第140話 目的とは
「あれは本体ではなく──────端末の末端だぞ」
獣を発見して打ち倒し、オリヴィア達とも合流を果たしたリュウデリアはそう言った。端から見れば相当な戦いをしていたのだが、それでも切り離されたものの中で1番弱い部類だという。それを聞けば、シモォナが呆然とするのも当然だったのかも知れない。
時間跳躍以外に力は無く、戦闘能力なんてものは皆無だと自信を持って言えるシモォナからすれば、戦いも、その余波も凄まじいものであった。だからこれで神界は救われる。そう本気で思ったのに、戦いはこれからだともなれば項垂れてしまう。
まあ、それと対になる反応を示しているのが約2匹程居る訳なのだが。早い者勝ちという暗黙の了解で二手に別れて獣を探していた訳なのだが、リュウデリアに先を越されてバルガスとクレアは見るからに残念そうにしていた。しかし今では嬉しそうにしている。
あんなに強い奴でも末端なのだから、本体は余程の強さを持っていることだろう。それを察してか楽しみだと言わんばかりにウキウキとした雰囲気を醸し出していた。
「ちょ、ちょっと待ってください!あの怪物が1番弱いというのは本当なのですか!?」
「お前、よくも俺のことを途中で落としてくれたな」
「ごめんなさい!」
「俺達をこの時間軸に跳ばしている術者がお前でなければ殺していたぞ」
「はい!本当にごめんなさい!」
獣のことで意識が割かれて一瞬忘れていたが、シモォナは自身がリュウデリアのことを時の狭間で落としていることを思い出す。そして石を粉々に握り潰す彼のことを見て、まるで自身の頭がその岩のようになるところだったと察して急いで頭を下げた。
時間が関わってくる権能の術者を殺した場合、どうなってしまうのか予想が付かないのでやらないが、警告としてシモォナの細く薄い肩に手を置いた。そして少しずつ力を籠めていき、メキメキと嫌な音を出した。声の無い悲鳴を上げるシモォナは、次にやったら腕を引き千切るからな?という言葉に何度も強く頷くのだった。
数秒肩を握っていたリュウデリアが離すと、嫌な意味で心臓を大きく鳴らしていたシモォナが胸に手を当てて落ち着くように深呼吸を繰り返し、バクバクとうるさい心臓を静めると、リュウデリアにもう一度同じことを聞いた。本当に獣の本体が別に居るのかと。縋るような言葉に、彼は肯定するだけだった。
間違いない。生き物として成り立ってはいたものの、本物ではないと確信しているのだ。故にシモォナの問いは是だ。それに間違いは無い。答えれば、そうですか……と肩を落として再び項垂れる。しかし悲観することはない。端末で1番弱いといえども、獣であることに変わりはない。
それを真っ向から倒してしまったのだから、本体も倒すことはできるだろう。そう考えれば、シモォナは気分が軽くなっていく。神界の未来は守られるということは、ヨアンセヌに誓った決意も果たせるということだ。
だが、そんなに上手くいくだろうか。端末を斃したからといって本体にも勝てるだろうと考えるのは早計ではないだろうか。未来とは訪れるまで不確定なもの。未来が視えるノアーシが言っていたのだから間違いはないだろう。故に、必ず勝てるとは言えない。
「ンで、本体はどうやって見つけるつもりだ?つか、どうやってアレ見つけたンだ?」
「神界が滅ぶのを避けたいという未来が視える神が居てな。あの獣が水を飲みにやって来る湖に行ったら本当に来た。それから俺のことを敵と認識したようで戦いとなり、獣の瞬間移動で偶然此処に来たという訳だ」
「未来が視える奴まで居ンのかよ。時間跳躍といい未来視といい、権能は何でもアリかよ」
「魔法でも……術式を……構築……しなければ……発動しない……というのに……神は……ただ使うのみ」
「あぁ。まあ、時間跳躍だろうが未来視だろうが、傷を癒すという地上で唯一だろうオリヴィアの力には負けるだろう。俺達でもできやしない」
「『言霊』とかじゃ無理なンか?」
「『言霊』は明確なイメージを思い描きながら言葉に魔力を籠めなければ発現しない。治るという漠然としたものではなく、細胞からの動きを把握せねばならん。今の医療技術では体の構造について深く細かいところは解らん。故に無理だな」
「なるほど……怪我をしたら私に言うんだぞ」
「心強いな」
他者の動きを止めたりするのに何気なく使っている『言霊』だが、実際は難易度が高いものだ。朧気なイメージでは『言霊』は発動することはなく、細かいところまで詳細を把握し、頭の中でイメージを確立させてからやらないといけないのだ。つまり、『言霊』で傷を癒す事はできないということだ。
結局、治癒の力を持つのはオリヴィアしか居ないということになる。リュウデリア達は龍の突然変異という珍しい症例だが、既にそれは3匹確認されている。古き時代に失われてしまった治癒の力はもうこの時代に無いので、この一行の中で稀少性を言うならば、オリヴィアが最もたるものだろう。
