第21話 事件の始まり
「──────やって参りましたァッ!!今年の使い魔武闘大会の始まりだァッ!!」
「対戦相手はトーナメント式で当たります。今回の選手数は33!昨年よりもちょっと少ないですねー」
「ですが盛り上がりますよー!なんせ今回は前回優勝者がエントリーしてますからね!しかも特別シード枠で!」
「えー、それはアリなんですかー?」
「面白そうだからアリ!」
「あらー」
年に一回だけ開催される使い魔による武闘大会。正直な話になるが、使い魔を使役する魔物使いを役職にしている者達というのは、それ程多いわけでは無い。使役するのが魔物というだけで奇異とされてしまったり、襲われるのではないか、制御出来ないのではないか、という一般人の心配も少なくはない。
信頼関係を築いた上での契約を行うので基本は安全である。余程のことが無い限りは暴れたりしない。だがそれを知識の無い者に言っても詮無き事だろう。一般人から受けが悪いという面もありつつ、使い魔は生きているので一緒に生活する上で、どうしても金という面でのコストが掛かってくる。
怪我をすれば治療費が掛かり、仕事の最中ならば回復薬などの消耗品を使って代金が嵩むし、日常生活を共に送るのだから食品なども考慮しなくてはならない。宿によっては使い魔の同伴お断りと定められている所もある。防御面を考えるならば装備も付けたりするし、武器を装備させたりもある。
そういう面倒な事が多かったりするので、大体の人は魔物使い等の使い魔を相棒とする役職よりも、剣士や双剣使い、槍使い等の魔物と直接戦う職に手を出すのだ。まあ、役職とは言ったが、大剣使いなのだから大剣だけを使え……なんて事は無い。別に大剣を使いながら槍だって使っても良いのだが、複数使えばどっちつかずになってしまったりするので、基本は武器を一つに絞って鍛えるのだ。
話が逸れたが要するに、使い魔を使役する魔物使いの数は思っているよりも少ないということだ。だが魔物使いが少なくなっていく傾向にあるからこそ、皆の前で使い魔が雄々しく戦い、相棒との絆を見ることが出来る、この様な催し物を開催したりするところもあったりする。
「少しこの場を借りて、領主であり主催者でもあるコレアン氏にお礼の言葉を贈りたいと思いまァす!いやー、今回も盛り上がっていきますよー。それは全てコレアン氏のお陰です。本当にありがとうございます!」
「いえいえ。私は唯、魔物使いの方と使い魔の友情や絆を他の人にも見て貰いたい一心で開いているのです。そんな感謝は私には勿体ない。それでもと言うのでしたら、どうか皆様の声援で選手達を励まし、鼓舞してあげて下さい」
「コレアン氏、良い言葉をありがとうございました。では切り替えまして……いよいよ1回戦目が始まるぞォーッ!1回戦目は、メイラ選手の使い魔マックーVSナハタ選手の使い魔イエロー!ルールは簡単。リングの上から落ちたら負け!戦闘不能になっても負け!勝負が見えてこなくなったら審判の判定によって勝者を決めるぞ!じゃあ準備はいいか!?1回戦目……初めッ!!」
「頑張って!マックー!」
「勝てよ!イエロー!」
マックーと呼ばれた茶色い犬のような姿の魔物と、黄色い蛇のような姿の魔物が、リングと呼ばれる正四角形の舞台の上で戦いの火蓋を切った。魔物とは基本人の生活を脅かし、人を襲ったりする生物で、その特徴は体内に魔力を持っていること。普通の動物は魔力を持っておらず、犬の見た目をしていても、体内に魔力を内包していれば、それは魔物という括りになる。
魔物の中でも低位として有名なゴブリンやウルフ等も魔力は内包しており、魔力を多く持って生まれてくれば魔力を使って戦ったりもする。低位の魔物は基本的に魔力をごく僅かにしか持って生まれてこない。だが進化をして新たな存在へと昇華された場合は、体内に内包している魔力が多くなり、魔法を使用したりする。
魔法を使った戦闘をし始めるのは、主に中位の魔物だ。中には戦いに生き残って魔力の使い方を覚え、全身を魔力で覆って強さを増強するような、賢い魔物も居る。因みに、龍も体内に魔力を内包しているので、括りとしては魔物なのだが、魔物というと他の存在と一緒にしてしまい、怖ろしさが伝わらなくなってしまったりした挙げ句、自身なら勝てるという根拠の無い自信で挑み、命を散らしたり、村や街に飛び火して龍の怒りを買ったりしてしまった事例があるので、龍を見て魔物だ……という者は殆ど居ない。
