第20話  大会にエントリー



 平凡な街、アウグラリス。この街で昨日の昼間に不思議な事件が起きた。婚約者関係であった男女のカップルの内、男性の方が突如豹変し、婚約者である隣を歩っていた女性に襲い掛かり、組み付き、肩に噛み付いたというのだ。女性は命に別状は無いが、大量の出血を伴う怪我を負う。男性はその後憲兵に取り押さえられて連行されたが、未だ豹変した症状は戻っていない。


 仕方なしに牢屋に入れて監禁しているのだが、牢の中で暴れる一方だ。食事も取ろうとはせず、寧ろ食事を運んできた憲兵に襲い掛かろうとする始末。原因は未だ解明されておらず、診療所から医師が見に来たが、医師ですら初めて見る症状であるとのこと。現時点での判断としては、何か良からぬ物を食べたのでは……というあやふやなものになっている。


 小さな事件が起きてから翌日である今日、オリヴィアとリュウデリアはお馴染みの宿に泊まっていた。使い魔の同伴を許し、部屋も家具も掃除が行き届いて綺麗で、風呂も備え付けられて食事もついてくる。値段もお手頃なので重宝している。それは宿側も分かっているのか、オリヴィアとリュウデリアが来ると笑顔で迎えて何時もの角部屋の鍵を渡してくれる。お得意様と判断されているようだ。


 何時ものように用意をして飯を食べ、宿から出て来ると、今日も朝から図書館へと赴いた。昨日は途中で事件が起きたので有耶無耶となり、結局女性を襲った男性が憲兵に連れて行かれるのを見届けた後は宿の方へ行ってしまったのだ。




「今日はどうする?一日図書館で本を読むか?」


「……いや、それだとお前がつまらんだろう。だから本は昼までする。それに折角Eランクになったんだ、午後はギルドに行ってEランクから受注できる討伐系依頼をやるとしよう」


「なるほど、私に配慮してくれた……ということか」


「まあ、お前は本なんぞ読まんと思うしな。俺のやることに付き合わせ続ける訳にもいかんだろう」


「ふふっ。そう言ってくれるだけでも十分なんだがな。だが、そうだな……折角だから午後は依頼をやろう」




 オリヴィアはリュウデリアが自身のことを認めてくれているということを実感した。昨日控えめだが微笑み返してくれたので、まさかとは思っていたが、漸く確信することが出来た。自身はリュウデリアに認められた。それがとても嬉しい。嬉しくてつい、意識をしなければ顔がニヤけてしまいそうになる。ほんのり朱に染めた顔を見られる前に、オリヴィアは急いでフードを被った。


 若しかしたらまだ認められておらず、単なる気紛れという可能性も無きにしも非ずと言える。だが、オリヴィアは思う。認めておらず、警戒しなくてはならない相手に微笑むだろうか。認めていない相手の心境を配慮するだろうか。何とも思っていないならば、つまらないと思っていようがいまいが関係無いはずだ。少なくとも、リュウデリアは何とも思っていない相手に配慮なんぞしない。


 種族が違うので声を大にして言うことは出来ないが、思うにリュウデリアは根っからの男女平等主義。そして機械のように合理的な考え方を持つ筈だ。大を生かすために小を切り捨てるだろう。逆も又然り。つまり、認めていない者が相手ならば、オリヴィアにしたことを、リュウデリアはしないと言ってもいいのだ。


 やっと……やっと認めてもらう事が出来た。もっと永い年月を掛けなくては駄目なのかと思っていた矢先のことである。オリヴィアは今日の天気は雲の有る晴れだというのに、雲一つ無い晴天の下を歩いている気分だった。つまり何が言いたいのかというと、今オリヴィアはとても気分が良いのだ。


 スキップしてしまいそうな程舞い上がっているオリヴィアは、図書館に着いて、リュウデリアが本を読んでいる間も美しい微笑みを絶やす事は無く、ご機嫌に本のページを捲っていた。昨日は途中で退出してしまったが、今日は昼まで読んでいく事になっている。つまり、それだけリュウデリアが知識を蓄えるということだ。


