第24話  龍 VS 龍



 大気が震え、雲が散る。火花が弾け、衝突音が鳴り響いた。大空で2匹の龍が体をぶつけ合っている。人の目では小さな点にしか見えないような遙か上空。制空権を奪い去る龍にとって、空は己の領域。何も障害が無く、純粋な力比べとして最も最適な場所。そこで、2匹の龍は戦っていた。


 常人には2匹が動いている姿をその目で捉える事など出来やしない。目にも止まらぬ超速度で動いているのだ。魔法を放てば大爆発を起こし、簡易的な魔力の塊を創り出せば村一つは呑み込めるのではと思えるほど大きく、展開される魔法陣は複雑な機構で恐ろしい威力を誇り、龍以外の種族が当たろうものならば、一撃でも十分過ぎる程の必殺だろう。




「──────はははははははははははははははははははははははははははははははははははッ!!!!楽しいなァ!?えェ!?俺は今楽しくて仕方が無いぞッ!!ダンティエルも中々だったが直ぐに殺してしまったッ!!だがお前はまだ生きて俺と戦えているッ!!ぁあああぁあ……ッ!!俺は今……ッ!!戦いを楽しんでいるッ!!もっとだッ!!もっともっともっともっとォッ!!俺にお前の力を見せてくれッ!!」


「んッの……ッ!!ざっけんなよクソヤロウが……ッ!!さっきからバカみてェな威力の魔法バカスカ撃ちやがってクソが!!テメェの魔力は無尽蔵かマジで!!しかもどうやったらンな訳分からん速度が出んだよッ!!これ以上速度出したら鱗剥がれるわッ!!」


「ならば己の肉体を強化しろッ!強化して強化して限界を超えてッ!俺ともっと魂を削り合うような不毛な戦いを存分にしようじゃないかッ!!ぁあ駄目だ……俺の心の臓腑が熱くて仕方ないッ!!第二段階にギアを上げるぞッ!!良いよな!?良いだろう!?さあ俺を──────もっと愉しませろォッ!!」


「まッッだ余力あンのかよふっざけんなマジでッ!!クッソがァッ!!いいぜやってやンよ!!ボコボコにぶちのめしてやらァッ!!」




 ゲラゲラと狂ったように嗤って巨大な純黒の魔法陣を展開するリュウデリアに、負けじと巨大な魔法陣を展開する龍。籠められている魔力は計り知れなく、それでも彼の魔法の威力の方が高い。魔力効率が良すぎる。こっちが1の魔力で100の火力を出すのならば、リュウデリアは1の魔力で5000の火力を出してくる。


 リュウデリアと接戦している龍は苛ついたように吼えながらリュウデリアの元へと飛翔する。何故人間の絶望に染まった顔を見るために2年も待ってやったのに、見るどころかこんな事になっているのかと、自問自答したくなってくる。確かに他に龍が街に居ることは知っていたが、こんなのが居るとは思ってもみなかった。


 龍は全力でリュウデリアに対峙する。何故か。それは何時消し飛んでも仕方ない戦場になってしまっているからである。

































「──────テメェか。俺の魔法を弾いたのは」


「──────お前だな。3日前に感じた龍の気配は」




 オリヴィアの肩から飛び去って上空までやって来たリュウデリアは、小さくしていた体を元の大きさへと戻していた。久しい元の体。小さいのも街に入るには良いが、やはり元々の自身の体の大きさが一番気持ちが良い。開放感がある。


 街で騒ぎが起きてから、常人には点にしか見えないだろう遙か上空から、三日前に感じた龍の気配があったので、直ぐここへやって来た。そして上空に居たのは、全身を黄色の鱗で覆った龍だった。体の大きさは同じくらいだろうか。龍は皆同じくらいの大きさになれば、それからの体の大きさの成長は止まるのだ。中には成長が止まらず、大きくなり続ける者も居たらしいが、今は良いだろう。


 リュウデリアは黄色の龍の体を見る。初めて目にする自身以外の龍。嘗て精霊のスリーシャから、あなたの姿形は私が知る龍の姿形とは違う……と、言われた。それ故に、本来の姿形で産まれなかった自身を突然変異なのだと思った。だがどれ程違うのかというのが今一つ解っていなかったが、こうしてみると確かに違う。