圧倒的強さで括りが別のものになっているので、龍は魔物ではなく、龍として扱われる。これを聞いて龍だけ贔屓だという者も居ない。何故ならば納得するからだ。強さが別次元なのは周知の事実。それは世界の共通認識にまで発展している。龍が持つ、力によって。
「──────おぉっと!マックーが場外ッ!試合はそこまで!勝者はイエロー!では皆様、素晴らしい試合を見せてくれた両者と、その使い魔達に盛大な拍手をお贈り下さい。絆を育んできたからこその、今の戦い。私、見ていて胸が打たれますっ!」
「頑張ったなマックー!」
「お疲れさまーイエロー!次も期待してるぞー!」
「マックー可愛いぞー!そしてカッコ良かったぞー!」
「イエローはマジでイエローで目に痛いぜ!!」
「最初の試合から熱い試合ありがとよー!!」
「マックー、お疲れ様。また一緒に強くなりましょうね」
「イエロー良くやった!次もあるからゆっくり休めよ」
両者の使い魔による試合は熱い戦いだった。リングの街の広場に設置され、周りに集まって誰でも見れるようになっている。年に一度開催されている催し物なので、出場者が30数人しか居なくとも、周りには近くで見たくても前に行けないくらいの人が集まっている。そうなると後ろの方に追いやられてしまった人が見えないと思われるが、別の場所に設置された映像を映し出す魔水晶が後ろには設置されている。
生で見る事は叶わないが、それでも試合をはっきりと見る事は出来る。見えないならば見なくて良いか、という考えに至る者も少なくはないので、その処置として魔水晶が設置されているのだ。これは領主からの計らいで、是非とも使い魔の勇姿を見届けて欲しいとのことだった。
その後も試合は続いていき、オリヴィアとリュウデリアの番がやって来た。人が集まっている場所での素顔の披露はある意味で危険が伴う為、フードを確りと被っている。この日はオリヴィアが出る大会。つまるところ、賭けの内容が解る日である。賭けとは何の話か?それはギルドの者達がオリヴィアとリュウデリアがどこまで勝ち進むかという話である。
ある者はお小遣いを、ある者は臍繰りを、ある者は今月の生活費をベットした賭けが今始まろうとしている。なのでこの場には、この街の冒険者もやって来て応援の声を掛けていた。それら全ての声を無視し、オリヴィアはリュウデリアを肩に乗せたままリングの外側にやって来て、リュウデリアにリングへ降りろというジェスチャーをした。
指示に従いリングへ降り、蜥蜴の類の使い魔らしく4足歩行でゆっくりとリングの中央に歩くその姿は従順な使い魔の姿に他ならない。人間より賢い頭脳をも持つだけ、演技も中々である。オリヴィアが魔物使いとして確りと使い魔の手綱を握っているということを、暗に示しているのだ。そして栄えあるリュウデリアの最初の対戦者は、梟に似た姿の魔物だった。
どちらも翼を持っていて空を飛ぶことが出来る。そういう場合は、最初から最後まで空へ飛んで不平等な戦いにならないよう、飛べる時間は30秒で、降りてからは3分間飛んではならない事になっている。インターバル中に飛んだ場合は、イエローカードを出し、二回で退場となる。
「次の試合ッ!!カハラ選手の使い魔ヘイリーVSオリヴィア選手の使い魔リュウによる試合です!空を飛んだ場合によるルールは抑えているかッ!?準備は良いかッ!?ではいくぞッ!試合……開始ッ!!」
「…………………。」
「──────ッ!?」
審判による開始の合図が為された。試合は始まり、気合い十分だった梟に似た姿をした使い魔ヘイリーは、先手必勝と言わんばかりにリュウデリアへ向けて駆け出そうとした。相棒であるカハラと事前に打ち合わせをしていたのだ。試合が始まったら直ぐに突っ込んでいけ……と。反撃の機会を与えるなと。
長年やって来た相棒だからこそ、相棒の言っている事を理解した。本来対戦相手のカハラとヘイリーはその実力から、いい線まで行くのだろう。それだけの経験と絆が育まれているのだろう。だが相手が悪かった。悪すぎた。ヘイリーは一歩踏み出そうとした足がリングに吸い付いているが如く動かない事に驚愕し、前に居るリュウデリアを見る。依然として開始前と同じ姿。だがその背後に、途轍もなく巨大で強大な何かを見た。そして感じた。リュウデリアから送られてくる言葉を。
