第22話  過去の吐露



 4年前のあの日……外は身も凍るような寒さの時期になっていた。雪は降らず、積もらずでいつも通りの景色。だが気温はとても低い日だった。冬。一年の中で最も気温が下がり湿度も下がる季節。薄着で外に出れば、針に刺された如く皮膚が痛み、指先の感覚を奪っていく。そんな季節の寒空の下、一人の女が大事に赤ん坊を抱いて歩いていた。


 女……リリアーナは18の時、2年交際していた4つ上の彼と結婚した。幸せだった。始まりはベンチに腰掛けて読んでいた本を忘れてしまい、焦って戻ってみると彼が居た。持ち主であると告げると、安心したように笑って手渡してくれた。最初の印象はとても優しい雰囲気で笑うんだな、きっと心も清くて優しい人なのだろうと、そんな漠然としたものだった。


 それからはとんとん拍子に事が進んでいった。大事な本を持っていてくれた彼にお礼としてご飯をご馳走し、食べながら色んな事を話している内に、彼も本を読むんだという事が解った。今読んでいる本はあるのか。好きなジャンルは。誰が書いた本をよく読むのか。どの位の頻度で読むのか。語りあっていたらすっかり時間を忘れていた。それくらい楽しくて充実していた。


 オススメの面白い本がある。そう切り出して二人で図書館に行った。各々面白いと思った本を互いに貸して、それを読む。あまり父親以外の年上の男性と話したことの無いリリアーナにとって、彼の存在はとても頭に残るものだった。そしてそんな彼が、優しそうに笑っていた彼が真剣な表情で本を読む姿に、リリアーナの心臓は早鐘を打って熱くなり、その熱は顔にまで登った。


 何時の間にか好き合っていた二人は、両想いという形で交際を開始した。初めての交際で何をして良いのか解らなかったリリアーナを、年上としてリードしてくれてデートをした。唇を合わせ、肌を重ねて交わり、恋人らしい関係を良好に続けていた。


 両親が料理店を営んでいたリリアーナは、日々店の手伝いをしていた。一方の彼は街の医者をしている。互いに仕事があったが、それでも会える日を楽しみにしていれば、時間の経過なんてあっという間だった。そうして2年の月日が流れ、二人は結婚した。彼の優しさや、真剣に心からリリアーナを愛していることを知っていたリリアーナの両親は、直ぐに二人の結婚を認めて祝福した。


 幸せな結婚生活を送っていた二人は、これ以上の幸せがあるだろうかと思うほど幸せだった。愛し合う二人は仲の良い夫婦だ。そしてそこへ、幸せの絶頂を味わっている二人へ幸福が訪れる。二人は子宝にも恵まれたのだ。


 夫婦として営みをしていた二人の間に子供が出来た。悪阻が起きてトイレに駆け込み、その症状はお腹に新たな命が宿った証拠だと、妊娠したんだよと涙ぐむ母親に言われて初めて、リリアーナは自身が母親になるのだと理解した。彼もリリアーナから妊娠を告げられた時には驚き、そして幸せそうに、あの頃から変わらない優しい笑みを浮かべた。


 それから1年後。リリアーナは元気な女の子を産んだ。父親と母親になった彼とリリアーナは泣きながら我が子を抱き締め、幸せにしてあげようと二人で固く誓った。赤ん坊の夜泣き等に四苦八苦しながら、これからこの子がどんな風に成長するのか、楽しみだった。


 そして二人はある計画を立てた。結婚をしてから新婚旅行を行っていないので、赤ん坊が産まれた事だし、この際だから少し景色を見て回ってみようと。まだ赤ん坊は小さいのでそこまでの遠出はせず、家族で回れるような近場の綺麗な景色を見に行こうという話になったのだ。リリアーナは賛成した。決して街の光景が綺麗ではないという訳では無い。唯純粋に赤ん坊に綺麗な景色を見せてあげたかったのだ。


 物心もついていない赤ん坊に見せても、どう美しいのか理解出来ないだろうし、忘れてしまう事だろう。だが思い出が作れる。二人は赤ん坊が大きくなったら、こんな所に行って景色を見て来たんだよと、語り聞かせてあげようと思った。