 この世に居る龍というのは、基本4足歩行をする為の体の作りになっている。想像しやすくするならば、蜥蜴を硬い鱗で覆って翼を生やして巨大化させたものだと思えば良い。つまり二足歩行で移動するような身体の作りにはなっていない。しかしリュウデリアは違う。


 鱗や翼、鋭利な爪や牙は龍そのものだが、身体の作りは人間に近い。多少首が人間よりも長くなっている事くらいか。それでも世に知られている龍の首よりは短い。二足歩行を基本とし、寧ろ4足歩行はあまりしない。そんな姿が同じように見えるはずも無く、確かに己は突然変異だと、改めて思った。


 初めての同族で、リュウデリアは感動の出会いとも言えるのだが、相手の黄龍は違うようで、同じ高さで飛んで対峙しているリュウデリアの事を睨み付けていた。何やら怒気が伝わってくるので、何かやっただろうかと首を捻るのだが、黄龍は最初に放った魔法が防がれたのが気に入らないのだ。




「オレの魔法は確実にテメェに当たった筈だ。どうやって弾きやがった?」


「あぁ、その事か。確かに当たったが、生体電流を弄られる前に魔力で打ち消しただけだ」


「……あ?当たって弄られる前に打ち消したァ?」


「オリヴィアの場合は俺の創ったローブが魔法を反射しただけだ。お前自身には効かなかったようだがな」


「だから一発だけ跳ね返ってきやがったのか。……どうやらテメェは中々やる奴みてェだな」




 黄龍の放つ魔法は超精密で速い。ほんの一瞬で意識を弄ることが出来るというのに、リュウデリアは既に、その魔法を対処するだけの反応速度を獲得していた。実際知らなければ危なかったのかも知れないが、リュウデリアは三日前に原因をその眼で見ている。一瞬気配を感じ取っただけの、その間で魔法を完璧に掛けたのだ、それさえ知っていれば、リュウデリアは対処可能となる。


 オリヴィアにも効かず、跳ね返ってきた時には少し驚いたが、理由を知れたならばもうどうでも良い。一人魔法が掛からなかった所で、あれは単なる時間稼ぎのようなものなのだから。そして黄龍はリュウデリアの魔法技術を知っても驚きはしない。龍ならばその位出来ても可笑しくは無いからだ。


 普通ならばこの短期間で黄龍レベルの魔法を弾けるようになるのは異常で、その片鱗を見れば誰だって驚くだろう。だが龍は何故と思えど驚くに値しないのだ。転生した者や使い魔の大会然り、少し魔法を使っただけで有り得ない……と、ばかりに驚かれてばかりだったリュウデリアはつまらなさを感じていたが、これが龍。強さの基準が世界で最も高い最強の種族。リュウデリアは面白そうに口の端を吊り上げた。




「自己紹介といこうか?俺はリュウデリア・ルイン・アルマデュラという」


「……知ってんよ。人間の国滅ぼして噂されてる『殲滅龍』だろ。調子に乗ってるのが居るって思ってたんだよ。ちなみにオレはウィリス・ラン・エレクトヴァだ。覚えておけ」


「ではウィリス。先の俺とオリヴィアへの攻撃は水に流そう。だが代わりに──────お前の力を見せてもらおうか」


「はん。何上からもの言ってんだゴラ。まあ、良いぜ。お前をぶちのめして舎弟にしてやらァ」


「ふはッ──────征くぞ」


「──────来いや」




 全くの同時にその場から動き出し、初速から目に見えない速度を叩き出した二匹は減速すること無く頭突きしあった。爆発音に間違うような音が鳴り響き、近くにあった雲が吹き飛んでいった。しかし頭突きをしている二匹は痛みを感じている様子が無い。龍の鱗は頑丈で、それだけで無く肉体までもが強靭で頑丈なので、例え頭をぶつけ合ったとしても、大したダメージにはならないのだ。