 リュウデリアの一冊に掛ける時間は大凡10秒。一分で約六冊を読破してしまう。その驚異的な速読術と情報処理能力を使って次々と本を読み漁り、知識を吸収していく。そして今日は何の障害も無く、邪魔者も居ない。オリヴィアも機嫌が良いので次々と手際良く本を見せてくれる。その結果、リュウデリアはたったの4時間で図書館の全ての本を読んでしまった。


 因みにであるが、リュウデリアは昨日のオリヴィアへの説明で使った生体電流という単語と詳細は、元々知らなかった。つまり、その直前で人間の体についての本を読んでいたのだ。役に立つかは分からない。確かに彼はそう言っていたが、知識とは武器である。蓄えれば蓄える程手数が増えるのだ。


 丁度昼まででリュウデリアは本を読み終えた。彼が読んでいる間、オリヴィアは長時間同じ姿勢で本を持ち、只管ページを捲っていた。肩が凝るなんてレベルの話では無いはずだ。だがそこは流石の治癒の女神。自身を治癒しながら本を捲っていた。疲れた傍から治癒する、オリヴィアにしか出来ない荒技だ。




「さて…と、討伐系では何があるやら」


「……ウルフの討伐でいいんじゃないか?」


「まあ、それが多いからな」


「魔物の中でも低位の奴等だ」




 ゴブリンと比べれば厄介度は高いと言えるだろうが、どちらにせよ低位の魔物である。冒険者ギルドの下から2番目のクエストとして張り出されるくらいだ、その弱さは推して知るべしだろう。だが勿論、低位の魔物だからといって油断すれば、隙を突かれてやられる……何てこともある。


 低位の魔物が相手なのだから余裕だろう。そう考える者が居るが、やっている事は命の奪い合いである。隙の一つを晒すだけで戦況が変わると考えても大袈裟ではない。まあ、ここまで油断や隙の話をしたが、リュウデリアは問題ないだろう。隙一つで戦況が変わるのは、力に歴然とした差が無い時だ。世界最強の種族が今更低位の魔物にやられるなんて事があるだろうか。


 否。否である。力とは強さであり、正義であり、真理である。力が無ければ何も貫くことは出来ない。護れない。語れない。世界は弱肉強食であり、残酷なまでに平等である。故にウルフは圧倒的強者であるリュウデリアの手によって狩られるのだ。そこに明確な理由は無い。ギルドのクエストボードに貼り出されていたから。それだけで狩られてしまうのだ。




「こんにちは、オリヴィアさん。使い魔さん……リュウちゃんもこんにちは」


「…………………はぁ」


「あぁ、こんにちはだな。早速だがこの依頼を受ける」


「はい。内容は……街の周囲で彷徨いているウルフ5匹の討伐ですね。ウルフは魔物の中でも低位ですが、油断の無いようにお願いしますね!」


「分かっている。これでやられたら笑い話にもならん」


「そうですよー。だから気を引き締めて!ですよ?……あっ、それとオリヴィアさんに昨日言おうとしていた事があったんでした!」


「うん?」


「……?」




 恒例となりつつある受付嬢の引き留めに立ち止まる。ウルフの討伐はたったの5匹なので時間的には問題ない。それに言い忘れていた事というのは、本来昨日の時点で伝えようとしていた内容だ。恐らくオリヴィアとリュウデリアがギルドに顔を見せたら伝えようとしてくれていたのだろう。残念ながら昨日は、図書館に行ってそのまま帰ってしまったので、伝えそびれてしまったのだ。


 来た道を引き返して受付嬢の元まで戻ると、受付嬢はある紙を一枚オリヴィアに手渡した。使い魔という体なので文字は読めなく、興味が無い……という風を装いながら、横目でオリヴィアが持つ紙に視線を落とす。そこには、2日後の明後日にこの街の領主が主催の使い魔による大会があるのだそうだ。


 参加は自由。出場者は使い魔に限る。契約者が同伴する事は禁じられており、使い魔の近くに寄ったり、魔法による支援等をした場合は強制的に退場となる。対戦内容は使い魔によるバトル。但し、使い魔自身が魔法を使える場合は使用を許可する。優勝賞金は100万G。2位が10万G。3位が高級旅館の一泊二日券(5万G相当)の贈呈である。因みに、対戦相手を殺傷するのは厳禁。出場に伴った使い魔の負傷の責任は取らないので自己責任とする。