 計画が採用された彼は日取りを決め、プチ旅行の日の仕事を有給にして休んだ。上司からも家族サービスをしてやれと言われたらしい。それから家族で寝泊まり出来て、尚且つ荷物を沢山持っていけるように馬車と馬を借り、街を出発した。そしてリリアーナは後に後悔したのだ。街の周りには魔物が出たりするというのに、家族だけで出掛けてしまったことを。




『逃げろ……っ!』


『ぁ…ぁ……あ………■■■さんっ!!』


『うわぁんっ!!うわぁぁんっ!!』




 赤ん坊と彼とリリアーナの乗っていた馬車が、魔物のウルフに襲われた。走っている所を草むらから襲い掛かってきて、突然の襲撃に興奮した馬が制御不能となる。手綱を握って操作しようにも、馬は全く指示に従わず、闇雲に走っていく。只管全速力で走る馬に、凸凹道の所為で跳ねて震動を与えてくる馬車。リリアーナは揺れる馬車の中で赤ん坊を抱いて身を丸め、何かあった時のために備えていた。


 そして、馬が追い付いてきたウルフに引っ掻かれ、痛みで混乱したまま走った所為で大きく横へ曲がった。だが馬の全速力で引かれた馬車が、そんな急に曲がりきれる筈も無く、馬車は横転。馬は馬車に繋ぐための拘束具を破壊して走り去ってしまった。


 逃げる馬より倒れている人間を狙う。そこにご馳走が有るのに、狙わない理由が無いウルフ達は、地面に投げ出されたリリアーナ達にゆっくりと忍び寄る。唸り声をあげて涎を垂らしながら躙り寄って来るウルフに本能的恐怖を感じ、伝染したかのように赤ん坊が泣き叫ぶ。


 襲い掛かってきたウルフは二匹。一匹ずつ襲い掛かってきたらリリアーナ達も食われ、折角産まれた大事な赤ん坊までもが、ウルフの餌食となってしまう。頭から血を流し、所々の服が破けて血が滲んでいるリリアーナが腕に抱き付いて震えている。彼はその時決心した。二人は、二人だけは絶対に逃がして見せる……と。


 彼は手元にあった石を幾つか持って立ち上がり、ウルフに向かって投げ付けた。彼が投げた石が頭や体に当たったウルフは牙を剥き出しにし、怒りの感情を孕んだ唸り声を上げた。完全に標的を彼へ固定したのを見計らって、彼はそこから駆け出した。一匹のウルフが追い掛け、もう一匹はリリアーナ達を狙おうとしている。そこへまた石を投げ付けて注意を引き付ける。すると、今度は確りと二匹の意識を自身に向けることが出来た。


 リリアーナは最初呆然としていたが、彼が何をしようとしているのかを悟り、泣きながら彼の名を呼んだ。だが返ってきたのは走ってこの場から逃げろという言葉だった。愛している夫が引き付け役となって走っている。ウルフに追い掛けられている彼の背中が涙でぼやけて滲む。嫌だ、一緒に逃げたい。死なないで。置いて行かないで。そう言って手を伸ばした時、彼は遠くでウルフに捕まった。


 群がられて噛み付かれ、引き裂かれ、肉を食い千切られている。血飛沫が舞い、絶叫の声を上げる中、彼はまだ動けないリリアーナに向けて走って逃げろと、最後の言葉を送った。最早どう見ても助かる可能性は無い。リリアーナは涙を流して嗚咽を漏らしながら必死に駆け出した。赤ん坊が泣いているが、泣き止ます事は今出来ない。兎に角走って走って走り続けた。


 兎に角走り続けたリリアーナは、気付いたら平原に居た。愛する夫がウルフを引き付けて食べられて死んだ事によるショックで、走っている最中の記憶が無い。帰るべき方角も分からない。お金は馬車に置いてあったし食料もそうだ。そして所々には傷があり、寒い時期だというのに服が千切れて寒い風を通してしまう。絶望的な現状に打ち拉がれていると、赤ん坊が自身の頬に触れた。慰めてくれていると感じたリリアーナは、膝を付いて赤ん坊を抱き締めてまた泣いた。




