽くして消し飛ばし、大群の中央に辿り着いた瞬間に純黒の光を発して大爆発を起こした。天を貫くような純黒の炎の柱が上がる。それを見ていたオリヴィアは、魔法を使った時の爽快感に笑みを溢した。




「よしよし、良好だな。まと……じゃなくて魔物はまだ居る。恐らく今ので30は死んだが、お楽しみはこれからだ。ほら、次々放つから避けろよ」




 オリヴィアが指を鳴らすと、頭上に先程放った純黒の炎の球が10個現れた。放たれる瞬間を今か今かと待っている純黒の炎の球は、同じように指で指し示されると勢い良く発射されていった。同時に放たれた純黒の炎の球はあらゆる方向へ向かって突き進み、大爆発するまでの途中で何体もの魔物を燃やして消滅させた。そして何十体も捲き込んで大爆発する。


 そこかしこで純黒の炎の柱が発生し、魔物の残りは少なくなってしまった。地面もあまりの超高温に真っ赤になり、火山から流れる溶岩のようになっていた。魔物は飛来する純黒の炎の球から逃げるのに必死だった。というのも、魔物を誘き寄せていた人間が、純黒の炎の球の餌食となって消し飛んだ為、誘き寄せられない状況になってしまったのだ。残ったのは正気になった魔物だけ。だがオリヴィアの猛攻は止まらなかった。




「これが魔法か。一撃でこうも魔物が死ぬと爽快で気持ちいいな。もっと撃ちたい気持ちも有るが、残りは少ないし終わりにしてしまおう」




 オリヴィアが次に想像したのは、使い魔の大会の決勝戦でリュウデリアが大きなスライムに使用した魔法である。あの瞬きをするような刹那でリングを凍てつかせた氷系の魔法。それを魔物が居る一帯全てを対象に行使した。気温が急激に下がって何も無い所から純黒の霜が降り始める。大地は純黒に凍てつき、魔物の足が捲き込まれて凍ってしまった。


 動くことは出来ない。足は地面と一緒に凍らされているので剥がせない。例え剥がせたとしても、それは氷から足を剥がしたのではなく、氷から接している皮膚や肉ごと剥がしたという方が正しい。それに付け加えるならば、凍てついたのは地面に接していた箇所だけでなく、足の付け根まで凍り付いているので、無理に動けば脚は砕け散ってしまうだろう。


 これでもう魔物は逃げる手段を失ってしまった。早くどうにかしなければと足掻けば足掻く程、凍り付いた脚に罅が入ってしまい、後が大変になる。ならば……と、凍っている地面を叩き壊そうとするも、純黒の凍てついた大地を破壊することは不可能である。


 不穏な音が鳴り響いた。大いなる自然が憤っているかの如く鋭い、大きな存在感を示す音だ。魔物達は一様に上を見上げる。そこには雲が散らばっていた晴れた空が、真っ黒な厚い雲に覆われており、純黒の雷が雲で帯電してゴロゴロと鳴っていた。雷鳴である。自然の中でも危険なものの一つである雷。それが純黒となって落ちようとしていた。


 魔物は怯え、体の芯から震えだした。そして急いで凍り付いた脚をどうにかしようとするのだが、解けず砕けない。中には凍り付いた脚を砕いて這いずって逃げようとする魔物も居たが、そんな速度では魔法の範囲内から外へ出ることは不可能である。オリヴィアは炎の球の時のように人差し指を上へ向け、勢い良く下まで振り下ろしきった。純黒の雷雲は、巨大で強大な純黒の雷を、魔物が居る大地へと落とした。




「──────『純黒の落雷トル・モォラ』……なんてな」




 落とされた純黒の雷は、動けない魔物全てを呑み込む巨大なもので、落とされて大地と接触すると大爆発を引き起こして純黒の大地をも砕き割った。純黒は純黒でしかないので、同じものをぶつければより強い方が残る。つまり、純黒の雷は凍てついた大地よりも膨大な魔力で生み出されていた事が解る。


 砂塵が舞っていて、風に煽られて景色が見えてくると、魔物の姿はもうどこにも無かった。あるのは広範囲に残った凍てついた純黒の大地と、中央に存在する大きなクレーターだけだった。動きを止めてから一撃死の魔法を叩き込む。中々に良い戦い方をしたオリヴィアは、リリアーナの件で堪っていた鬱憤を晴らして胸が空くような気持ちだった。


 ローブがあってこそと言えるが、オリヴィアも戦うことが出来るようになった。それは単にリュウデリアのお陰である。オリヴィアは着ている純黒のローブを掴んで宝物のように大切そうに抱き締めた。




「私の方は終わった。後はそっちだけだぞ、リュウデリア」




 オリヴィアは上を見上げた。そこには大空の遙か上空で、二匹の龍がぶつかり合って戦っていた。世界最強の種族である龍。その二匹がぶつかり合うだけで、音の爆弾が弾けて地上にまで聞こえてくる。リュウデリアが生まれて初めて会う龍である。龍なだけあって強大な力を秘めている事だろう。だがオリヴィアは心配なんてしない。






 オリヴィアはリュウデリアが、例え相手が同じ種族であろうと勝利して、自身の元へ戻ってくると信じているのだ。






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