 オリヴィアは最後まで読んで、受付嬢の言いたいことが解った。そしてリュウデリアもオリヴィアの肩の上で理解しつつ、受付嬢からは見えない方の口の端をヒクつかせた。確かにリュウデリアは使い魔だ。だが体である。そしてその正体は『殲滅龍』だ。人間が使役する使い魔がそんな『殲滅龍』に勝てるわけが無い。仮に勝てたとしたら、それは龍よりも明らかに強い別次元の生物だろう。


 つまり、目を爛々と輝かせて出ましょう!という感情が漏れて出ている受付嬢の誘いのままに出れば、エントリーした瞬間優勝が決まる。出来レースも良いところだし、何よりリュウデリアの対戦相手になる使い魔がとても可哀想である。




「どうですか!?オリヴィアさんとリュウちゃんならば優勝出来ると思うんですっ!」


「いや……まあ面白そうではあるが……」


「……………………。」




 珍しく歯切れが悪いオリヴィア。チラリと肩に乗るリュウちゃ……じゃなくリュウデリアの方を見る。どうしようかと悩んでいる様子だ。何せ出ると言うのは簡単だが、実際リングに上がって戦うのはリュウデリアである。しかも相手は雑魚ばかり。『英雄』クラスの使い魔が居ればそれはそれで出て良いと考えるのだろうが、そんな使い魔がこんな所に居るわけが無い。


 賞金の100万Gだって、確かに貰えるなるば貰うに越したことは無い。大金だ。当然だろう。しかしそれを貰うには出来レースにリュウデリアを引っ張り出す必要がある。オリヴィアは勝手にそんなことをしたくない。というよりも、リュウデリアに変な負担を強いたくないのだ。ぶっちゃけ大会に出て負担になる相手が居たら居たで会ってみたいものだが。




「んんっ……エントリーして良いぞ」


「……?」


「理由はウルフを狩りながら話す」


「……!」




「うーん、優勝出来ると思うんだけどなぁ……」


「……その話だが、やはり出ようと思う」


「えっ、本当ですか!?」


「あぁ。私のリュウちゃんがどこまで通じるのか少し気になるし、何より折角奨励してくれたんだ、やってみても良いだろう」


「うふふっ、やった!私受付嬢ですからオリヴィアさんとリュウちゃんの活躍する姿を見てみたかったんです!」


「私は出ないがな」


「あっ、そうでした!」


「……………………。」




 舌を出してうっかりしてましたと戯ける受付嬢を、リュウデリアは目を細めながら見つめ、興味が失せたようにそっぽを向いた。その後、オリヴィアが受付嬢から渡されたエントリー用紙に必要な事項を記入してエントリーは終了となった。明後日に開催されるというのに、今申し出ても間に合うのか?と、思ったが、受付嬢の計らいで特別に出場出来るようにしてくれるらしい。


 元から出場させる気満々だったのだろうと、少ししてやられた気持ちになりながら、オリヴィアはリュウデリアを連れてギルドを後にした。因みに余談ではあるが、受付嬢とオリヴィアの会話を盗み聞きしていたギルドの者達は、早速オリヴィアの使い魔がどこまで行けるかという賭けを始めた。内容は優勝四割。2位が三割。3位が二割。対戦相手を殺して退場が一割だった。最後の賭けの内容は大穴過ぎる。それには受付嬢も苦笑いだった。











































「──────ギャっ!?」




「3匹目。あと2匹は逃げ腰……と」


「全く、低位なのは百も承知だが……弱すぎる。所詮はEランクの討伐系クエストだな」


「お前からしてみればSSSランクと戦っても同じ事を言いそうだがな。しかし何故、使い魔の大会を出ることにしたんだ?正直な話、つまらんし見世物になるつもりは無い……と言って出場を断固拒否すると思ったんだが」