「食べもの……水……それにさむい……」


「あー……………あー」




 馬が出鱈目な方向へ全速力で走って、更には自身も全速力で適当な所を走ってしまっている。帰る方向が分からず、取り敢えず思い付いた方向へ向かって歩き出してから優に5日が経過してしまった。元々馬車と馬を使って4日は移動して景色を見たりしていたリリアーナ達であった。馬の足でそれ程の場所まで来ているのに、赤ん坊を連れた、あまり体力に自信の無い女が歩って同じ日数で着くわけも無い。更に方向が合ってるとは限らないのだ。


 不幸中の幸いと言えば、この5日間魔物と遭遇しなかった事か。剣なんて振った事も無ければ、そもそも武器を持っていないリリアーナは丸腰も同然。況してや赤ん坊を抱えている今ならば激しく動くことも出来ない。精々走るのがやっとだ。故に魔物に会えば襲われて食われるのも時間の問題だ。


 だが、まだ見えぬ魔物よりも現状で肝心なのが、食料不足と水分不足。そして寒さを凌ぐための手段が無いことである。何もかもを馬車に置いてきて、着ている服は所々が破れ、土も付着していて見窄らしい格好。更には赤ん坊の為に上着を脱いで赤ん坊を包んでいるので自身は更に寒くなる。


 赤ん坊は絶対に守る。そう意気込んで5日、赤ん坊が高熱を出してしまった。赤ん坊が出すには高すぎる熱。意識を朦朧とさせているのか、呼んでも定まらない視線。熱く荒い吐息。常に寒い風に当たってしまい、風邪を引いてしまって熱が出たのだ。このままでは命の危険がある。それは素人目にも分かってしまった。しかし医者は居ない。治す薬も無ければ落ち着ける場所も無い。もう、どこか人が居る所を見つけて保護してもらうしかないのだ。


 見付けられるだろうか。この5日間歩き続けて見つけられなかった人の居る所を。陽がすっかり沈んで辺りが暗くなった時間帯、リリアーナは少しだが登り坂になっている平原を登って下を見下ろすと、あれほど望んでいた人の居る所……街が少し遠いが見えた。夜だから光をつけている煌びやかな光景を作り出す街が見えた。見つけられた。リリアーナは空腹感や肉体的疲労、精神的疲労をものともせず走り出し、街へ辿り着いた。




『入場料の5000Gが払えない?──────ならば通すわけにはいかないな』




 そしてやっとの思いで辿り着いた先で言われたのは、この言葉だった。唖然とした。まさか、まさか街へ入るための入場料が払えないというだけで、通してもらえないなんて。門番の目は、外の気温と同じように冷たいものだった。言っても通じない類の人だと思ったが、それでも諦めずリリアーナは中へ入れてもらえるように頼み込んだ。


 だが門番は首を縦に振らなかった。リリアーナは今一文無しである。服装はこの寒い時期にも拘わらず薄着、それに汚れが目立って見窄らしい。赤ん坊を抱えているが、入場料を払わなければ通すことは出来ない。そう説明しているのにリリアーナは頭を下げて頼み込み、諦める様子がまるで感じられない。


 門番も段々と面倒になってきたと感じた頃、門番は背後からどうしたと声を掛けられた。振り返って敬礼をする。背後から声を掛けてきた人物は、偶々夜の街の見回りを自主的にやっていたこの街の領主であるコレアンという男だった。門番は内心助かったと思い、門番の畏まった態度から、コレアンが領主だということに気が付いたリリアーナは、コレアンに頭を下げて願い出た。この街に入れて欲しいと。この子の事を診てあげて欲しいと。




『何だ、入場料も払えん奴が何を言っている?入りたくば入場料を払え。そのガキを診て欲しいならば料金を払え。常識だろう。他の者達は全員払っている。お前だけ特別扱いなんぞしないからな』


『で、でも……この子は高熱を出していてっ……お願いします!どうか、どうかこの子だけでも……っ!』


『ダメだ──────この街に入りたいならば入場料を払え!払えないならば別の所へ行け!ここはお前のような貧乏人が入っていい街じゃないんだよ!!』


『ま、待って!待って!!お願い…!お願い……しますからぁ……!!ぁあああああああああああああ……っ!!』




 門を閉じられ、強制的に閉め出されてしまった。リリアーナは門を叩いて叫ぶ。どうか入れて欲しい。この子を助けて欲しい。しかしその言葉は、無情にも聞き届けてはくれなかった。リリアーナはもう開けて貰えないのだと悟り、枯れたと思うほど出した涙を流して街を後にした。