紆余曲折。話を戻すとすると、端末の獣は斃すことに成功したが、本体はまだだ。そして残念ながらリュウデリアが獣を見つけるに至った協力者のノアーシは姿を消してしまった。だから獣が次に現れる場所は解らない。
まさかここでまた手詰まりなのだろうか。見つけるのにまた虱潰しに聞き込みをしていかなくてはならないのか。そんな考えを抱いていたシモォナを察してか、こちら側が何かをする必要は無いとリュウデリアが言った。根拠は何なのだろうかと、バルガス、クレア、オリヴィアも疑問に思っているようなので、少し説明することになった。
「さて、先ずは俺達がこれから獣を探しに行かなくても良いという事に関してだが……時間跳躍の神、名は確かシモォナだったか?お前は獣の行動原理……目的についてどう思う?」
「えっ、行動原理?何をしたいから動いているのか……って事ですか?えーっと……神界を滅ぼしたいから……ですか?」
「なるほど。実に頭の悪い回答だな。寝言は寝て言え」
「むっ……」
無下にされたのでムッとした顔になっているシモォナを放って置いて、リュウデリアの問いの意味を他の者達も考える。獣が何故神々を襲っているのか。生きていくだけならば、態々神を相手に暴れ回らなくても良いはずだ。
龍のように強い存在を求めていたりするならば、それこそ常に戦い続けても良いだろう。しかし獣は本体から一部を切り離して端末を作り、恐らくだが多方面に向けて差し向けている。つまり別に本体がやらなくても良いと考えいるということだ。
食べられるものが神だけだから?それも考えがたいだろう。獣の程の体の大きさで人間と殆ど変わらない背丈しかない神を幾ら食べたところで、満足するのに一体どれだけ食べ続けなくてはならないというのか。あれだけの類い稀なる強い肉体を持っていて、エネルギー摂取面でそんなに非効率なことがあるだろうか。
ならば獣は普通に他のものも食べられるが、何らかの理由で神を喰っていると考えた方が良いのだろう。そうしてくると、食糧面で切羽詰まっているから襲っているという訳ではなくなってくる。では、他にどういう理由があるのだろうか。
うーんと腕を組んで考えている2匹と2柱に、リュウデリアはただ待っていると、バルガスとクレア、オリヴィアが、あ……と声を上げて何かに気付いたように顔を上げた。
「強さを……求めている……のではなく……」
「飯がどうのこうのなンかでもなくて……」
「もしかして……“排除”しているのか?」
「ふむふむ。では、何の為に排除しているのか?」
「戦いの神であろうが排除しなければならない程……獣にとって大切なものから脅威になりそうなものを徹底的に……?」
「──────そうだ」
考えついたこと言った通り、リュウデリアも同じことを考えた。そもそも何故、獣は端末を作って散けさせ、神々の国や村を襲って滅ぼしているのか。何の理由も無しにやっているとは到底思えないので推測してみた。そして出て来たのは、何かから害がありそうなものを取り除くために攻撃的になっているのではないかという線だった。
すると、あながち間違いではないのでは?と思えてくる。というよりも、それ以外に理由がないのではと思えるのだ。では今度の問題は、獣が神を敵にしてまで護っているものとは、近づかせたくないものとは何か?という事になるが、これは獣との戦いであるものを目にしたリュウデリアが教えた。
「獣と戦っている中で俺は……──────獣の陰茎と睾丸を目にした。それも立派なものをだ」
「ほう……それは……」
「立派ときやがったか……」
「なるほど……」
「ブフッ!?な、何を言っているんですか!?いきなりそんな話をするのはやめてください!神とはいえ、私とオリヴィアさんは女ですよ!?」
「なんだその反応は。私をお前のような生娘と一緒にするな。私はもうリュウデリアに処女を貰ってもらい、色々なものでぐちゃぐちゃにされ、この体の隅々まで快楽を教え込まれている」
「何でそんなに胸を張って言っているんですか!?」
ふふん。と、誇らしげに胸を張って得意気な顔をしているオリヴィアへ即座にツッコミを入れた。シモォナは生娘と言われた事に怒っているのか、それとも本当にその通りなのか、顔を赤くして声を上げていた。
そもそも、最初にこんな話になったのは陰茎やら睾丸やらの話を出したリュウデリアの所為だ。今までの話にいきなり何を言い出すのかと、少し非難する目を向けるが彼はそんな視線を受けても何のその。むしろ言った事は当たり前のことだと言わんばかりの堂々とした態度だ。
「頭の悪い可哀想……でもないシモォナよ。気づかんのか?」
「何がですか!」
「陰茎と睾丸があるのだぞ?つまり獣は
「……ぇ?」