『──────棄権しろ。然もなくばこの場で殺し、お前の死肉を貪り食ってやる』
──────勘違いである。
実際リュウデリアはヘイリーが思っている事を思い浮かべてすらいない。正しくはこうである。
『さて……殺すのは拙い。ならば適当に掴んで場外にでも放り出すか。その方が楽だ』
で、ある。思っている事は平和的解決なのだが、無意識の内に絶望的なまでの強者の風格と覇気が滲み出て、ヘイリーを威圧していた。そんなつもりが無くても、ヘイリーはこれ以上前に立つならば問答無用でぶち殺す……と、言われているように捉えたのだ。ヘイリーの立派な羽根が精神的ストレスによって全て抜け落ちそうになる。
このままでは拙い。殺される。喰われる。それだけが頭の中を支配し、ヘイリーの体は恐怖に埋め尽くされた脳内に従うように後退していき、何時しかヘイリーは自身の足で場外へと出ていた。呆気に取られる観戦者達。これまで幾つもの熱い戦いがあったので、今度の試合もそうだろうと思ったのだが、内容は自らの場外。開始の合図から10秒程度の出来事だった。
「えーっと、ヘイリー場外のため、リュウの勝利です!正直、何が起きたのかは解りませんが……ルールはルールなのであしからず!」
「あれ!?ヘイリーっ!?」
「ありゃりゃ、どーしたんかね」
「さあ?具合でも悪くなったんじゃね?」
「あのリュウって使い魔、フォルムがカッコイイな」
「リュウちゃん可愛いーー!!」
「リュウちゃんこっち見てーー!!」
「お疲れ様。早かったな?私は何もしていないように見えたんだが、何をしたんだ?」
「……何も……全く何もしていない。あの使い魔が勝手に怯えて後ろへ下がっていった。それだけだ」
「……まあ兎も角、お疲れ様。次の試合を待とうか」
「……うむ」
出れば勝ちが確定するどころか、攻防すらも起こりえない状況になるとは誰が予想しただろうか。リュウデリアとて、相手の使い魔は怯えこそすれど、我武者羅にだったり悪足掻きだったりで向かって来るとは思っていたが、まさかの自主的な場外である。これには主催者である領主の男性も苦笑いだ。
その後にも当然2回戦目も始まるのだが、他が熱い戦いを見せていても、いざリュウデリアの番になると、突然相手の使い魔が逃げ出してしまうのだ。拍子抜けも良いところであり、何時まで経ってもリュウデリアは戦いのたの字も無い。これまでリュウデリアがやって来た事と言えば、オリヴィアの肩から降りてリングの中央に向かっただけ。それしかしていない。
2回戦目から大方察した観戦者達は、一様にリュウデリアの相手が逃げるか逃げないかの二択で戦いを見極めようとしている。誠に遺憾である。自身の使い魔ならば逃げたりしない!そう意気込んでいざ始まると、使い魔は怯えながらリングの外へと出てしまう。リュウデリアは何もやっていない。面白いぐらいに何もやっていないのだ。
結局トーナメントは5回勝ってしまい、観客からやっぱりな……という呆れの視線を受けて、青筋を立てながらリングへ上がるリュウデリア。何もしないまま決勝まで来てしまった。果たして、これまでの使い魔の武闘大会で、ここまでつまらない一方的な決勝戦進出者が居ただろうか?いや居ない。
決勝戦の相手は、明らかに不平等に感じるシード枠の前回優勝者であった。何もしないまま決勝戦に躍り出たのは相手も同じ。本来ならばこれまでの戦いの所為で負った怪我や疲労を蓄積しながら、前回優勝者に勝たなくてはならないという、結構な鬼畜仕様なのだが、今回の対戦相手は無傷の疲れ無しである。だがそれでも、前回優勝者の男性の表情に焦りは無い。
「いよいよをもちましてェ!決勝戦が開始されますゥ!選手は、前回優勝者にして特別シード枠を獲得していたバンナ選手と使い魔キング!対するはオリヴィア選手と使い魔リュウッ!!一睨みで全ての対戦者を脱落させた猛者が今!前回優勝者に鋭い牙を剥くゥっ!!前回優勝者はその牙に食い千切られてしまうのか!?または返り討ちで食い千切るのか!?勝負は如何に!?さぁ刮目して見よ!試合……開始ィッ!!」
「よっしゃ!お前の力を見せ付けてやれ……キングッ!」
「殺すなよ、リュウちゃん」
「……──────ッ!!」
「……サイズの規定を入れた方が良いんじゃ無いか?」