 頭をぶつけながら睨み合う両者で、ウィリスが最初に仕掛けた。右腕を振りかぶってリュウデリアの顔面を爪で引き裂こうとしたのだ。左から真っ直ぐ顔に向かってくる手を眼で追っていたリュウデリアは顔を引いて回避した。しかしそれを読んでいたのか、ウィリスは右から左に行く流れを体全体で使い、体を捻って尻尾を振った。


 長い尻尾はその分リーチも長く、遠心力が加えられたその速度は引っ掻きと比べても数段速い。それが引っ掻きからほぼノータイムの速度で繰り出されては、リュウデリアは避けきれない。向けられたウィリスの尻尾が、引っ掻きを避ける為だけに逸らしたリュウデリアの横面に叩き込まれた。


 ばちんという破裂するような音が鳴り、ウィリスは手応えが有ったとほくそ笑む。流れるような二連撃を躱さなかった。否、躱せなかった。ウィリスは推測する。此処へやって来て最初にやったことが、ウィリスの体を観察するように見ること。他の龍や親の龍を見ていればそんな、姿形を確認するような視線を送ってくる必要は無い。つまり、この純黒の黒龍は自身以外の他の龍を見たことが無い、捨てられた龍だということを。


 他の龍に会った事が無いということは、龍と戦った事が無いということに他ならず、ウィリスから言わせて貰えば対龍の喧嘩初心者。恐るるに足らず。碌に戦った事すら無い奴が、どうしてこのオレに戦いを挑もうと言うのか。口調からして自信過剰。人間なんて下等生物を少し殺しただけで、己の力を過信した愚かな龍。それがこの僅かでウィリスが出した推測だ。




 ──────……ッ!?待てよ。手応えはあったが、何だこの感触!?硬すぎるッ!!




「……っ!ははッ。鱗越しとはいえ、衝撃が中に届いた。良ィい一撃を見舞ってくれるなァ。では、今度は俺の番だ」




「……あ?──────ぐぉっ……ッ!?」




 ウィリスが尻尾を顔面に思い切り叩き込んでやったにも拘わらず、尻尾の打撃の威力で少し体勢を崩そうとも、眼はウィリスを捉えて離していなかった。尻尾が当たった時、確かに手応えがあった。真面に叩き込んでやったという確信があった。確信があったからこそ判断が遅れたが、その後に悟ったリュウデリアの鱗の硬さと体幹の強さは異常だった。罅すらも入らず、痛みを受けた様子も無い。言葉からして感じたのは衝撃だけのようだ。


 尻尾を横面に叩き込まれたリュウデリアは、その叩き付けられた尻尾を、逃げられないようにまず左手で掴み、その後右手も使って両手でがしりと掴んだ。人間に近い姿をしているリュウデリアならではの行為。ぎちりと尻尾が軋む程の万力の力で握られ、痛みで顔を歪めながら振り解こうとした瞬間、ウィリスの体をリュウデリアを基点として円を描いて振り回し始めたのだ。景色がぐるりと回る中で、ウィリスは高速で回されることにより、顔をリュウデリアに向けることすら出来なかった。


 ならば無理矢理にでも魔法で剥がしてやろうとするのだが、それを察してかリュウデリアがウィリスの尻尾を離して投げ飛ばした。豪速で投げ飛ばされるウィリスだが、翼を使って強く羽ばたいて距離をそこまで開ける事も無く止まった。空中でその停止は称賛に値するだろう。ウィリスは無理矢理振り回された事によって少し回った頭を振って正常にし、歯を噛み締めながらリュウデリアの方を見る。


 見えたのはリュウデリアではなく、目と鼻の先に接近していた巨大な純黒の炎球だった。気付かない内にもう目前まで迫っていた純黒の炎球に瞠目した。そして着弾して大爆発を起こした。リュウデリアはウィリスの方に向けて右手を突き出している。投げ飛ばした後に追撃として放ったのだ。