「そして奴の行動だ。何かを護るように周囲に居たのだろう神々の国やら村を襲って殺し、排除している。普通の雄と雌ならば、そんな回りくどい事はせんだろう。故に考えられるのは……」
「まさか……怪物の雌は……子供を身籠もって……っ!?」
「まあ、その可能性が高いだろうな」
最初は何が言いたいのか解っていなかったが、これ程はっきり言われれば事の重大さを理解させられる。神界を滅ぼしうる力を持つ獣は1匹だと思っていたが、その実、雄とは別に雌も存在し、高い確率で子供を身籠もっているという。
あれだけの存在が3匹になれば、被害は単純に今の3倍。いや、脅威となりそうなものを攻撃していただけの事を考えれば、恐ろしいほどの神々が死に、考えたくもないくらいの国々が滅びていく事だろう。
事態は恐ろしい方向に向かっていた。それも予想以上の大きさになって。シモォナは顔を蒼白くさせて全身を震わせながら、絶望している。そしてリュウデリア達に縋るような視線を向けるのだ。
「な、なら……早く、一刻も早く討伐をしてください……あなたは……瞬間移動が出来るんですよね?お願いです……早くっ」
「──────無理だな」
「何故……ですか……?」
「俺の『
「そんなぁ……」
「それに、仮に見ていない場所に跳べるのだとしても、獣の一度に跳べる距離は俺よりも遥かに遠い。感知領域は俺達よりも獣の方が上だ。加えて、恐らくだが獣の瞬間移動には俺のもののような制約は無い。行きたいと思ったところに行けるのだろう。つまるところ、俺でも獣を追うことは出来ん」
感知できる範囲ならば何処へでも好きに瞬間移動が出来る獣。それならば湖にやって来た獣に攻撃されたリュウデリアはどうして、見る瞬間まで気づかれなかったのかと言うと、ノアーシに湖へやって来ると言われた際、自身が居ることを感知されて何らかの理由で避けられるのを防ぐために気配を小さくしていたのだ。
シモォナの固い問い掛けに、リュウデリアは淡々と答えていく。見栄も張らず、事実を事実と受け止めて考えて発現している。例え自身が獣に劣っている部分があったのだとしても、教えていた。
獣の瞬間移動に、自身の瞬間移動ではついていけない。見たこと無い場所でも、感知できる領域内ならば行けて、その感知領域すらもリュウデリア、バルガス、クレアのそれよりも大きく上回る。ようするに、獣を追うのは出来ない。
ではやはり手詰まりかと思われるが、それもリュウデリアが否定する。それで今から何かをする必要は無いという話に繋がってくる。その訳とは、獣がリュウデリアと戦い、敗北したことに起因する。
「奴は脅威と成り得る存在を襲っているのだぞ。そして俺は、端末とはいえ奴を殺した。立派な脅威と認識した筈だ。おまけに最後、奴の意識が逸れた時があった。察するに俺と同じ姿をしたバルガスとクレアを見つけたのだろう。同じような奴が3匹も居る。これで狙わない方が余程不自然だ」
「じゃあ、聞き込みをしなくていいというのは……」
「待っていれば、勝手に奴の方から来るということだ」
「なーるほどねー。理に適ってンじゃん」
「早く……来ない……ことか。とても……楽しみだ」
「ついでに雌の居所に案内してもらわないとな」
見つけようと躍起にならずとも、見つけることは出来る。何と言っても相手側から来てくれるのだから。彼等は待っているだけで良い。しかしそんな悠長にしていていいのだろうか。
明らかに強いと解る獣の子が産まれようとしているという。もしこれで生まれてくるのだとしたら、それはきっと……手が付けられなくなるほどの強さを内包していることだろう。
期待に胸を膨らませている3匹。それを見守る1柱。不安に駆られる1柱。それぞれの想いを余所に、新たに産まれようとしている命が鼓動を刻んでいた。
──────────────────
シモォナ
子供が居る可能性が高いと言われて気絶してしまいそうになった。彼女ができるのは、ひたすらに祈ることのみ。但し、その祈る先に居るのは神であり、神は獣に喰い殺されている。
龍ズ
獣よ、さっさと来いと思っている。子供が産まれたとして、その子供が強いならば別に産まれる前に殺さなくてもいいんじゃね?とすら思っているが、残念ながら魔力が続かないだろうな……と思っている。
オリヴィア
あれどけ強いのに、交配して繁殖する事ができるのか……と、素直に驚いているが、最強の種族と謳われる龍も交配ができるのだから当然か?とも思った。
獣
リュウデリアは瞬間移動に制約が掛かっているのに、コイツには制約が無いので感知できる領域内ならば何処へでも行ける。
湖にリュウデリア程の強い個体が居ることに気が付かなかったのは、単純に気配を隠されていて見抜けず、見てから気がついたから。
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