誰にも聞こえない声でぼそりと呟き、溜め息を溢すリュウデリア。何を見てそう言ったのか、それは対戦者の使い魔の大きさにある。リュウデリアの決勝戦の対戦者、前回優勝者の相棒というのは、低位の魔物で代表格として取り上げられやすいスライムだった。だがこのスライム……大きい。とても大きい。
本当のスライムは小さく、10歳の子供でも余裕で見下ろせる大きさでしかない筈のスライムがなんと、8メートル四方の大きめなリングの半分を占領している大きさをしているのだ。圧巻も圧巻である。普通に成人男性よりも大きいそのスライム、前回大会で余裕の勝利を収めた。まあ当然なのだろう。リングの半分は取られて使えないのだから。
巨大なスライムが寄ってくるだけで場外へ押し出される。空を飛んで凌いでも時間制限がある上に、スライムは粘液体質なのでリングを覆い尽くして広がれば着地と同時に詰む。卑怯と言わずして何とするスライムだった。だが何度も言うが相手が悪かった。普通の使い魔が相手ならば2連続優勝だったろうに。試合開始の合図と共に、津波の如く押し寄せるスライムへ、リュウデリアは初めて動いた。
「範囲縮小──────『
「────────────ッ!?」
リングの上は純黒に凍り付いた。急激に凍結された大気は何も無い所から異常な色の純黒な雹を降らせ、巨大なスライムであるキングの体は忽ち純黒に凍てついている。動かないのではなく、動けない。範囲はリングだけになるように精密な調整をしているので観客にその凍結の魔の手が差し伸べられる事は無い。だが、須く全ての観客は声を失った。
失礼ながら不正でもしているのではないのか……と、疑ってもいた観客だったが、その意見は瞬く間に覆された。どうやらリュウデリアの前から逃げた使い魔達は、我々よりも危機管理能力が長けているらしい。こんな事を易々とやってのける使い魔だと全く解らなかった。
魔法に耐性のあるリングの床が無理矢理凍らされたことによって罅が入り、今にも割れ砕けそうだ。スライムのキングも全身が凍っていて生きているのかすらも怪しい。観客は開いた口が塞がらないといった表情をし、一人だけ……対戦相手を殺した事による場外で賭に勝った!と、少々早計だか内心踊り狂っているギルドの男が居る。
呆気に取られていた審判が急いでキングの生存を確認する。だがスライムなので生存確認の仕様が無い。そこで審判はキングの相棒であり契約書のバンナに契約が切れているのかの確認を取った。同じく呆気に取られていたバンナだったが、キングとの使い魔のパスが繋がっているのを確認して、審判に申し出た。内心踊り狂っていたギルドの男は両膝を付いた。
判定は、キングを戦闘続行不可能と見なし、リュウデリアの勝利となった。反対の者は居ない。ケチのつけようの無いくらいの圧勝である。
「いやすんげー……ハッ!?んんっ!優勝はオリヴィア選手と使い魔リュウッ!!ここに新たな優勝者が生まれたァ──────ッ!!では、表彰に移りますので、優勝者のオリヴィアさんと使い魔のリュウ。2位のバンナさんと使い魔のキング……はその間に解かしますか。3位のシリンダさんと使い魔のバルは壇上に上がって下さい!領主のコレアン氏から直々に賞品とメダルが授与されます!」
「キング……俺のキングぅ……」
「1位、2位、3位でそれぞれ壁ありすぎじゃね……?」
「あの魔法は普通にやって解けるのか?」
「無理だな。俺の
「じゃあどうするんだ?」
「今遠隔で解いている。あのスライムも死にもせんし後遺症も無い。加減に加減を重ねたからな」
「成る程な。了解した」
3位の男は準決勝まで勝ち上がった、魔物のウルフから進化したハイウルフを使役するシリンダという男だ。そして2位のバンナも壇上に上がり、オリヴィアも上がった。肩にはリュウデリアが乗っている。壇上に上がった3人に、観客は総じて拍手を贈った。素晴らしい戦いであったと。魔物を使役する魔物使いも凄いのだと。
負けても笑い合い、次頑張ろうと励まし合う姿に胸を打たれた。試合に勝って共に嬉しがり、抱き締め合う魔物使いと使い魔には心温まるものがあった。それを見せてくれた選手達全員に万感を籠めた拍手を贈った。