 リュウデリア自身だと普通に魔力を籠めた程度の認識だが、莫大な魔力を持つリュウデリアの普通が本当の普通な訳がなく、他人からしたら途方も無い魔力が込められている。そんな純黒の炎球が爆発して爆煙が朦々と立ち籠める中で、爆煙の中から巨大な雷球が5つリュウデリアに向けて放たれた。


 視界が遮られてウィリスの姿が見えないのを逆手にとって、ウィリスはリュウデリアと同じように膨大な魔力が籠められた巨大な雷球を飛ばしたのだ。全部で5つ。リュウデリアは一先ず回避しようとその場から動いたのだが、雷球はリュウデリアが動いたことで軌道を修正して追い掛けてきた。追尾をすることが可能なのだ。


 リュウデリアは面白そうに顔を歪ませて嗤い、身体を丸めて顔は腕で防御し、更に体全体を大きな翼で覆って防御態勢に入った。そして着弾。リュウデリアがウィリスに放った炎球と同程度の爆発が捲き起こり、それが5発全弾当たった事で立て続けに起こる。爆発の威力で大気が震える。ウィリスは飛んでいる翼の羽ばたきで爆煙を消しながら、リュウデリアの居る爆煙を注視する。


 すると、大きな爆煙の中から純黒の鎖が現れた。それは意志を持つようにウィリスに目掛けて伸びて来る。捕まるのは拙いと判断したウィリスはその場から高速で飛翔して純黒の鎖から距離を取る。だが純黒の鎖はその取られた距離を詰めてくる。先のウィリスが放った雷球のように、追尾をするのだ。


 大空を縦横無尽に飛び回って鎖を回避する。だが鎖は何処までも追い掛けて来て、ウィリスの事を何時しか囲い込んでいた。ウィリスを捕らえる為の檻が完成したことに舌打ちをしながら、背後に3つの魔法陣を展開し、リュウデリアに放った雷球を生み出して鎖の檻の手薄な場所目掛けて同時に3つ放った。


 純黒の鎖に3つの雷球が着弾すると同時に大爆発が起きて、ウィリスはその中を突っ込んでいった。雷球の爆発で純黒の鎖が弾かれた事による空間を縫って脱出したのだ。しかしウィリスはそれでも逃げ切る事は出来ず、右前脚に純黒の鎖が巻き付いているのに気が付いた。檻を手薄にしたのは囮で、ウィリスが一連の動きをすると考えて、別の鎖を待機させていたのだ。


 出し抜くことが出来なかったウィリスはもう一度舌打ちをし、巻き付いた純黒の鎖に噛み付いて力付くで剥がそうとするも剥がせない。純黒の鎖は異常に頑丈で破壊することが出来ないのだ。剥がさなければと思っている内に、もう一方の左前脚にも純黒の鎖が巻き付いた。そして鎖はウィリスが抗えないような力で引っ張り、純黒の鎖の根元に居るリュウデリアの元までウィリスを連れて来た。




「テメェっ!離せコラッ!!」


「はははッ!!俺とこれだけの時間戦えているのは、お前が初めてだッ!!まだまだイケるだろう?もっとお前の力を見せてくれッ!!」


「こンの……ッ!!この距離でぶっ放すつもりかよッ!!」




 純黒の鎖で引き寄せられたウィリスは、両手をリュウデリアの両手と合わせた。リュウデリアが指を絡ませてきたことで引き抜けない。幸い巻き付いていた純黒の鎖が消えたものの、今度はリュウデリアの剛力によって拘束された。指がびきりと嫌な音を奏で、痛みで顔を歪ませる。


 両者の距離が零になっているこの状態で、リュウデリアは大きな口をがぱりと開き、小さい純黒の球体を超密度で形成し始めた。リュウデリアが主に使う圧倒的魔力の質量で、総てを呑み込む純黒の光線である。それをこの零距離で放とうとしている。


 流石のウィリスも戦慄した。リュウデリアの籠めている魔力が本気で途方も無いからである。撃ち放たれれば、いくら龍の鱗や身体が頑丈といえども、零距離で食らえばタダでは済まないというのは想像に難しくない。大きく口を開けて眩い純黒の光を生み出す球体を形成しながら、ウィリスを見て眼だけで嗤っていた。如何するとでも言うその眼に怒りを覚えながら、ウィリスは全身から雷を迸らせた。