 その後、リリアーナは朝日が昇るまで歩いていた。茫然自失となって歩き続けていた。一睡もせず、休みもせず。下を見ながら歩いていると、馬車が近付いてきた。こんな寒い時期にどうしてそんな格好をしているのか、何故歩いているのか。そう聞かれるが、上手く答えられない。そして搾り出すように、リリアーナは旅行中に魔物に襲われ、夫が食われて亡くなってしまったことをどうにか話した。


 馬車に乗っていたのは、商人見習いのケイトという男性だった。ケイトはリリアーナの話を聞いて不憫だと思い、リリアーナの故郷へ連れて行ってあげる事にした。リリアーナは静かに涙を流してありがとう、ありがとうとお礼を言った。


 馬車の周りには数人の雇われの冒険者が居て、見窄らしい姿のリリアーナを見て眉を顰めるが、大変な目に遭ったのだからそういう扱いをするわけにはいかないと、余っている服や食糧を提供した。リリアーナは疲労が浮かぶ顔で出来るだけ微笑み、抱いている赤ん坊の頬を撫でた。




 全く動かず起きない、氷のように冷たくなった赤ん坊の頬を、ずっと……家に着くまでずっと撫で続けたのだ。




 その後、送り届けられたリリアーナは、何時まで経っても帰ってこないリリアーナを心配していた両親に思い切り抱き締められた。そして事の経緯を詳細に話した。もう彼は魔物に襲われて死んでしまったこと。此処まで来れたのは奇蹟に近いこと。そして……赤ん坊は無事に守り切ったことを。リリアーナの両親は涙を流しながら聞いていた。


 母親がリリアーナから赤ん坊を受け取る。もう何日も動いておらず、起きてすらこない、息の無い赤ん坊を。リリアーナが体力低下の所為で深い眠りについた後、両親は教会に行き、赤ん坊の弔いを依頼した。リリアーナを同行させるのは、無理だと思っての事だった。


 リリアーナが起きてからは大変だった。赤ん坊は何処だ、何処にやったのだと叫んで狂ったように暴れ、夫の彼を連れて来てと絶叫する。どうにか取り押さえて医者を呼び、精神安定剤等を打ってもらって落ち着かせた。一年はそうして半狂乱になりながら暴れていたが、段々と落ち着いてきて、店の手伝いが出来るようになり、元のとは言い難いが、それでも笑顔を見せてくれるようになった。


 だが運命の、家族を亡くしてから2年後のある日。リリアーナは朝や昼の店の手伝いをして、店を閉める手伝いをした後、店の中の掃除をして風呂に入り、諸々のやることを終わらせて寝床に着いた。そして横になって眠りについた時、最早トラウマとも言える……あの時の光景が夢に出た。魔物に襲われた時の光景。彼が死んだ時の光景。街に入れてもらえなかった時の光景。そして……コレアンが自身に向ける嘲りの視線。




『──────へぇ。テメェは中々に面白い事を経験してンだな』


『……あなたは誰』


『オレか?オレは──────天下の龍様だ。オレが此処に居んのが不思議か?なら教えてやる。テメェみてェな絶望を経験し、誰かに憎しみを抱いている奴を、夢の中に入り込むことで探してたんだよ』


『そ、そんなこと……』


『最強の存在である龍を舐めんじゃねぇよ人間。オレ達にとっちゃ人間の夢の中に入り込むなんざ魔法でいくらでも出来ンだよ。それよりテメェだよテメェ。テメェは憎いんだろォ?入れてもらえなかった街の領主がよ。なァオイ人間──────復讐の機会をくれてやろうかァ?』


『復讐……』


『そうだ。テメェが憎い領主を殺す手段をくれてやる。その代わりオレに他の人間共を殺させろ』


『何でそんなことを……』


『殺すと言っても、人間が恐怖に怯えて震えながら死ぬ姿が見てェンだよ。ひひひッ。本来ならオレが今すぐに行って殺っても良いんだが、どうせならテメェが復讐の道に走って踊り狂うところも見たい。だから交換条件だ。テメェは復讐をする。オレはオレで愉しむ。どうだァ?伸るか反るかはテメェ次第だぜ』