この街の領主をしている40代程の男性がやって来るまで拍手が続き、3位から順番にメダルと賞品を手渡していく。オリヴィアも金のメダルと賞金が入った包みを渡され、領主が優勝おめでとうと言いながら握手の為に手を差し伸ばした時だった。観客の中から……絶叫があがった。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
「や、やめろっ……うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「なんだコイツ!!何しやがる!!」
「誰か助けてくれぇ……っ!!」
「な、なんだ!?何が起きている!?」
「ひ、人が人を襲ってる!?」
「あ……おいコラ!やめろ!!」
「マックー!座りなさい!!」
一体何が起きたというのか。今まで静かにメダルと賞品の授与式を見守っていた筈の観客が騒ぎ出した。だがあがるのは絶叫だ。痛みに悶える叫び声。砂漠で乾いた喉を潤す為に水を求める干涸らびかけた人間があげるような呻き声。その正体は、二日前に女性を襲った男性の状態と同じ症状が出た観客と、今まで静かにしていた使い魔の魔物だった。
目を充血させ、唾液を滝のように垂れ流し、近くに居る人間に襲い掛かって噛み付き、肉を引き千切る。使い魔達だけならば、結局魔物は魔物だと言えるのだろうが、暴れている者の中の大半は人間である。一体どうしてしまったというのか。事態の急変は本当に唐突だった。予兆すら無かった。故に異変に気付く暇も無かった。
領主の男性が阿鼻叫喚になりつつある広場にどうしたら良いのかオロオロとしている一方、2位と3位の男達は、暴れ出してしまった使い魔を止めようと必死である。幸い人を襲うような状態にはなっていないらしい。そしてオリヴィアとリュウデリアは、やはりこうなったかという顔をしていた。
「勘は正しかったようだな」
「あぁ。そして最初に人を襲い始める直前で、あの龍の気配がした。早業だ。瞬きをするような刹那でこれだけの者達の生体電流を弄った。そして……あの騒ぎの中で唯一棒立ちで居ても、何も被害を受けないどころか、驚いていない奴が一人」
「……先日、お前が言おうとしていたのは……これのことだったのか?」
「……そうだ。察しが早いな」
「はは。これでも驚いているんだぞ?まあ……失望が大半だがな。なぁ……実行犯とは別にこの騒ぎを引き起こす計画を立てたであろう首謀者」
オリヴィアはリュウデリアを伴って壇上から飛び降りて歩み出した。人が人を襲い、魔物が人を襲う、騒ぎと混乱の中で唯一観客の中に混じっていて被害を一切浴びていないどころか、焦りも恐怖も驚きすらもせず、表情一つ変えること無くその場に佇み続けた存在。隠れる気が更々無い、堂々としたこの騒ぎの犯人。
「何故こんな事をした──────受付嬢」
「……………………。」
そこに立って佇んでいたのは、オリヴィアとリュウデリアがこの街にやって来て、冒険者登録をした日から、何かしらで世話になった受付嬢の女性だった。何時もオリヴィア達がやって来ると笑顔で迎えてくれた、笑顔の似合う優しく優秀な受付嬢。だがそんな彼女は、今までの浮かべてくれた笑みは何だったのかと言いたくなる、能面のような表情をして、前に立ったオリヴィアとリュウデリアを見つめていた。
受付嬢の瞳は黒く、暗く、濁り腐っていた。何も信じていないような、信じることを諦めて復讐を誓った亡者のような、そんな……人が浮かべるべきではない暗い瞳が物語っていた。犯人は……この騒動を起こしたのは、紛れもなく私なのだと。
「全く。計画通りならばお前達も
「防いだ手立てをむざむざ
「……例の龍も動き出した。俺の相手は彼奴だな。ふは……態々事が起きると解っていて首を突っ込んだ甲斐が有れば良いがなァ?」
「──────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!!」
騒ぎの犯人は早々に分かり、実行犯だろう龍も現れた。オリヴィアは鋭い視線を受付嬢へ送り、リュウデリアは空を飛ぶ龍を見ながら口の端を吊り上げ、あくどい笑みを浮かべて嗤った。
この街はどうなってしまうのか。人々はどうなるのか。受付嬢や龍は何の目的が有ったのか。だがリュウデリアはその悉くがどうでもいい。狙うは龍。初めて邂逅する同族の、その持ちうる力にしか興味が無かった。
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