「──────『總て吞み迃むアルマディア──────」




「──────『雷竜らいりゅう纏慧雷迸てんけいらいほう』ッ!!」




 誰もが聞いたことの無いような雷鳴が轟き、全方位超無差別高威力放雷が炸裂した。黄色の雷がリュウデリアを易々と包み込み、周囲3キロに渡って迸り、危なく地上にまで到達するところだった。もう少しリュウデリア達が地上に近い場所で戦っていたら、今頃街はウィリスの放った雷によって消し炭と化していたことだろう。


 ウィリスが全方位に放った雷は約20億Vである。自然現象で発生する雷の電圧が平均して1億Vであると言われているので、単純に普通の雷の20倍の威力に相当する。そしてそんな放雷を零距離で真面に受けたリュウデリアの形成した純黒の球体は暴発し、込められた魔力全てを使った想像を絶する大爆発を引き起こした。


 その威力たるや、残っていた雲が地平線の彼方まで吹き飛んで、完全な快晴の天気にしてしまうほど。巨大な爆煙が広がり、二匹の龍がどうなったのか分からない。地上に生える草木を揺らすほどの大爆発の中心部に居たリュウデリアとウィリスはどうなってしまったというのか。


 朦々とした爆煙が広がっている。国なんて消し飛んで当然の爆発が起こった後には、嫌な静けさがあった。しかしそれから少しして、爆発の中で黄色の雷と純黒の光が見えた。中で戦っているのだ。両者は大爆発を零距離で受けておきながら、まだ戦える状態にあるのだ。


 巨大な爆煙が上下で真っ二つに斬り裂かれる。裂かれた爆煙と爆煙の間にはリュウデリアとウィリスが居り、リュウデリアは尻尾の先端に純黒の魔力で造った刃を出して振り抜いていた。ウィリスはそれを上体を反らすことで避け、純黒の魔力の刃を形成した尻尾を思い切り振った事で斬撃が生み出され、爆煙が断ち切られてのだ。


 寄れば斬られるのを解っていてウィリスは敢えてリュウデリアの懐に入り込み、尻尾を振れないようにした。間合いを詰めれば斬るための振りを奪うことが出来る。再び零距離になった途端、ウィリスは魔法陣を展開してリュウデリアに巨大な雷球を叩き付けた。正面から雷球に当たってしまうリュウデリア。だが爆発はしなかった。


 巨大な雷球を受け止めていたのだ。両腕を広げて抱き締めるようにして雷球を受け止め、純黒なる魔力で覆って呑み込んでしまった。それにはウィリスも驚きを隠せない表情をする。相殺するでもなく、魔力の塊を受け止めて覆い尽くし、呑み込んで無効化してしまったのだ。籠めた魔力は相当なものだった。だが関係無いとばかりに消されてしまう。


 驚きの所為で少しの隙が出来てしまった。そこを見逃すリュウデリアではない。リュウデリアが胸の前で手を叩いて合わせると、リュウデリアとウィリスの周囲一帯に純黒の魔法陣が多数展開された。その数は軽く見積もって100は下らない。その一つ一つからは膨大な魔力が感じられ、ウィリスは顔を引き攣らせた。


 魔法陣は光り輝いて中央に魔力を集束させる。そして放たれるのは純黒の光線だった。幾本もの光線がウィリス一匹を狙っている。ウィリスは飛翔してその場から回避した。100本以上の膨大な魔力を籠められた光線は、ウィリスが先程まで居たところを狙い撃って通過し、再度放たんと魔力を集束させ始めた。ウィリスは内心怒鳴る。あれだけの魔力を集束させておきながら、何発でも撃てるのかと。魔法陣一つにどれだけの魔力を注ぎ込んでいるのだと。


 ウィリスは一発でも受ければ体に穴が空きそうな程の魔力を籠められた光線を、大空を広く使って避けていく。魔法陣は未だその魔力を尽かせる気配が無い。有り得ないほどの魔力を注がれた魔法陣が100以上も展開されている。何故それだけの魔力を使って術者が平然としているというのか。そしてウィリスは瞠目した。先程までリュウデリアが居たところには、彼の姿が無かったからだ。