『私……私は──────あの領主を殺したい』






『ひひひッ──────此処に契約は相成った。精々オレを愉しませて躍り死ねよ、愚かで弱い下等な人間』


































「──────こうしてこの街を襲う事にした。私はそこに居る領主を殺す為に。あの龍はその他を殺す為に。あの龍に夢の中で会ってからの2年間はこの街に移り住んで冒険者ギルドの受付嬢として身を隠していた。そこの領主が殺せる絶好の機会が揃う今日までな」


「……………………。」


「ひ、ひィ……っ!?」




 自身の過去に起きた事を話し終えた受付嬢改め……リリアーナはオリヴィアの傍で腰を抜かして尻餅をついている領主のコレアンに目を向けた。黒く暗く濁った底無し沼のような瞳に見つめられたコレアンは、あの時の女がコイツだったのか……と、心の中で叫びながら悲鳴を上げた。


 オリヴィアは黙って聞いていたが、表情は動かなかった。薄情かも知れないが、オリヴィアにとって領主のコレアンが死のうが街の者達が死のうが至極どうでもいいのだ。聞きたかったのはリリアーナの話。明かしたかったのはリリアーナが現状の騒ぎを起こした理由だった。そして聞きたいことが聞けて、知りたいことも知れた。


 ギルドでオリヴィアとリュウデリアの事で下らない事を言っていたり、警戒している他の者達が居る中で、唯一普通に接して無駄な事を聞いてくることも無く、仕事の仕組み等を教えてくれたリリアーナ。優秀だと思っていた。ギルドの中で唯一、一人の人間として認めていた。


 だが、オリヴィアのその期待を裏切った。オリヴィアは冷めた瞳で失望したと言おうとした時、何やら数多くの足音が聞こえてきた。少しずつ近づいている。オリヴィアはリリアーナを見ると、彼女は作り物の笑みを浮かべて両腕を大きく広げた。




「言っただろう?……と。同じように入れてもらえず、最愛の人であったり最愛の子を奪われた者達は、私の他にも居たんだよ!私はこの2年でその者達とコンタクトをとって仲間に引き入れた。そしてあの龍が求める絶望の瞬間と領主を殺す事が出来る日が重なるのが今日、この時だッ!!」


「……お前は一体何をするつもりだ?」


「今は製造を禁止されている魔物を引き寄せる香水が有ったのは知っているか?私の仲間にはそれを偶然手に入れた者が居る。それを使って魔物の大群をこの街に誘き寄せるッ!!今狂って人を襲っている者達は、単なる時間稼ぎだッ!!街の門は閉じて龍が固めた。お前達が魔物の大会に意識が向いている間になッ!魔物の大群が着けば、この街の門なんぞ壊れるのは時間の問題だ。仲間も私も死ぬことを恐れない──────領主、貴様殺す為ならばなァッ!!」


「ひィィィィィィっ!!た、頼む!!許してくれ!わ、私が悪かった!!だからせめて、私だけ……!私だけは……ッ!!」


「……醜いな、貴様は。……本当に。貴様だけは絶対に殺してやる」




「……はぁ。まさか街へ魔物を……これは些か面倒だぞ」




 オリヴィアは溜め息を吐いた。リリアーナはこの街を諸共壊滅させるつもりだった。製造が禁止された魔物を引き寄せる香水を使って街に魔物の大群を、仲間を使って誘き寄せる。それまでの時間稼ぎで人間と魔物を他の者達に襲わせて、門は大会が開催されている間に閉めて開けられないように塞ぐ。逃げ道の無い、まさに袋のネズミというわけだ。


 領主のコレアンは他がどうなっても良いから自身だけは助けてくれと、醜い要求をして泣いている。それを一瞥もせずオリヴィアは上を見上げた。龍が飛んでいる空へ行ってしまった、リュウデリアの居る空を。








 リュウデリアは龍を追い、オリヴィアは魔物の大群が攻め込もうとしている街に居る。オリヴィアはもう一度、深く溜め息を吐いた。






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