「その話をする前に、最初に言っておくが……決定打は俺の勘だ」


「……勘?」




 ギルドを出てから街も出て、周囲を適当に散策していると、初めてのEランククエストで指定されているウルフ5匹が出て来た。家族なのか群れの仲間なのかは知らないが、散り散りになっていなくて助かったと思い、戦闘はリュウデリアに任せた。依然としてオリヴィアの肩の上に乗っているリュウデリアは、襲い掛かってくる前衛2匹のウルフを魔力操作で動きを止め、そのまま頭を捻じ切った。


 続いてやって来る1匹のウルフには、地面から隆起させた土の棘で串刺しにして身動きを止め、出血死する前に頭を先の2匹と同じやり方で頭を捻じ切った。残った2匹は、仲間が3匹ともあっという間に殺されてしまった事に恐れて、精一杯の威嚇をしながらゆっくりと後退していった。


 だが逃げることは出来ない。依頼はウルフ5匹の討伐である。それにリュウデリアを前にして逃げ果せる事などほぼ不可能と言っても良い。コイツらには勝てない。そう悟って逃げ出そうとするウルフ2匹だが、背後に土の壁が迫り出てきたことで失敗し、やるしか無い……と、覚悟を決めたはいいが、振り向く間も無く……ウルフの首は千切れた。


 リュウデリアは殺したウルフの死体を別の空間に送り込んで確保し、話を進めることにした。オリヴィアもリュウデリアの説明を受けながら街へ向かって歩き出した。




「先日、龍の気配がしたと言っただろう?」


「言ったな。その後の事件はその龍が使った魔法の所為であるとも」


「そうだ。あれは確実に龍の仕業だ。だが腑に落ちない。龍ともあろう者が、あんな小さな事件を起こして満足し、はいお終い……で終わると思うか?俺は他の龍に会った事が無いが、これだけは言える……絶対に無い」


「では何故、事件を起こした龍はそれだけで終わらせたんだ?」


「これは推測だが、龍は既に俺達が居る街を標的にしている。そして頃合いを見て襲撃でも何でもするつもりなのだろう。先日のは待ち遠しくて我慢ならず、つい手を出してしまった……という線ではないかと思っている」


「ふむ……勘だと言っていたのは……」


「その襲撃決行の日が使い魔の大会の日だと思った。完全に俺の勘だからな。信用しなくて良い」




 長寿である龍としてはまだまだ若いリュウデリアの勘は、まだ信憑性が薄いだろうし、何より当たるかどうかも解らない。なんだったら龍が今後街にちょっかいを出してくることすら無く、アレは単なる気まぐれ……だという線だってあるのだ。故にリュウデリアは信じなくて良いと言ったのだが、オリヴィアはそんなリュウデリアを見てクスリと笑って頭を優しく撫でた。


 信じない訳が無い。例えリュウデリアの言った勘と推測が間違っていたとしても、リュウデリアを信じたのは自身で、そこに後悔も何も無い。そして同時に躊躇いも無い。リュウデリアが言うのならば私は信じよう。頭を撫でながら見つめ、顔に浮かんでいる優しい微笑みが、言外に物語っていた。


 オリヴィアからの信頼が伝わってくる。言葉にしなくても伝わってしまう位、無類の信頼性であった。リュウデリアはオリヴィアに撫でられて目を細めながら、もう一つだけ言っておきたい事があったので口を開いた。




「……なぁ」


「うん?どうした?」


「……いや、何でも無い。早く受付の女に報告して何か食おう」


「ふふっ。昼を食べたばかりだというのに、仕方ないな。いいぞ、ウルフ討伐の達成報酬で何か食べよう」




 街へ戻っていくオリヴィアの横顔を少しだけ見つめてから、顔を伏せてしまうリュウデリア。彼は教えておこうと思った事があったのだが、オリヴィアの顔を見たら言う気になれなくなってしまった。言わなくてもそこまで支障は無いと思うし、言ったところで問題は無いとも思う。だが何故か言う気になれなかった。


 二人は何時ものようにギルドへ戻って依頼が完遂した事を、ウルフ5匹の亡骸を見せると共に報告し、報酬を貰って出て行った。街を適当に回って食べ歩きをし、お馴染みの宿へと宿泊する。そして時間はあっという間に経ち、二日後の日となった。







 今日はエントリーした、領主主催による使い魔の武闘大会が開かれる日である。







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