 ばさりという音が聞こえた。よく聞き慣れた、翼をはためかせる時に聞こえる音が、目の前から。まさかと思いながら前を向き直した。ゆっくりに感じる振り向きで、見えてきた正面には、リュウデリアが此方を見ながら嗤って右腕を振りかぶっている所だった。回避しようと思った。しかし視界の端には純黒の光線が既に此方へ向かって放たれていた。


 リュウデリアの殴打を受けずにその場で無理矢理回避をすれば、体勢が崩れて100以上もの純黒の光線の餌食となる。そうなれば体に穴が空くなんてレベルの話では無く、確実に体の大部分を持っていかれる。ならば、と……ウィリスはリュウデリアの殴打を受け止めることにした。


 振りかぶった右腕が振り抜かれて、固く握り込んだ右拳がウィリスの顔面に伸びる。受けた衝撃でそのまま後方へと態と飛んでいき、純黒の光線を回避する。ダメージを受ける覚悟は決めた。そして大丈夫だと自身を鼓舞した。自身の鱗は硬く、殴られる覚悟も決めた。魔力によって全身を覆って防御し、殴られるだろう顔面は最も厚く魔力を覆っている。そしてリュウデリアの純黒の鱗に覆われた右拳が左頬に触れ、ウィリスの意識はぶつりと途切れた。




「──────ごばァ……ッ!?」


「はっははははははははははははははははッ!!!!」




 腹部に何かが激突した。吐き気に襲われて頭の中が混乱している。突然何が起きたのか、何をやっていたのか訳も解らず目が泳いだ。そして思い出す。リュウデリアと戦闘中で、避けきれない状況になったので殴られる覚悟を決めて、甘んじて受けてからの記憶が飛んでいる。何が起きたのか解らないが、何が起きていたのかは理解した。


 リュウデリアに殴られた瞬間、その殴打の威力で一時的に意識を飛ばしたのだ。そして吹き飛ばされ、意識が飛んでいて無防備な自身の腹に膝蹴りをお見舞いしたのだ。だから、腹部に来た頭の可笑しいほどの衝撃は、今尚腹部にめり込んでいる膝が物語っている。体がくの字に曲がって隙だらけだ。そこへリュウデリアが両手を合わせた拳を、ウィリスの背中へ叩き込もうとしている。


 腹部への衝撃で吐きそうになりながら、ウィリスの全身に雷が帯電した。そしてリュウデリアが両手で作った拳を振り下ろして叩き付けられる瞬間、その場から雷の如く速度を出して退避した。ウィリスは殴打を避けながらリュウデリアの動体視力にも戦慄する。雷の速度で避けたにも拘わらず、リュウデリアの瞳はウィリスを捉えて一切離さなかったのだ。


 雷速の移動によって、姿を捉えられていようと殴打を回避する事が出来た。リュウデリアの元から瞬時に500メートルは離れた所に雷を伴って現れる。当たれば腹部へのダメージと同等のものを受けることだったと、人知れず冷たい何かを感じながら、目前に残像を伴いながら現れたリュウデリアに瞠目した。


 速い。あまりに速すぎる。瞬きもしていないのに忽然と現れたように感じる接近。リュウデリアが現れて残像が後から付いてきたのを辛うじて捉えたので、瞬間移動の類では無く、純粋な移動で現れたというのが解った。そしてリュウデリアは現れた傍から左腕を振りかぶり、その拳には魔力が漲っていた。魔力を纏わせる事による簡易的な強化。リュウデリアの殴打は受けて解った。あれは甘んじて受けて良いものではない。


 姿形が違うのに龍だという事から、リュウデリアが突然変異で産まれてきた事は理解出来る。他の龍に会った事が無いことから察するに、突然変異で産まれてきた容姿の違いから、親の龍から捨てられて放棄されたということも、何となく想像できる。そして、そんな突然変異がここまで強く生まれてくることを、ウィリスは初めて知った。


 雷を瞬間的に纏ってその場から掻き消える。リュウデリアの拳がウィリスの居たところに振り抜かれて、拳圧が飛んで大気を震わせた。そこからは雷を纏ったウィリスと、追い掛けて更には追い付いてくるリュウデリアとの追いかけっこが始まった。全速力に足して雷を纏って雷速を出している。常人には雷が軌跡を描いて縦横無尽に空を駆け巡っているように見えるだろう。


 それに追い付くのは純黒の一条の線だった。雷を追い掛けて追い付き、雷が屈折して方向を無理矢理転換する。稲妻を描き、円を描き、上下に揺れて、緩急をつけ、螺旋を描く。思い付く限りで移動しているのに、リュウデリアはウィリスから一切離れず、残像を伴い忽然と現れるのだ。




「──────はははははははははははははははははははははははははははははははははははッ!!!!楽しいなァ!?えェ!?俺は今楽しくて仕方が無いぞッ!!ダンティエルも中々だったが直ぐに殺してしまったッ!!だがお前はまだ生きて俺と戦えているッ!!ぁあああぁあ……ッ!!俺は今……ッ!!戦いを楽しんでいるッ!!もっとだッ!!もっともっともっともっとォッ!!俺にお前の力を見せてくれッ!!」


「んッの……ッ!!ざっけんなよクソヤロウが……ッ!!さっきからバカみてェな威力の魔法バカスカ撃ちやがってクソが!!テメェの魔力は無尽蔵かマジで!!しかもどうやったらンな訳分からん速度が出んだよッ!!これ以上速度出したら鱗剥がれるわッ!!」


「ならば己の肉体を強化しろッ!強化して強化して限界を超えてッ!俺ともっと魂を削り合うような不毛な戦いを存分にしようじゃないかッ!!ぁあ駄目だ……俺の心の臓腑が熱くて仕方ないッ!!第二段階にギアを上げるぞッ!!良いよな!?良いだろう!?さあ俺を──────もっと愉しませろォッ!!」


「まッッだ余力あンのかよふっざけんなマジでッ!!クッソがァッ!!いいぜやってやンよ!!ボコボコにぶちのめしてやらァッ!!」




 これ以上出せば体が耐えきれなく感じる速度を出しながら飛んでいるというのに、リュウデリアはこれから更に速度を上げようとしている。それにギアを上げると言っているが、確実に速度以外の部分のギアも上げてくるのだろう。今更速度だけ上がると言われた方が不自然で気持ちが悪い。それ程の強さをこの黒龍は持っていた。


 人間を少し殺した位で調子に乗っていると思っていたが、前言撤回だ。これはその程度では全く満足していなかった。いや、そもそもそんなこと端から気にしてすらしていなかったのだ。それどころか、自身とある程度戦える相手を捜し求めていた。そして戦ってみて解る、異常なほどの戦闘能力と魔法の才能。使っても無くなっているのか疑問が湧いてくる程の底知れぬ魔力量。


 此方は既に体の至る所の鱗に罅が入って血を流している。体の奥底では貯まったダメージが悲鳴を上げて鈍痛を生み出す。魔力も大きい魔法を連発すれば底を尽きそうだ。当然だろう。あれだけの魔法を何度も使用しているのだから。魔力が底を尽きそうで当然。それが龍であってもだ。それに大規模な大爆発を零距離で受けているのだ。ダメージがあって然るべきだ。


 しかし相手はどうだろうか。狂ったように嗤って追い掛けて来ながら、ダメージを負っている形跡が無い。というのも、鱗に傷すら付いていない。どういう硬度をしているというのか。魔力も一向に無くなっている様子も無い。体力も有り余っているようだ。理不尽な程に強い同族で突然変異の黒龍に舌打ちをしながら、方向を変えてリュウデリアへと突っ込んでいき、リュウデリアは待ってましたと言わんばかりに両手を広げて歓迎して嗤う。






 絶対にぶちのめす。そう思いながらウィリスは、純黒の龍へと突っ込んでいき、魔法陣を展開した。戦いは終わりを迎えようとしている。






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